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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
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7.たくらみ その2

 手伝っていただければありがたいのですが……と広海があたりを見渡して、視線が止まったところがたまたま凛香だったらしい。

 いや、たまたまというのは皆の勘違いで、凛香にはそれが偶然でも何でもない、単なる嫌がらせだということはとっくにわかっていた。


 ふん、誰が手伝ってなんかやるもんか。鶴本広海よ、苦しむがいい。もっともっと苦しめ、苦しむんだ……。

 と俯いたまま呪いの文句をぶつぶつと繰り返していた凛香は、まさか自分に白羽の矢が当たったなどと思いもせずに、ひたすら誰にも相手にされない海の不幸を祈っていたのだ。


 何やら良からぬ空気を察して顔を上げたときには、なぜか皆にねぎらいの言葉を掛けられ、ついでに励ますように肩までポンポンと叩かれる始末だった。


「夏休み中で大変だけど、鷺野先生、独身で若いんだし。がんばってね」


 ママさん先生がにこにこしながら言った。独身で若い? 大きなお世話だ。


「鷺野先生、いやならそうおっしゃって下さいね。なんなら私が替わりましょうか?」


 社会科教諭の里見瑛子がそんなことを言ったような気がするのだが……。

 若くて美人で、男子生徒にも大人気の瑛子であるが、広海の気を引こうと日々アタックを繰り返していることは、誰もが知っていた。

 せっかく彼女が親切にそう言ってくれたにもかかわらず、気が動転していた凛香は、自分の置かれてる状況を即座にキャッチすることが出来ず、うかつにも瑛子のありがたい申し出を適当に聞き流してしまったのだ。


 そして、まるで水と油、永遠の芸術教科のライバルでもある音楽室なんぞに、美術教師である凛香が入り浸るはめに陥る。


 講師も含めると百人近くもいる東高教師軍団であっても、まだまだ女性教師の割合が少ない高等学校という職場のことだ。

 音楽教師以外で、ピアノと声楽を指導できる人材がそうそう何人もいるはずもなく。

 仮にいたとしても、夏休みとはいえ、膨大な仕事を個々に抱えている現状では、はい、私がやりますと自分から名乗り出る殊勝な教師がいるとも思えない。


 なのに……。何であの時、じゃあお願いしますと瑛子に言わなかったのかと、凛香は一生の不覚を悔やむ。

 瑛子も瑛子だ。広海と組んでやりたかったのなら、さっさと手を上げて自分からやりますと言えばいいのに。


 というか、広海が瑛子を嫌っているのは凛香も薄々気付いていたので、立候補される前に凛香を盾にして瑛子を阻止したとも考えられる。


「鷺野先生は体育館で校歌の一斉指導があった時、とてもきれいな声で歌っておられて、ピアノの経験もあると伺っています。今回手伝ってもらえて、本当に助かります」


 勝ち誇ったような顔を凛香に向け、口先だけへりくだる広海の態度に凛香はもう我慢ならない。


 校歌の一斉指導の時がどうたらこうたらなどと、そんな遠まわしな言い方をするくらいならならば、いっそあのことをここにいる皆にばらしてくれた方が何倍もましなのにと開き直る。


 そうすれば同罪だった広海の立場も悪くなるはずだ。

 生徒からの信頼も急降下間違いなし。広海、あんたの人気も、もうこれまでだな、ふっふっふっ……。


 凛香は過去の遺産とも言うべきこの強力な武器を見方に、徹底的に広海を打ちのめしてやろうと息巻いた。


 ところが周りの空気が、凛香の意図しない方向に流れていくのがひしひしと伝わってくる。

 職員全員が笑顔でこっちを見ている。

 鷺野先生、引き受けてくださってありがとう、あなただけが頼りですという、誠心誠意、心の底から感謝していますという眼差しが凛香をびっしりと取り巻く。


「あっ、いや……」


 私には出来ませんと断れば澄むことなのに、この状況ではその一言がどうしても言えなくなってしまう。

 それを言ってしまったあかつきには、全職員を敵に回しかねないほどの最悪の事態が待ち受けている気が、しないでもない。

 でも凛香は決めた。自分は絶対に広海の言いなりにはならないと。


「そ、その、私には、む、む……」


 無理です、と皆の顔を見ないようにしてやっと言ったはずなのに、時すでに遅し。

 教頭が凛香の言葉を打ち消すようにして、満面の笑みを凛香に向けて言うのだ。「鷺野先生。ありがとうございます。助かりました」 などと。


「もし、どなたもいらっしゃらなければ、この私が何かお手伝いしなければと思っていたのですよ。いろいろ仕事が重なって大変だとは思いますが、生徒のためにも、そして鶴本先生のためにも、どうかよろしくお願いいたします」


「は、はい」


 やられた。


 教頭にも逃げ道を塞がれた凛香は、まんまと広海の罠にはまってしまったのだった。




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