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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
63/91

63.告白は突然に その1

「おまえ……。何か勘違してるだろ?」


 食べかけのサンドイッチを机の上に置き、腕を組んだ広海が訊ねる。


「はあ? だから、なんで教頭に仲人なんか頼んだんだって言ってるんだけど。いくらなんでも、気が早すぎるだろって思うのは私だけ?」

「な、仲人だって? ははん、やっぱりな……」


 広海がこれみよがしにふんぞり返り、ますます傲慢な態度を露わにする。


「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ。この自信過剰の、せっかち野郎!」


 もう我慢ならない凛香は、恋人である目の前の男に、とんでもない暴言を吐いてしまう。


「おまえなあ……。ちょっとは慎めよ、その口」


 広海が身を起こし、片肘を突いて手の甲に顔を載せ、もう一方の手で凛香の額をツンと突いた。

 もちろんその顔は少しも怒ってなどいなくて、凛香の暴走を楽しんででもいるかのように、余裕たっぷりにほくそ笑む。

 凛香は広海のそのポーズを以前どこかで見たような気がしてならなかった。音楽室の肖像画の中にあったような……。

 そうだ、フォスターだ。とか言ってる場合ではなくて。

 話しの流れから察するに、仲人以外考えられないのだが。


「凛香……。言っちゃあ悪いが。それは激しい誤解だぞ。俺が教頭に頼んだのは仲人のことなんかじゃなくて」

「へ? 仲人じゃない?」


 となると、何だろう。さっぱりわからない。


「ああ。そうじゃなくて、ギターのことなんだ」

「ギター?」


 凛香は目の前の和製フォスターを、しばしじっと見つめた。

 もしかして、それって、あれのことだろうか。そう、夕べ砂川と約束した文化祭のサプライズ企画……。

 凛香は内心焦りだす。つまり、広海が話していた内容は、決して結婚のことではなかったということだ。

 ということは、衣装もウェディングドレスなんかではないと推測がつく。ステージ衣装だ。

 なーーんだ、そういうことだったのか。なら、家にある派手目の服をリサイクルすれば充分だろう。各所にスパンコールを縫い付ければ完璧だ。

 舞台もしかり。すべて、文化祭の話だったのだ。


「はははは……! おまえさ、人の話をちゃんと聞かないから、こうなるんだよ。俺たちの結婚式のことだと誤解してしまったんだろ?」

「う、うん。まあ……ね」


 早合点した自分が恥ずかしくて、馬鹿みたいで。今さら顔なんか上げられるはずもなく。

 さっきまでの勢いはどこへやら。凛香は俯いたまま、こっそり広海の姿を上目遣いに盗み見ることしか出来ない。


「でも、そんなおまえのフライングも、間違っちゃいないぞ。結婚の話もいろいろ決めなければならないことが山積みだしな。住む家のことや、それぞれの親へのあいさつも考えないといけないし」


 広海がはっきりと文化祭のことだと言わないものだから、早とちりしてしまったのだ。

 広海との結婚を待ち焦がれていると思われなかっただろうか。プロポーズの言葉もあやふやな今、このままズルズルと結婚まで話が進んでしまうのは、凛香としては納得がいかない。


 が、しかし。以前も来栖とは職場恋愛だったはずなのに、こんなにやりにくかっただろうか? 

 学校では二人っきりになることもほとんどなかったし、もっと普通に過ごしていたと記憶している。

 周りの誰も二人の親密さに気付くことはなく、非常に静かな恋愛だった。

 なのに今は……。昨夜、身も心も一つになった時の広海の甘い囁きや切ない表情が、何度も凛香の脳裏に蘇る。

 広海から滴り落ちるおびただしい数の汗の雫すら愛しいと思った、夕べのあの一部始終が。

 いくら昼の休憩中だとはいえ、職場でそんなことを思い出してしまう自分が許せないのだが、それでも尚、恥ずかしさとありえないほどの胸の高鳴りで、もうどうにかなりそうだった。

 こんな状況で文化祭の話など、初めから無理だったのだ。


「さーて、さっきの続きだが……」


 広海が文化祭のサプライズ企画を進めていく。頷くだけの凛香は到底何も考えられなくて。

 広海の声が目が口が。その手の指も、髪の毛一本一本までもが、凛香の記憶の引き出しに、新たに上書きされていく。

 これが本当に人を好きになることだとしたら、過去の恋愛はいったい何だったのか。広海との距離が急激に縮まったこの夏以降、凛香は自分自身の内面の変化にただただ驚くばかりだった。


「……凛香? おい。聞いてる? なんだ、おまえ。パンも食ってないじゃないか。なんなら俺がもらうぞ」

「うん、やる」


 広海が置いてくれた焼きそばパンをポンと差し出す。


「おまえ、やっぱり変だ。本当に大丈夫なのか? 夕べ、飲みすぎたか? いつものおまえなら、あれくらいじゃ、びくともしないはずだが。熱でもある?」


 にゅっと伸びてきた広海の手のひらが凛香の額を覆う。そのまま中腰になった広海が、机をはさんで上半身ごとこっちに近付いてくる。彼の心配そうな瞳が、瞬きもせず、彼女の額の辺りを心配そうに見つめていた。


「熱は……ないか。どうしたんだろうな」


 広海が何か言葉を発するたびに心が震え、鼓動が早まる。そのままずっと額に触れていて欲しかった。出来ることなら、夕べのように強く抱きしめて欲しい。



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