81.愛は永遠に その1
「ちょっと、あんたたち! どうして勝手にここに入ってきてるの? 順番抜かしはだめ! 皆、並んでいるんだからね。さあ、あっちに行ってちょうだい!」
広海を取り囲みながら教室になだれ込んできた一年生に向かって、平野が鼻息も荒く吠えたてた。
彼女の言うことはもっともだ。廊下にはいまだ長蛇の列が続いているというのに、順番抜かしを見過ごすわけにはいかない。いくら東高の教師とその生徒たちであるとしても、特別待遇はご法度だ。
「違うんです! せっかくここまで来たんだから、あたしたちを追い返さないでください」
リーダーとおぼしき女子生徒が前に歩み出て、きっぱりとそう言い切った。
「そうですよ。鶴本先生をここまで連れてくるの、めっちゃ大変だったんだから。あたしたちは、絶対にここから出ません! 何があっても出て行かないから!」
また別の女子生徒がまくしたてる。彼女らの意志は固そうだ。頑強な人間バリケードに固められた中に、広海が小さくなって突っ立っていた。
「つ、鶴本先生! 大丈夫ですか? 何があったんですか? おい、君たち。そんなに先生にしがみついたら、だめじゃないか! いくらなんでも先生がかわいそうだろ?」
内田が血相を変えて広海の元に駆け寄った。身動きの取れない中での広海の困惑顔に、ただならぬ気配を感じ取ったのだろう。
「ああ、内田。おまえがここのクラスでよかったよ。こいつらに無理やりここに連れてこられて、困っているんだ。何とか言ってくれ」
昨年度、広海のクラスだった内田は、この状況から恩師を救い出す手立てをあれこれシュミレーションするかのように思案顔になるが、いい案が思いつかないのか、黙り込んでしまった。
相手は一年生の女子たちだ。内田としても、できるだけ穏便に解決したいのだろう。ただ見ているだけの凛香は、何も手助けできない自分が歯がゆくて仕方がない。
「だって鶴本先生ったら、隙を見て逃げ出そうとするんですよ。こうでもしなきゃ、ここまで来てくれないんだもん。あたしたちは、何が何でも、ここで撮ってもらいたかったの。これはクラス全員の意見なんです。だから誰が何と言おうと、写真を撮ってもらうまで、あたしたちはここからは一歩も動きません!」
広海の取り巻きが一丸となって、内田の助け舟すら徹底的に無視する構えだ。
「さっきから言ってるじゃないか。先生には時間がないんだよ。君たちの希望は叶えてやりたいと思っている。でも決められた担当業務が迫っている以上、ここに留まるわけにはいかないんだ」
広海が必死になって懇願する。業務とはあのことだ。寄せ集め教師バンドのサプライズステージだ。凛香もさっきから、演奏の時刻が気になっていた。
「だ、か、ら。他の先生に鶴本先生の担当を代わってもらってくださいって、さっきからお願いしてるじゃないですか。ちょうど体育の弓削先生が代わってもいいですよって言ってくれましたから。なのに、なんでダメなんですか? 弓削先生に任せて写真を撮る時間を作って下さいよ」
「あ、いや、ダメというわけじゃないんだが、弓削先生にも都合があるだろうし……」
しっかりした生徒を前に広海は見るも無残に打ち負かされている。
「弓削先生は、変わってもいいって言ってくれているんです! 何度も同じこと言わせないで下さい。これで何も不都合はないですよね? それでも鶴本先生が嫌がるってことは、やっぱ、あたしたちのことは大事じゃないんだ。クラスよりも、生徒会の方が大切なんだ……。生徒会なんて、放っておけばいいじゃないですか。体育館には教頭先生もいるんだし、先生がいなくても大丈夫です! 鶴本先生は、クラスのあたしたちのことだけ考えてくれればいいの!」
「おまえたちだけって、そうもいかないんだよ。それに、その。弓削先生じゃ、わからないことも多いだろうし。こんな急に担当を変わってくれって虫が良すぎないか? 迷惑はかけられないよ。それに教頭先生は全体の指揮を執らないといけないし、任せっぱなしというわけにはいかない。だから、な? みんなわかってくれ。内田! 頼む……。助けてくれ!」
広海がこの場で唯一自分の味方である内田に救済を求める。その目が真剣に助けを求めているのが、内田には理解できたようだ。
「一年生のみんな、ちょっと聞いてくれ。鶴本先生は、このあとの体育館でのステージプログラムの責任者なんだ。先生しかわからないこともいっぱいある。僕は去年の文化祭で、先生の担当を補佐する役割だった。だからこそ、君たちに言ってるんだ。楽器の扱いも難しいし、裏は大道具の入れ替えで修羅場なんだ。いい加減、先生を自由にしてあげてくれ……って、お、おい、平野!」
「鶴本先生、あれこれしょうもない言い訳はもういいですから。それに委員長。あんたもぐだぐだ変な説明はいらないから。では鶴本先生。凛香ちゃんと撮影するんだったら、ちゃんと廊下の行列に並んで下さいね。一年生のあなたたちも、あたしの言ってること、わかったわね?」
内田の必死のフォローも虚しく、副委員長の平野が広海とその周りを囲む生徒をもろともに廊下に押し返そうとする。
ところがそれに逆らうように、一年生の女子たちが強靭なスクラムを組んでいるため、平野ひとりの力では微動だにしないのだ。