表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
53/91

53.そして、恋に落ちていく その1

 広海は今、なんて言ったのだろう。 


 ──だーかーらー。夫婦になるって言ってるんだよ。俺とおまえがっ……。


 凛香は、広海がたった今口走ったことを、脳内で繰り返してみる。

 そうだった。この目の前の男に、夫婦になるぞと宣言されてしまったのだ。それもあろうことか、夜のコンビニの駐車場で一方的に。

 そして、はっきりとした求婚の言葉がないままに、いつのまにか鶴本凛香に改名されていた……。


 いくらなんでも先走りしすぎだろう。誰がいつ、広海と結婚するなどと言った? 

 凛香はまだこの男に、交際の許可すらしていない。なんておめでたい奴なのだろう。フフンと鼻で笑ったあと、至近距離に迫ってくる広海を両手で押しのけた。

 が、その瞬間、押しのけた手をぎゅっと掴まれ、有無を言わせぬ真っ直ぐな視線を凛香に向けるのだ。

 すっかりプロポーズでもした気持ちになっているのだろうか。

 なあ凛香、俺と結婚してくれるんだろ? と何もしゃべらない無言の広海が、暗がりの中で、そう目で訴えているように見える。

 だからと言って、ここで甘い顔を見せては女がすたる。凛香はその名の通り、凛とした面持ちで、広海に真っ向から対峙する。


「広海、ちょっと待って。あんたが誰と夫婦になるかは知らないけど、そんな大切なことを、自分勝手にあれこれ決めるのはどうかと思う。私はまだ、あんたと付き合ってもいいよって返事すらしてないけど? そこのところはどのようにお考えで?」


 凛香は心を落ち着かせ、子どもに言い聞かせるように、今の気持を伝える。


「凛香、今さら何を言ってるんだよ。返事も何も。俺たちはもう十分に付き合ってるだろ? 違うのか?」

「違う……と思う」


 きっぱり違うと言い切れないところが辛いが、やはり今の広海の行動は、勇み足が過ぎやしないかと思う。誰が見ても順序が滅茶苦茶だ。 


「あーーあ。おまえ、さんざん俺の気持を弄んでおいて、それはないだろ? なあ、凛香」 

「もう、うるさいなあ」


 凛香は広海に拘束された手を振りほどこうと揺さぶったが、解けるどころか、ますます強く握り返される。


「広海。まずは文化祭を成功させること。すべてはそれからだろ? それと、里見さん対策も考えてるの? 彼女、どういうわけか広海にぞっこんだし、あんたがあれほどあからさまに彼女を嫌っているにもかかわらず、全くひるまない……。これ以上面倒なことに巻き込まれるのは御免だからね。きちんと決着つけてくれよ! それでないと、広海とは……」


 そうだ。とにかく里見瑛子の件だけは、今すぐにでもなんとかして欲しい。

 このままではまた修羅場に出くわしそうで、はらはらどきどき、落ち着かないったらありゃしない。

 ああいったタイプの女性には、拒絶の態度だけでなくバシッと言って突っぱねなければ理解されないのだろう。

 彼女が望みを抱いてしまうのも、すべて広海の優柔不断さゆえの結果ではないのか。凛香の不安は一向に治まらない


「決着? 向こうとは何も始まってないのに、何を決着をつけろと? そもそも俺たちのことと彼女は関係ないと思う。里見さんが勝手に騒いでいるだけだからな。デートもしたことなけりゃ、二人でメシすら食ったこともない。それでもだめなのか?」


 広海は自分のどこに非があるのか全くわかっていない様子で、取り合おうとしない。

 ここをうやむやにすれば、ずっと引きずることになる。人の心ほど怖い物はないのだ。

 瑛子の勘違いがこれ以上ひどくならないうちにきっちりと線引きをする必要があるというのに。


「だめだ! あんたが期待を持たせるような態度を取るから里見さんがあきらめないんだよ。ホント、広海は自覚なさすぎ。なんだかんだ言いながらも女子生徒に一番もててるのは広海なんだから。里見さんだけでなく、広海を慕ってる生徒にも卒業生にも何をされるかわかったもんじゃない。鶴本先生との恋愛は、ある意味命がけなんだ。大学の時だって、広海と一緒にいるってだけで、いったい何人の女子学生に嫌味を言われたか。……ということで。いい加減、この手を離してくれないか?」


 凛香は広海からすり抜けるようにして無理やり手を引き離し、目にも留まらぬ早業で助手席側のドアを開けてよじ登るようにしてシートに座った。

 そして、これみよがしにパタンと勢い良くドアを閉め、広海を置き去りにする。


 すると、何がそんなにおかしいのか、クックックッと肩を小刻みに震わせながら、広海がぐるっと車の前方を回って運転席のドアを開けた。

 と思ったら、凛香に負けないほどの速さで座席に座り、すかさず身体を助手席側に傾けてきた。

 こ、これは、いったい……。


「スキ有り! 凛香。どうだ、まいったか」


 凛香は頬に手をあて、目を見開いた。それは頬というより、目尻とこめかみの中間あたりだったと思う。

 柔らかいものがそこに触れ、びっくりして広海の方を向いてしまったものだから、最後は目蓋にまでかすってしまった。

 そう、広海の唇が……。


「俺、アホだな。いちいちおまえにお伺いを立てるから、事がややこしくなるんだ。今、それに気がついた。不意打ちってのもいいもんだろ? 今夜の凛香は、いつにも増してかわいすぎ。これくらい、許せ」

「な、なんてこと、するんだよ。広海の、ばか……」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ