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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
64/91

64.告白は突然に その2

「今夜は早めに休もうな」


 再び腰を下ろした広海の手が、すっと凛香から離れる。そして凛香と目が合ったとたん、自然に広海の口元がほころび、ほっとしたような笑顔になった。

 凛香はその瞬間、心の中で何かがはじけた音を聞いた。このまま沈黙し続けて、広海への想いを閉じ込めておくのはもう不可能だと悟る。


「す、好き……」  


 あまりにもストレートすぎる凛香の突然の告白に、ほころんでいた広海の口元が急激に強張る。いったい何を言ったんだと、彼の目がその真意を探るように凛香を見据える。


「広海が……好き」


 言ってしまった。真っ昼間から。それも学校で……。

 広海はぎょっとしたように目を見開き、口をパクパクさせている。それでも凛香はやめなかった。


「なんでこんなに広海のことが好きなんだろう。広海は? 広海は私のこと……」

「り、凛香……。俺もおまえのことが大好きだよ。でもな、ここ、学校だから。これ以上は……な?」


 慌てて室内をぐるりと見渡した広海が声を潜めて言う。凛香はようやく広海が焦っている理由に気付いた。そうだ、ここは学校だった。グラウンドでは部活中の生徒が威勢よく掛け声を轟かせているではないか。

 何てことだろう。凛香ともあろう人物が、場をわきまえずに好きだなどと思いのままを口走ってしまったのだ。

 自分の無防備さにあきれ、茫然自失状態になっている凛香の手を、広海が包み込むようにして握った。そう言ってもらえて嬉しいよと目を細めながら。


 その時だった。ガラガラと音を立てて美術準備室のドアが開いたのは。


「あっ鷺野先生。ここにいたんだ。いや、実はね、夏休みに伊勢方面にスケッチ旅行に行ってね。これ、おみやげ……って。な、な、な、なんで鶴本先生がいるんだ? 僕、教室間違えた?」


 ノックもせずに準備室に入って来たもう一人の美術教師が、再び廊下に出て、場所を確認している。


「佐々木……先生。間違ってないですから。ここ、美術準備室です」


 広海とほぼ同時に大慌てで手を引っ込めた凛香は、佐々木栄太という美術教師に、やや上ずった声でそう答えた。

 もう一度準備室に入ってきた佐々木は、にやりと意味ありげな笑顔を向ける。


「もしかして、お二人。今、手を握ってなかったかな? あれ? あれれれ? おいおい、これってもしかして……。お取り込み中だったってこと?」

「いえ、違います。ただ」

「ただ、何? 手相でも見てましたって? いやいや、それくらい見分けがつきますって。確かに手と手を取り合って、見詰め合って。どーも、どーも。邪魔して悪かったですね。あ、そうだ。職員室に用があったの忘れてた。ってなわけで、どうぞごゆっくり」

「佐々木先生! 違うんです。待ってください!」


 凛香は椅子から立ち上がって、必死になって叫んでいた。Uターンして廊下に出て行った身体をまたもやUターンさせて、にかっと白い歯を見せながら佐々木が振り向く。


「あ、いいんだよ、君たちはそのままで。気にすることないって。あはははは! ここに入ってきたのがホトケの佐々木で良かったってことで。それじゃあ、邪魔者はさっさと失せますね。……そうか、そうだったのか。鶴本先生は鷺野先生が……。あはっはっはっ。いや、参ったな……」


 不可解な笑い声を上げながら、佐々木が準備室から遠ざかっていく。ただしこの人は、むやみに噂を広めたりしないし、職員間のいざこざに首を突っ込むようなタイプでもない。

 だがこの佐々木という人のいい隣人に、これからどんな顔をして会えばいいのか。凛香は広海と顔を見合わせ、冷や汗と共に思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 こんな状態でこれから先、まっとうに仕事を続けていけるのだろうか。佐々木の靴音と笑い声が聞こえなくなると、広海がのっそりと立ち上がった。


「んじゃ、俺もそろそろ行くわ。でもまあ、見られたのが佐々木先生で良かったんじゃないの? あの人なら、俺達のこと、悪く言わんでしょう」


 などと、のん気なことを言いながら準備室のドアを開け、廊下の左右を確認し……。あっと言う間にその場から姿を消し去った。


「あんたは忍者の末裔か……」


 凛香の辛らつなぼやきが、誰もいなくなった準備室に虚しく響く。いなくなってほっとするやら、どこか寂しいやら。せっかく広海にやると言ったのに、机の上にポツンと置き去りにされた焼きそばパンが、一抹のわびしさをかもし出す。

 凛香は袋を開け、ひと口そのパンを頬張った。おや、結構うまいじゃないか。世界で最初にパンに焼きそばを挟んだ人は絶対に天才だと賞賛することも忘れない。

 そして不幸中の幸いがひとつあることに気付く。さっきの美術教師のことなのだが、実はこの人。里見瑛子のことが好きらしい。

 瑛子と広海が付き合っているのではないかと凛香は幾度となく佐々木に訊ねられたことがあったが、これまでは知らないとしか言いようが無かった。

 瑛子が広海にぞっこんなのは佐々木も承知していたので、いつ広海が落ちるのかとはらはらしていたのだ。

 あの意味不明な佐々木の高笑いが再び凛香の耳に蘇る。

 ずっとライバルだと思っていた広海がそうでないとわかり、湧き上がる喜びを抑えることが出来なかったのだろう。

 きっと今ごろ、学校内のどこか片隅で、やったーと声高らかに叫び、小躍りしているのはもう間違いない。


 「佐々木先生、よかったな……」


 凛香はそうつぶやき、また一口。ぱくっと焼きそばパンにかぶりついた。




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