70.順番抜かし その2
「そんなの、嘘です。絶対に嘘です! だって、鷺野先生と鶴本先生は、一学期まではほとんど会話もないし、目も合わさないし。お互いに嫌ってる雰囲気しかありませんでした。それに、鷺野先生は、鶴本先生のタイプじゃないです!」
「あ……。私もそう思う。なんで鶴本先生の相手が私なのかは、今でも謎だし。でもまあ、嘘を言っても仕方ない。申し訳ないけど、これは事実だから」
その点に関しては、凛香も瑛子に深く同調した。こんな女らしさのカケラもない自分に、どうして広海が心を寄せてくれるのかは、凛香にとってもいまだ七不思議のままなのだ。
もし自分が男なら絶対に選ばない女性の代表格で間違いない。
「こ、困ります。どうして鶴本先生が鷺野先生を選んだんですか? 絶対におかしいです。つり合わないです。そりゃあ、二人ともとても背が高くて、見かけだけはお似合いだと思いますけど……。でも鶴本先生は、女の子らしい、かわいい人が好みなんです! これは絶対です!」
「って、なんで里見先生があいつの好みまで知ってるんだ?」
「ああいやだ、鶴本先生のこと、あいつだなんて……。やっぱり鶴本先生のお相手は鷺野先生じゃないです。なんであたしが先生の好みまで知ってるかって、訊かれましたよね? それは、前の彼女さんがとても優しそうで、控え目で。すっごくきれいな人だったんです。だから……」
「ほう……。なるほどね。里見先生は、あいつ、じゃなくて、鶴本先生の前の彼女のことも知ってるんだ。私は知らないけど」
別に広海が過去に誰と付き合っていようが、今ではどうでもいいことだ。
が、やはり、おもしろくない。優しそうで、控え目で。おまけにきれいな人だって? なんか、むかむかしてくる。聞かなければよかった、と思ってももう戻れない。
「やだ。鷺野先生、知らないんですか? よくそんなんで、付き合ってるって言えますね。前の職場の同僚だったらしいですよ。彼女から告白されて、周囲にも応援されて付き合ったらしいですけど。週末になるたびに彼女が遠路はるばる会いに来てたみたいで。でも今年になってもう別れたって聞いて、今度こそあたしの番だって、そう思ったのに……」
「今度こそって、広海が、あ、いや、鶴本先生がそう言ったのか? 今度は里見先生と付き合うって?」
凛香は耳を疑った。もし広海が期待を持たせることを言っていたのなら、瑛子の言い分もわかる。
「そうです。鷺野先生は、順番抜かしです。次に鶴本先生と付き合うのは私なんです。だって、去年のバレンタインデーの時、チョコを渡してあたしと付き合って下さいと言ったら、今はダメっておっしゃたんです。もちろん彼女がいるのは知ってました。でも遠距離だし、もしかしたら……っていう期待もあって告白しました」
「すごい行動力……」
「あたりまえです。婚活はそんな生ぬるいものじゃないですから。命懸けなんです! もちろん、鶴本先生の返事はノーです。彼女がいるから付き合えないって。でも今年は違います。もう彼女と別れてるんだし、チャンス到来だと思ったんです。だから私、今年のバレンタインデーに言いました。次こそは私と付き合って下さいって」
順番抜かしと言われても……。ブランコの順番待ちでもあるまいし。凛香はあきれながらも、瑛子の話しに耳を傾けた。
「でも鶴本先生ったら、彼女と別れているにもかかわらず、今はまだ誰とも付き合えないとかうまく言い逃ればかりするんです……。だって今年のバレンタインデーのお返しに、すっごくかわいい小物入れを下さったんですよ。あれはきっと、将来アクセサリーをプレゼントしてくれた時に入れるためのものだってわかりました。絶対そうです。なのになんで鷺野先生があたしの前に割り込むんですか? よーーく考えてみてくださいよ。鶴本先生が鷺野先生みたいな人を彼女にするわけないじゃないですか」
「そうだよね……って、そこまで言うか?」
凛香のつぶやきなど気に留める様子もなく、瑛子はひたすら自分を正当化し続ける。
「補習講座の時にピアノ指導の仕事を手伝うのと引き換えに、鷺野先生が鶴本先生を脅迫したに決まってます。ひどすぎます。あんまりです。鶴本先生が、かわいそう……」
脅迫?
凛香はこの言葉を聞くや否や、プツっと何かが切れたような気がした。瑛子の言いたい放題に、凛香もついに黙っていられなくなったのだ。
「里見先生。言わせておけば、よくもそこまで! それはあんまりじゃないですか? なんで私が脅迫までして、広海と付き合わなきゃいけないのか、理由がさっぱりわからない。それに考えてもみなさい。もし私が里見先生の言うように、脅迫したとして……。広海が脅迫されて黙っているような人物だと思うのか? ええ、どうなんだ!」
凛香はテーブル越しに、瑛子に詰め寄った。
「そ、それは、確かにそうですけど。鶴本先生は、正義感の強い方だし……」
「ほらみろ。そんな根も葉もないことを言わないでくれる? 私だけでなく、広海をも傷付けているってこと、自覚してもらわないと!」
「でも、鷺野先生のおっしゃることなんて、到底、信じられません。優しい鶴本先生は、前の彼と別れた鷺野先生が不憫だっただけです。きっとそうです。あなたみたいな人を、魔性の女って言うんです。どんなテクニックを使ったんですか? 泣き落としですか? それとも、身体で迫ったとか?」
凛香は瑛子のあまりの悪態ぶりに反論する気力も失せてしまった。泣き落としは少しくらいはあったかもしれないが、なく前から広海のアプローチはすごかった。
けど、けど……。身体で迫った、だけは絶対にない。ほとんどスカートもはかないし、肌の露出面積は女性教師の中では一番少ない。男性経験も人並み程度かそれ以下だ。男を惑わすテクニックなど考えたことも無い。
この勘違いお嬢様をこのまま放っておくわけにもいくまいと、凛香はおもむろに立ち上がった。
「わかった。それじゃあ、今から私について来て。広海も交えて、きちんと決着をつけよう」
瑛子を横目で睨みながら、投げ捨てるように言った。
「ええっ? あの、あたし、そんなつもりじゃ……」
凛香の応戦に驚いたのか、急に威勢を失った瑛子が狼狽し、落ち着きをなくす。
「つべこべ言わないの! 言いたいことがあるなら、広海本人にはっきりと言ってくれる? いいな!」
鷺野先生、待ってください、あたしはそんなつもりじゃなかったんです、といい訳を並べながら追いかけてくる瑛子を後方に従えて、凛香は鼻息も荒く、広海の待つ駐車場へと歩みを速めた。
1/11 00:11 にコメントを下さった方。
そして、始まるをお読みいただき、ありがとうございます。
コメントをいただき、とても嬉しかったです。こちらを覗いて下さってるといいな~。
続きが早く更新できるよう、がんばりますね。
これからもよろしくお願いいたします。 まゆり