学生探偵ごっこ
約束の日曜日はお日柄がたいへん良かった。
外出許可をいつも通りもらった二人は、出門表にサインを書いて、早速下町にでかけた。
グウィンは、下町ではちょっといいところの坊ちゃんというような格好をし、イゾルテはしっかりとしたご家庭のお嬢さんという格好をしている。
お互いに、それなりに一緒に出かけていても不思議ではない、釣り合った格好をしているのにほっとした。
下町へは、学校から歩いて向かう。馬車なんかで行けば、目立つからだ。
まあ、馬車なんてのに乗ってなくても、二人とも目立つのだが。
学生もよく行く街で、イゾルテは学院の生徒に「会長!どこに行くんですか?デート」と聞かれ「下町に気になるお店があるから。彼、護衛なの」と答えた。
グウィンもそれに合わせて「女性一人で下町は危ないからな」と言った。
そのおかげで、その話しかけた生徒は納得して、気をつけて、と見送ってくれた。
「こう言っとけば、下町に行ったのも不思議に思われないでしょ?」
「君は口が上手いな」
「お褒めに預かり光栄ですわ。それで、下町のいかがわしい場所ってどこ?娼館?」
「違う。さすがにそんなところに連れて行かない」
「あら、そうなの?男子生徒、いかがわしい場所って言ったら、そこかと思ったわ。なあんだ。じゃあ、そこらの酒場?」
「いや、地下でやっている賭けボクシングの店だ」
「そんなのいっぱいあるわよ?わかるの?行ってるとこ」
「大丈夫だ。すでにそこは抑えてある。君、賭けボクシングに行った事あるか?」
「んふふ…、父に連れられて何度もあるわ。タバコも見られたから、この際言うけど、賭けボクシングで賭けをしたこともあるし、娼館のお姉さんとタバコを吸ったりするし、酒場でポーカーもやるわ。あなた、私と友達になって良かったわねえ」
「咎めるべきだろうが、父上と行っていたのならば、そういう教育方針なのだろう。口は出さないでおく」
「あら、嬉しいわ」と彼女は、グウィンの腕に自分の腕を絡ませた。
驚いて片眉を上げ、グウィンは「なんだ」と実直に聞いた。
「ふふふ。ねえ、ご存知?あなた、顔はいいから、色々と狙われてるみたいよ?どこぞのお姉さんに絡まれる前に、牽制しといてあげるわ。これでショコラの量をちょっと増やしていただけたりしない?」
そう言われ、グウィンが周りをゆっくりと見渡せば、何人かの娼婦と目があった。確かに、下町にしては、身なりもいいから狙われるだろう。
なるほど、と呟いた彼は「それでは、要望通り、増やそう」と言い、イゾルテは「それでこそ男よ。それじゃあ、エスコートはよろしくね」とにっこり笑った。
「ところで、地下ボクシングに行って、その人見つかるかしら?」
「見つけるんだ」
「見つけてどうするの?」
「観察して、兄になにかを吹き込む可能性があれば…。例えば、そうだな。借金だとか、手っ取り早く稼ぎたいだとか、そういうのが見えた時は脅させてもらう」
「あなたが脅すの?ふふ、面白いわね。脅してどうするのよ」
「近づくなとは言わない。ただ、節度を持って接しろと言う。そもそも、最近、その友人はあまりにも馴れ馴れしすぎるからな」
「ほほほ!とんだブラコンね!ちょっと、あそこで、黒眼鏡買いましょ。私のために」
「変装のつもりか?やめた方がいい。その髪の毛ですぐわかる」
「あらあ、残念だわ。ま、私だって、脅しくらいできるもの、いいわ。まっすぐ行きましょ」
ふふん、と笑って、余裕の表情で下町を闊歩していく。
彼らは、スタスタと迷いなく、路地を右に左に歩き、少し大きな寂れた酒場に入って行く。地下賭けボクシングの会場に入れるように、お金を出し、番頭にルールと名前と掛け値を書く紙をもらい、階段を降りて行く。
薄暗くカビっぽい地下にほんのりと狭い窓から光が差し、ランプ達が灯っている。
すっとイゾルテはグウィンの耳元に口を寄せて「いいこと?ここからは、私を離さないでちょうだいね?この薄暗い中じゃね、女は色々痛い目にあうの。ま、私くらいなら大丈夫だけど、大騒ぎなんて起こしたくないでしょう?」と男を誘惑する小悪魔みたいにそう言った。
「確かに君の身の安全を確保するのが一番だ。離さないように気をつけよう」
「それで、どれ?あそこの若くて背のピンと伸びてる子?白シャツで、まっすぐな茶髪。鼻はちょっとお団子ね、かわいいわ。目もタレ目で、少しノロマそうね」
「…、よくわかったな。確かに彼がそうだ。少し近くに行こう」
「あらあ、ダメよ。気づかれるわ。人の多い端っこに行きましょ。後ろから見守んのよ。それか、私の知り合いを捕まえて頼むっていう手もありよ?」
「知り合いがいるのか?」
「あそこでお酒のみながら、どれに賭けるか相談してる連中よ。どう?あなたが嫌なら、頼まないけど」
「いや、お願いしよう。その方が確実だ」
その答えを聞き、彼女は口のはしをニッと上げて「それじゃあ、ついてらっしゃい、坊ちゃん」と言った。それに、なんにも言い返さず、グウィンは大人しく付いて行く。
イゾルテの知り合いの素行の悪そうな男たちは、こちらに向かってくるブロンドのコケティッシュ美少女を見て、ギョッとしたあと「よお、イゾルテちゃん。お前も、賭けか?その横の美丈夫は、新しい彼氏かい?」と挨拶をした。
紙の置かれた丸テーブルに片手を付いて「そうよ、私の彼なの。とっても羽振りがよくて手放せないわ。ねえ、それより誰に賭けてるの?」と聞いた。
グウィンは隣に突っ立って大人しくしている。自分の出る幕ではないだろう。
「そうだな、俺は、ブルースってのに賭けてるぜ。フットワークが軽い」
「俺は、エルウッド。やつの一撃は重いし、今までだって、勝ってきてる」
「もちろん、俺もエルウッド。今までの戦績を鑑みるに、こいつが一番だな。お前は?」
「私?私は、アルヴィンよ」
「おいおい、そいつは新人だぜ?」
「イゾルテちゃん、あんた、勘と頭がイカれちまったんじゃねえの?」
「ほほほほ!あなたたちの勘が鈍ってるのよ。あの筋肉を見てごらんなさい。絶対にいい働きをするわ。それに、彼をこの賭けボクシングに押したのは、私だもの」
それを聞いた男たちは、ざわついて「イゾルテが押すって事は、実力者だぞ」とヒソヒソ言っている。
そこに彼女は、彼らに顔を近づけて「今なら、誰もマークしてないから、掛け金、たくさんもらえるんじゃないかしら?だって、私が彼を押したなんて、ここの連中はしらないわよ?それに、耳寄り情報。彼、隣町じゃ有名なボクサーよ。どう、アルヴィンに賭けない?」とささやいた。
男たちは、それを聞いて、考え込み、ウーと呻った後、ダンと机を叩いて「乗った!」と声を出した。
「それで?その情報をよこしたって事は、なんか頼み事だろ?」
「んふふ、話しが早くて助かるわ。実は、あそこに可愛らしい坊やがいるでしょう?彼をちょっと探ってほしいのよ。会話だけでもいいわ。変なところがないかだけ見てほしいの。お願いできる?」
「もちろんいいぜ?ああ、一つ確認だが、そのアルヴィンが負けたら、イゾルテちゃんは俺たちに対して、何をしてくれるのかな?」
「負けた分のお金を返すわ。それで納得いかないなら…。ま、ご想像におまかせするわ」
「よし、そんじゃ、俺が行こう。あんな坊ちゃんだ、なんかバカな事でも考えてるか、ちょっと背伸びがしたいかだろ。任せな」
「それじゃ、私たちは、そこの隅っこにいるから。チャオチャオ」
イゾルテは、彼の腕を引っ張って、隅っこの椅子に座り、グウィンに、どうせだからちょっと賭けなさいよ、と無理やり紙に『アルヴィン』と書かせた。
「あの連中と気安いようだな」
「私が学院に来て数ヶ月の頃に会った人たちよ。どこかに連れて行こうなんてするから、ちょっと締めて、それ以来、オトモダチなの」
「そうか、友人なのか」
「まあね。ところで、さっき、一つも反論したりしなかったけど、大丈夫なの?」
「なにがだ?」
「あの人達に、彼氏かって言われて、そうだって答えちゃったこと」
「ああ、それか。否定するべきかと思ったが、否定したらしたらで、彼らに絡まれる可能性があった。だとしたら、大人しくしておくのが得策かと」
「なるほど。乗り気なのかと思っちゃった。とりあえず、彼が来るまで、楽しんどきましょ。せっかく来たんだもの、もったいない。損するわ」
そうして、タバコをひょいと出すイゾルテに「タバコは身体に悪い。ストレスを感じているなら、他のことで発散するほうがいい」とグウィンは注意し、止めさせた。
それに、一瞬、ムッとしたイゾルテであったが、そんな事であれこれ言い合いをするのは面倒だと思い、大人しく従った。
「それがいい、肌がボロボロになる」と、グウィンは満足そうに深く頷いた。