83.愛は永遠に その3
女性の衣服は男性が着用するのを前提にしているため、Lサイズ以上を用意したと聞いてはいるが、背丈のある広海にフィットする物があったのかどうか気になるところだが……。
広海が身にまとったドレスは、ウエストラインがあまり強調されないタイプのデザインなので、どうにか彼の身体がドレス内部に納まっているのが救いだ。
フィッティングルームの外で待機していた女子生徒が、広海を捕まえるや否や素早く毛先がカールしたブラウンのロングウィッグを被せ、これまた撮影用に準備してあったメイク道具を手に、猛スピードで花嫁に仕立て上げていく。
広海もついに観念したのか、はたまたあきらめたのか、抵抗するそぶりは見せず、なすがままになっていた。
いろいろドタバタはあったものの、ここまでの一連の流れは見事だったと言わざるを得ない。広海のクラスの一風変わった団結ぶりは、ある意味、凛香のクラスのそれを超えていると言ってもいいだろう。
瞬く間に長身の花嫁が完成する。くっきりした二重瞼にのせたブルーのシャドーは、よりいっそうグレーがかったブラウンの瞳を際立たせている。ピンクのチークが初々しい花嫁を演出し、形のいい唇にぬれるようにきらめくグロスに至っては、もう完璧に女性として通用する仕上がりだった。
凛香は思わず目を見張った。なんてことだろう。私の広海が、広海が……。女になってしまった。
「鶴本先生、こっち向いて。きゃーー。ステキ。めっちゃきれいし!」
「ホントホント、里見先生より、きれいかも。って、これは言いすぎかな?」
「先生、俺、マジで惚れてしまう!」
生徒たちが口々に賞賛の言葉をあびせる。びっくりするほど美しい女性に変身してしまった広海から一向に目が離せない。
さっきから次々と印刷されて完成していく写真の中のタキシード姿の凛香より、圧倒的に広海の方が、女性らしくきれいに見える。
今回のコスプレ合戦は完全に凛香の負けだと悟った。素直に敗北を認め、もう一度、彼をまじまじと眺めた時、広海が初めて凛香と目を合わせたのだ。
すると、長いレースの裾を引きずった広海が目を丸くしてこっちに向かってくる。
「えっ? ……あの、りん、じゃなくて、鷺野せんせい、ですか?」
凛香に対する広海の第一声だった。
「あ、はい。そう、ですけど?」
凛香は目の前の美しい女性、ではなく、愛しい彼氏である広海を不思議そうに見た。
もしかして……。彼は今まで同じ教室内にいた凛香の存在に気付いていなかったとでも? あまりにも意外な広海の反応に驚きを隠せない。
「あの、鶴本先生。私、鷺野ですけど。わかりませんでした? ずっとここで、タイムサービスの手伝いやってましたけど?」
凛香はいかにも不服そうに腕を組み、広海に詰め寄った。
「そ、そうでしたか。(……なんだよ、おまえがそこにいたのなら、なんで助けてくれないんだ……)」
広海は、回りに気付かれないよう、口元の動きを最小限にしてぼそっと訴える。
なぜ助けてくれないと言われても、凛香にはどうすることもできなかったのだから仕方ない。
「鶴本先生もお忙しいのに、いろいろと大変でしたね。(……早くここから逃げろって、何度も目で伝えたのに……)」
差し障りのない受け答えをしたあと、凛香も負けずにやったこともない腹話術の業を駆使して、広海に向かってこっそりとつぶやく。くれぐれも、生徒たちに気付かれないように、細心の注意を払った。
「鷺野先生こそ、大変そうですね。でも、その格好、とても似合ってますよ。まじで本物の男性だと思ってました。(……おまえってわからなかったから、目なんて見てなかったし。誰かに似てるな、とは思ってたけどな……)」
喜んでいいのか悪いのか。恋人に自分が本物の男性だと思われていたことにどこか解せない気分を抱きながらも、生徒達の手前、不機嫌になるわけにもいかず、そうですかと言って適当に愛想笑いを返しておいた。
それにしても、あれほど生徒たちが凛香ちゃんとのツーショットなどと言って騒いでいたにもかかわらず、ここにいる男装の人物が凛香本人だと結びつかない広海の貧弱な思考回路の方が不思議でしょうがない。
「鶴本先生、早く写真撮ってもらおうよ」
生徒の一人が広海のドレスを掴み、ひっぱった。
「ああ、わかった」
広海が生徒の方に振り返ったその時。彼の背後の壁に掛かっている時計の針が、凛香の目に飛び込んできた。
た、大変だ。体育館に集合予定の二時まであと五分しかない。このままではライブに遅れてしまう。
そう思った瞬間、ドンピシャなタイミングで校内放送が流れた。
「鶴本先生、鷺野先生。重要な連絡事項がありますので、至急、至急、至急、体育館のきょっ、いや、教頭のところまでお越し下さい。繰り返しお伝えします。鶴野先生、鷺本先生、あれ? 間違えた。失礼しました。鶴本先生……」
つるの先生って、いったい誰だよ! 凛香は佐々木のはちゃめちゃな校内放送に突っ込みを入れながらも、早くここから抜け出して体育館に向かわねばと焦リ始める。早くしないとみんなに迷惑をかけてしまうではないか。
放送を聞くや否や、凛香のクラスの生徒も広海を取り巻く生徒もお互い顔を見合わせ、ええーーっ、なんで、と口を揃えてブーイングを鳴らした。




