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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
85/91

85.愛は永遠に その5

「凛香、もうあきらめろ。俺は別にこのままでもかまわないぞ。この方がインパクトがあって、逆にいいかもしれないし。佐々木先生、わかりました。では、行きましょう。凛香、行くぞ!」

「お、おい、待てよ! ちょっと広海、じゃなくて、鶴本先生!」


 広海ときたら、体育館に入ったとたん足元が動きやすくなったのか、俄然元気を盛り返す。

 そして幕が上がる直前の舞台裏に待っていたのは……。

 皮ジャンにレザーのズボン、おまけにリーゼントまでビシッと決まった教頭と、ポニーテールに赤い水玉模様のミニスカート、そして足元はまっ白なロングブーツで決めた超ド派手な里見瑛子だった。

 そこに、タキシードとウェディングドレス姿の世にも不思議な二人が加わったものだから、それを見た教頭がほんの一瞬、超絶な不快感を露わにして眉間に皺を寄せたのも束の間、開演のブザーが鳴り響きアナウンスが会場に流れたとたん、その顔つきがミュージシャンのそれに変わる。さすが教頭だ。やっぱりこの人はただ者ではない。

 凛香たちのステージが、いよいよ幕を開けようとしていた。



「ただ今より、生徒会有志によるバンド演奏が始まります」


 暗幕で覆われた館内が完全に外界から閉ざされ、電灯も消された。プログラムの案内放送と共に、会場が静まる。


「体育館にお集まりいただいた、保護者、生徒の皆様方、演奏中の入退場はご遠慮ください。携帯の電源も切っていただきますよう、お願い申し上げます。では、生徒会有志推薦による、教師バンド……えっ? 何これ、原稿が違うよ……」


 放送が途切れ、館内が再びざわつき始める。


「失礼いたしました。もう一度案内させていただきます。……って、あの、よくわかんないけど、ねえねえ、このまま読んでもいいの? 嘘でしょ? ……っと、再度失礼いたしました。あの、とにかく、始まります。み、魅惑の教師バンド? リンカーズ、です。ど、どうぞ……」


 放送室もパニック状態だ。実行委員の砂川が、急遽原稿を差し替えたに違いない。放送係が予定と違う原稿を読まされ、あたふたしているのが手に取るようにわかる。


 そしてついに幕が開く。ステージはまだ暗闇のままだ。


「おい、何だよ!」

「何も見えねーよ!」


 客席がざわつく。そして、ゆっくりと照明がつき、それぞれにスポットライトが当たった。

 瞬間、会場がしんと静まりかえる。彼らは何が起こったのか、理解できていないのだ。

 広海のドラムスティックが頭上でリズムを刻み、それを合図に一斉に楽器が音を鳴らし始めた。

 すると、同時に会場から、悲鳴とも叫びとも区別できない歓声が、どっと湧き上がる。


「みんな、行くぞ!」


 凛香の掛け声で全員総立ちになる。ロングのウィッグをもぎとった広海がその場で立ち上がり、客席に向かって手拍子を先導する。会場中に連鎖するように手拍子が鳴り渡り、ついにライブが始まりを告げるのだ。

 もう誰の目にも、タキシードの人物が鷺野凛香であるとわかったのだろう。広海も、教頭も、里見も佐々木も、客席から名を呼ばれ、手を振り笑顔で応える余裕を見せた。

 どの曲も観客にとっては初めて聴くオリジナル曲ばかりなのに、生徒達は皆、昔から知っているかのように音楽に合わせて身体を揺らし、瞳を輝かせて聞き入っていた。

 今どきの若者は皆こうなのか? 彼らの感性の豊かさに、凛香のテンションはますます高まっていく。

 それに合わせて保護者や来賓たちまでもが、ノリノリでリズムを刻み始めた。


 予想通り、教頭のギターのソロで、会場中の視線が一気にそこに集まる。さっきまで決まっていたリーゼントはすでに崩れかかっているが、教頭の人気はうなぎのぼりだ。

 演奏の合間に踊りだすのは佐々木だった。ベースで低音を響かせながら、右へ左へと激しくステップを踏む。そのたびに会場が笑いの渦に巻き込まれる。

 練習の時は楽譜と鍵盤から目が離せなかった瑛子が、今日初めて視線を外に向けた。

 自分が一番かわいく見えるポーズを心得ている彼女は、普段の五倍増しのまつ毛をゆさゆさと揺らしながらキーボードを操り、会場にキュートな笑顔を振りまいていた。

 ああ、なんという爽快感。もうこのまま死んでもいいと思えるくらい、気分が高揚してくる。

 プログラム最後の曲であるクリスマスの手紙で、ステージと観客が一体になり、繰り返しの部分を全員で歌い上げるまでになった。

 鳴り止まない拍手。アンコールに応えて、二度も繰り返したクリスマスの手紙。

 凛香の頬にはいつの間にか涙が伝い、最後は声にならなかった。


「凛香ちゃん、素敵!」

「凛香ちゃん、サイコー!」

「リンカーズ、いいぞーー!」


 凛香のボーカルに魅せられた生徒たちから、賞賛のエールが飛び交う。

 最後は舞台の中央に全員で並び、挨拶をする。さすがにウェディングドレス姿の広海が凛香の横に並ぶと、そこはもう、爆笑の嵐に包まれる。

 演奏中は取り去っていたウィッグを付け直すと、またもや会場の笑いを誘う。

 鶴本先生、鷺野先生のお嫁さんになった気分はどうですか、などと、冗談交じりのインタビューまでもが飛び交う始末だ。

 君達、そのうち、もっと驚かせてやるからな、と凛香は心の中でつぶやく。

 近い将来、隣に立つこの男と夫婦になるのだ。それを知ったら、生徒達はどんな反応をするのだろうかと今から楽しみで仕方ない。

 凛香はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、花嫁姿の広海の肩を抱き寄せた。これは、ほんのジョークのつもりだった。こんなにわかバンドの演奏を楽しんでくれた生徒達への感謝の気持ちをこめた、パフォーマンスだったのに。

 突然二人の前に、実行委員の砂川がマイクを持って現れたのだ。


「リンカーズの皆様、本日は演奏していただき、ありがとうございました。それと……。鶴本先生、鷺野先生。ご結婚、おめでとうございます!」


 凛香は広海と顔を見合わせ、瞬時に二人とも青ざめた。砂川……。それは、約束が違うだろうと。



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