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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
74/91

74.今でも、大好きです その2

「里見さん、まさしくそのとおりだと僕もそう思うよ」


 広海が含み笑いをしながら、凛香をちらっと見るのだ。もちろん凛香が穏やかでいられるはずもなく。


「な、なんだって! なんで広海まで一緒になって、そんなひどいことを……」


 凛香の怒りは到底収まらない。


「こんな私でいいって言ったのは、どこのどいつだ!」


 まあまあまあ……と広海がなだめるように凛香の肩をさすった後、テーブルの上の一点を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「里見さん。少し、僕の話を聞いてくれますか?」


 瑛子は口元を引き結んで頷いた。


「世の中には男女の数だけ恋愛の形もいろいろあると思うんだ。里見さんの言うように、まずは付き合ってみてお互いの良さを知り、その結果実る恋もあると思う。ところが僕の場合、すでに愛する人が決まっていたから、そうする必要がなかっただけなんだ」


 瑛子の目元がピクッと引き攣った。


「凛香とはかれこれ十年来の知り合いで、そして、僕がずっとあこがれ続けた人だ。今やっと僕の気持に応えてくれて、一緒に生きていこうと決心したばかりなんだ。もう迷いはない。だから里見さん、君とは……」

「ぶはっ! ゴホッ、ゴホッ!」


 凛香は突然の告白に、口に含んだコーヒーを思わずふき出してしまったのだ。

 あわててハンカチで口を押さえる。それでも咳は止まらず、むせ続ける凛香の背中を広海の大きな手がいたわるように上下していた。

 瑛子がその光景をじっと見たあと、目を伏せた。そして、消え入るような声で話し始めた。


「そ、そうですか……。それが、先生の、鶴本先生の本当の気持ちなんですね。よく、わかりました。あたしだってこう見えても教師の端くれです。引き際は心得ているつもりです。先生を困らせるのは本望ではありません。でも、信じてください。あたし、ほんとうに鶴本先生が好きだったんです。今でも、今でも先生のこと、大好きです」

「里見さん……」


 突然の告白劇に広海も驚きを隠せない。


「音楽室でピアノを弾きながら生徒を指導していらっしゃるところも、職員室でパソコンに向かっていらっしゃるところも、響きのある魅力的な声も、顔も……。全部好きなんです。うすうすは気付いてました。鶴本先生が誰を見ているのかって。先生の視線の先に鷺野先生がいるってこと、悔しいけどわかっていました。鷺野先生、あなたが本当にうらやましい」

「あ……」


 瑛子が顔を上げ、凛香と目が合う。

 でもこればかりは、どうしようもないのだ。後輩だから、彼女がかわいそうだから……。そんな理由で簡単に恋人を譲り合うものでもない。


「はっきり言って、どうして鶴本先生のお相手があなたなのか、未だに理解できません。でも鶴本先生が鷺野先生を選ぶとおっしゃるなら、あたしは、もうどうすることもできない……」

「里見先生……」


 声を震わせながら自分の思いを話し続ける瑛子に掛ける言葉が見つからない。


「鶴本先生、鷺野先生。どうぞ、お幸せに。それと、あの話のことですけど。もう少し考えさせて下さい。では今日はこれで。失礼……します」


 瑛子は目にいっぱい涙を溜めながら立ち上がり、トレーを手にして誰とも目を合わさずに出て行ってしまった。

 一口も飲まなかったコーヒーも、彼女と共に去っていく。


 見事な引き際だとしか言いようがない。彼女の広海への思いは、やはり本物だったのだ。

 ところがさすがの瑛子も広海のあの宣言には、手も足も出なかったのだろう。

 それにしてもどうだ。凛香の隣に座る男の、この余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度。今までそうやって、いったい何人の女性を泣かせてきたのだろう。

 ちょっと予定より遅くなったが、今から広海と一緒にスタジオに向かうつもりだ。教頭とは夕方に合流することになっているので、迷惑はかけていない。

 修羅場も思いのほかあっさりとくぐりぬけ、さあスタジオに行こうかと腰を上げたその時だった。

 凛香は広海のただならぬ様子に気付き、彼を二度見にどみした。


「凛香……。俺、大丈夫かな」

「広海。どうしたんだ。どこか具合でも悪いのか?」


 広海が青ざめた顔をして、すがりつくような目で凛香を見るのだ。


「俺さあ、さっき、ひどいこと言っちまったよな? どうしよう……。里見さん、きっと俺を恨んでるだろうな。俺のことが好きだって、あんなに一生懸命告白してくれたのに……。俺、人として最低なこと、やっちまったんだろうか」

「広海……。あんたもしかして、今まで自分から振ったりしたこと、ないとか?」

「ない……かも。それとなく遠ざけるようなことは言うけど、あそこまできっぱりと断ったのは、初めてかもしれない。いつもこっちが振る前に振られていたから、そこまで言う必要がなかった、ってのもある」

「……ったく、あんたって人は。優しさの安売りもほどほどにしないと、これからも苦労するぞ。でも私は嬉しかった。広海がきっぱりと言ってくれて、嬉しかったよ」

「そうか。おまえがそう言ってくれるなら、俺も自分の取った行動に自信を持っていいんだな。でも彼女、来週ちゃんと学校に来るかな? なあ、どう思う? 思いつめて……なんてことにならないだろうか。ああ、どうしよう、ううう……」

 広海は低く唸りながら頭を抱え込み、何度も何度も大きなため息をついた。

 凛香は取り乱した男の隣に黙って寄り添い、ガクガクと小刻みに震える彼の肩に、スーツの上着をそっと着せ掛けた。




2010年12月5日21:54 にメッセージを送って下さった方へ。


そして、始まるを気に入ってくださって、とても嬉しいです。

今更新が滞っておりますこと、本当に申し訳なく思っております。

最後まで書き続ける予定ですので、もうしばらくお待ち下さいね。

メッセージを残していただき、ありがとうございました。

これからも頑張りま~す♪


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