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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
78/91

78.サプライズ大作戦 その2

 この写真館のタイトルは、チェンジ・フォトスタジオ2−3と名づけられた。よく考えれば、そのタイトルが何かを意味するということに気付きそうなものなのに、サプライズライブのことばかりが脳内を占領していた凛香は、深く考えることなく軽く聞き流してしまっていた。

 このチェンジ・フォトスタジオが意味するものは……。男が女装を、女が男装をして撮影するという、一見どこにでもありそうな、だがとんでもないお遊び企画だったのだ。

 どちらかが変装していれば、ペアで写る相手は普通の格好でかまわないというもの。そして。

 二年三組の目玉商品と名をうち、タイムサービスで凛香が男装をして待機し、訪れた客と一緒に写真を撮る、などというありえない企画を、たった今、聞かされた。

 あらかじめ鷺野先生に言うと反対されそうなので、ぎりぎりまで黙っていた、とクラス委員長の内田がのたまう。おまけに凛香入り写真の売上は、交流のある近隣の福祉施設に寄付すると言うではないか。

 そのタイムサービスは、盛況であれば延長もありという、これまたアバウトな設定で、寄付と言われると断れない凛香の性格を熟知した生徒達の、見事な策略だと言わざるを得ない。


「何で私が男装なんてしなくちゃいけないんだ。内田、なんなら君がそのままでモデルになればいいだろ? それとかほら、他にもアイドル顔負けのイケメン男子がいるじゃないか。うちのクラスの男子は全員男前だ。彼らに頼んだ方が、客も集まると……」


 凛香は必死になって訴えてみたが、


「何言ってるんですか。先生以上の人気者なんて、このクラスにはいませんから!」


 とすぐに否定された。


「鷺野先生。逃げようったって、もう無理ですからね。先生は俺達にすべてを任せるって言ってくれた張本人ですよ。もしこの企画が流れたら、俺達の今までの努力がすべて水の泡ってことです。だから……。お願いします。今日一日、先生の誰よりも男前なその美貌を、俺達に預けてください!」


 委員長を始め、クラスの生徒全員が凛香に懇願の眼差しを向ける。結局は、彼らの方が彼女より上手だったということのようだ。

 凛香にとっては、これぞまさしく逆サプライズ。この後ステージで、生徒達を驚かせる役割を担っている凛香であればこそ、彼らの願いを退けることなどできるわけがない。


「わかった。では、君達の努力に報いることにするよ。でも、本当に私の男装とやらで、目玉商品になるのかな? 私と写真なんか撮って、何が楽しい? 君達が思うほど人は来ないと思うけど。もし誰も来なかったら、そのタイムサービスは早めに切り上げてくれる? 午後からは、その、いろいろと予定が……」


 おっと、危ない。危うく口が滑るところだった。午後のサプライズは誰にも知られてはならないというのに。


「ああ、もう黙っていられない! 先生、午後から何かあるんですか? 予定表には先生の担当はフリーとなっていますが。こちらにもタイムサービスの予定があるんで、勝手にどこかに行かれちゃ困るんですけど」


 普段は美人顔の副委員長の平野が、めいっぱい威嚇した怖い顔をして、委員長の内田を押しのけ凛香に迫ってくる。


「その、べ、別にこれといった予定ではないんだけど。そうそう、ステージの最終プログラムに、生徒会のバンド演奏があるだろ? それの進行係を手伝って欲しいと言われているから……その……」


 凛香はごにょごにょと口ごもってしまう。楽器やアンプを体育館に運び込む都合上、生徒会の一部がダミーとなって、自分たちのコンサートと名を打って世間に公表している。

 その生徒会のダミーバンドだが、到底バンドなんかやりそうにない面々なので、前評判はすこぶる悪い。人が集まらない心配もあるが、案外物好きな人もいるということで、ある程度は集まるだろうという生徒会の言い分を信じるしかない。

 とにかく、進行係の手伝いというその場しのぎの言い訳も、どうにか理解してもらえたようだ。


「進行係の手伝い、ですか。それなら仕方ないですね」


 意外にもすんなり信じてくれた副委員長に、ほっと胸を撫で下ろす。平野は一見しっかり者に見えるが、単純な発想の持ち主で、案外かわいい性格をしている。

 男子にはモテて、女子からは信頼が厚い。まじめ一徹な委員長の内田と、うまく力関係が保てているようだ。


「ぷっ……。だってあの生徒会バンド、サイアクっぽいんだもの」


 平野が笑いをこらえながらそんなことを言う。


「先生もいろいろ仕事が多くて大変だね。でもまあ、もしかしたら、実はめちゃくちゃうまいバンドかもしれないって、冗談半分で期待してる人もいるし。見に行くって人は多いみたいですよ」

「そ、そうなんだ。見に来る人、多いんだ……」


 別に多くなくてもいいのに、と思ってみたが、のりのりで今日の本番に臨む教頭にとっては、観客は多いほうがいいのかもしれない、などと思ってみる。


「なら、それまでに先生の撮影が終わるようにするんで、安心してくださいね。だって、あたしたちも、あのしょぼいバンド、実は見てみたいんだもの。怖いもの見たさっていうアレですよ、へへへ……」


 怖いもの見たさって……。ダミーバンドの生徒会役員たちが気の毒になる。それもこれも、以前コンビニで鉢合わせした文化祭実行委員長砂川の策なので、教師が口を挟めるものではないのだが。

 刻一刻と迫るステージに緊張感が高まる。が、その前にコスプレ撮影会が待っていることを忘れてはならない。

 とっくに学生稼業は卒業し、社会人という立場で教師であるはずの自分が、どうしてこんなことで文化祭当日に悩まなくてはいけないのか。

 凛香は意味不明な理不尽さに大きなため息をつき、がっくりとうな垂れた。




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