77.サプライズ大作戦 その1
十一月上旬のある日、いよいよ東高の文化祭が開催される日がやってきた。今日と明日の二日間にわたって数々のステージパフォーマンスや模擬店が開かれるのだが、昨年に引き続き文句なしの晴天に恵まれ、皆の顔に安堵の表情が浮かんでいた。
まだ早朝であるにもかかわらず、数時間後に開幕する会場準備のため、生徒も教師も一丸となって、校内をところ狭しと駆け回り始めた。
凛香たちが引き受けたサプライズライブは、本日のステージプログラムの最終に組まれている。午後の二時に開演予定だ。もちろん、そのことは執行委員の一部と教師以外は誰も知らない。
八月に話が持ち上がってから二ヶ月半余り。出演メンバーが決まってからは二ヶ月にも満たない短期間だったが、すんなりとことが運んだなどとは口が裂けても言えないくらい、山あり谷あり、苦難の連続だった。
生徒にバンド練習が絶対にバレてはいけないという制約が、思いのほか活動を困難にさせたのだ。
学校内で練習できない分、休日の合間を縫って五人が集まるよう日程を組んだのだが、それぞれが部活の顧問やクラス業務を抱えているため、それすらも至難の業だった。
教頭にいたっては、学校内に生徒や職員が滞在している限り、たとえそれが深夜であっても日曜祝日であっても、学校から一歩たりとも動こうとしない。見事なまでの責任感の持ち主であることが改めて証明された。
時間外の職務ですら、放棄して練習に参加することは彼の辞書には存在しなかったようだ。教頭の融通の利かない堅物ぶりが、残りの四人を極度の不安に陥れたことは決して一度や二度ではなかった。
そんな個性的で多忙なメンバーを束ねる広海の心労は、想像を絶する物だったようだ。幾度と無く押し寄せる荒波を乗り越え、ようやく文化祭初日を迎えたのだ。
ところが。
凛香は今、とんでもない事態に巻き込まれつつあった。
彼女の今年度の担当は二年三組で、クラスの生徒達ともそれなりに良好な関係を築き上げたつもりでいた。彼らのほんの少しの変化にも目を光らせ、いじめや素行不良なども、早期に解決してきた。
それはそれで成果をもたらし、クラスのまとまりも増すことに繋がった。他のクラスの生徒からも鷺野学級になりたかったと言われるくらい、模範的なクラス経営ができたと自負している。
が、しかし。クラスがまとまりすぎて一致団結しているのも、ある意味問題有りなのだと、今日生まれて始めてそれを実感することになる。
一学期の終わりに、今度の文化祭は自分達の手で企画運営をやり遂げて見せますとクラス委員長の内田から宣言され、よくぞ言ってくれたと目を細め、彼らの成長を手放しで喜んでしまったのが、そもそもの不幸の始まりだった。
クラスの出し物として、写真館をやると提案された。おお、それはなかなかいい案じゃないかと二つ返事で承認し、自分達にすべて任せてくださいという生徒を信じきっていた凛香だったが、こんな恐ろしいシナリオが用意されていようとは……。
当時の凛香には、全く想像できなかった。これが悲劇の幕開けだったのだ。
パソコンとプリンターを数台手配し、教室に作られた俄か撮影スタジオで撮った物を、すぐにプリントアウトするという手順だ。そこには何も問題はない。
それだけでは面白くもなんともないので、コスプレなるものを用意してみたという。
凛香とて、コスプレの意味くらいは当然知っている。けれど、彼女の日常生活からは程遠い、使い慣れない四文字であることには違いない。
コスプレなどとあまりの突拍子もない提案に、危うく過敏に反応しそうになった凛香だが、頭ごなしに否定するのも大人げないと自分に言い聞かせる。
そこで、生徒の説明を聞くくらいの懐の深さはとりあえず見せておこうと、黙って彼らをしたいように泳がせてみた。
幸い彼らが準備した衣装は、心配するほど道を外れたものではなかった。つまり、肌の露出が多い物や、極端な趣味に走ったものがなかったのだ。
浴衣やウェディングドレス、タキシード、スポーツのユニホームに航空会社の制服風コスチューム。どこから調達してきたのか知らないが、戦隊物のカラフルなタイツ仕様の衣装などが、教室の後方に設置されたブティックハンガーに吊るされて並ぶ。
これなら教育上も問題ないだろうと、教頭も同席のもと、ゴーサインを出した。
準備万端。これなら保護者からも咎められることはなさそうだ。どこぞのクラスが……ではなくて、広海のクラスなのだが、メイド・執事喫茶もどきを実施することを思えば、まだまだかわいいもんだと、どこにも問題はないように思われたの、だ、が……。
そこに大きな落とし穴が用意されていようとは、その時の凛香はまだ知る由も無かった。