表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
44/91

44.天使のいたずら その2

 凛香の体が次第に強張ってくる。せっかくの広海のぬくもりも、あのことを思い出せば、再び憎しみに変わってしまう。

 凛香の気性の変化を察したのか、広海が突如腕の力を緩め、ゆっくりと椅子を回転させて、自分の方に凛香を向き直らせた。

 そして広海に引き上げられるようにして立ち上がった凛香は、その距離感といい、見詰め合っている角度といい、ムード満点の恋人同士のようなシチュエーションに、身も心も引きずり込まれそうになるのを必死に堪えた。


「凛香。あの時のこと、やっぱ、まだ怒ってるんだよな?」

「あたりまえだ。あんたは私を騙したんだから」

「ああ……。でもな、俺が全くの無実だとは言わないけど、間違ったことをしたとは思ってない。凛香の才能をみんなに認めてもらえるいいチャンスだと思ったし、おまえもきっとわかってくれると、そう信じて疑わなかったんだ」

「じゃあ、どうして前もって言ってくれないんだ。あんな汚いやり方はいくらなんでもひどいよ」

「何が何でも凛香の才能を専門家に認めて欲しくて、後先考えずに突っ走ってしまった。そして、すべてがうまくいったと勘違いした俺は、あのステージが終わった瞬間、どうしてもおまえに俺の思いを伝えたくなったんだ」


 あの時と同じ目で広海が凛香を見ている。ともすれば唇を重ねてしまいそうになる自分の欲求を抑え、彼の視線から目を逸らせた。


「凛香、今もそうだけど、好きな女を目の前にしながらキスもできない関係なんて、嘘っぱちだと思った。そして、その先も二人三脚で歌をやっていけたらいいと単純にそう思っていたんだ。恋人同士でもあり、音楽のパートナーでもある関係が築けるんだ。これ以上ないほど贅沢な二人だろ? でも結局は、おまえを傷つける結果になってしまって」

「うん……」

「なあ、凛香。俺とおまえは、またこうやって出会えたんだ。俺たちはきっとこうなる運命だったんだよ。あの時の続きを、今から、やり直したい」


 広海の片方の手が腰に回され、もう一方の手が凛香の後頭部に添えられた。広海の顔がじわじわと近付いてくる。これってやっぱり、あれだ。それしかない。凛香もたった今、それを望んでいたじゃないか。

 がしかし、あまりの急展開に行動力がついて行かない。頭ではわかっていても、カラダが固くなって動けない。

 広海が目を閉じ、顔を斜めにして迫ってくる。


「あっ……」


 凛香はついにこの状況に呑みこまれ、吐息のような声を漏らした後、不覚にも目をつぶってしまった。

 このまま少しだけ爪先立ちになれば、広海の目的に協力できる。広海の首に腕を回し、そのまま距離を縮めていけばいいだけだ。

 広海の手が凛香の腰のあたりをまさぐり、胸にかかったとたん、凛香はパチリと目を開けた。そして。


「ご、ごめん……」


 そう言って、さっと顔を背ける。あと一歩というところで、凛香は広海を退けてしまったのだ。


「りんか? どうしたんだよ。こっち向けよ。なんで逃げるんだ。俺のこと、そんなに嫌いなのか?」


 広海の大きくてしなやかな手が凛香の頬をはさみこみ、悲しそうな目で覗き込む。


「ち、ちがう。嫌いじゃない。本当だ。多分、あの当時くらいには、好き……かも」


 凛香は自由にならない顔を広海に向けて、必死になって言い訳をする。


「なら、なんで? まさか来栖さんのこと、まだ引きずってるのか?」

「ううん。それはない。絶対にない」


 広海の手に挟まれたまま、凛香がふるふると顔を振った。


「それじゃあ、もうこんな無駄な追いかけっこはやめよう。凛香、そうだろ?」

「うん。わかってるって。……わかってるよ。広海の気持ちも。そして私の気持ちも。でも、まだ自分が今後どうしたいのか方向が定まらないんだ」

「方向が定まらないって、どういうことだ? 難しく考えすぎなんじゃないか? 俺は、凛香とずっと一緒にいたいと思うし、おまえにもそう思って欲しい。ただそれだけだ。おまえは俺と一緒だと苦痛なのか? それとも、俺に触られるの、いや?」

「そんなことない。一緒にいて欲しいと思ってる。軽蔑されるかもしれないけど、広海に触れて欲しいと思う自分もいる。でもな、考えてもみろよ。私と一緒にいて広海は幸せになれるのか? この部屋にしてもそう。足の踏み場もないんだぞ。我ながらひどいと思う。料理の腕だってあの頃とちっとも変わってないし、というより、前よりひどくなってるかもしれないし」


 ようやく広海の手から解放された凛香は、彼に触れられていた部分が、熱く火照てってくるのを感じていた。

 頬も腰も胸も、そして身体中がこんなにも広海を求めているのに応じられない自分が悲しかった。

 こんなままでは、もう二度と天使が降りてくることはないだろうとも思う。これで広海にはもう相手にされないだろう。こんな女を愛する人は誰もいない。


 すると凛香の頭上でクックックッと堪えたような笑い声が聞こえて来る。何がそんなにおかしいんだと訝しげに見上げると、今度は広海に頭ごと抱え込まれ、大きくて広い彼の胸に、上半身ごと捕らえられてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ