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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
40/91

40.フリーズ その2

「ごめん……」


 先に謝ったのは、広海だった。まだ呆然としている凛香の右手を広海の大きな手が遠慮がちに包み込む。

 そして向かった先はデパートのアクセサリー売り場だった。

 ちぎれてしまったネックレスのお詫びにと広海が選んだ物は、プラチナメッキのチェーンに、人工ダイヤのトップがついたものだった。

 確かにそれはノーブランドの一万円にも満たないものだったはずなのに、家に帰って開けてみた商品には、鑑定書のようなものが添えられ、本物のプラチナとダイヤで出来た高価なものにすり替わっていたのだ。


 いつの間にこんなことになったのだろう……。

 今思えば支払いの時、広海が店員とこそこそ話していたのはこういうわけだったのかと、ようやくそのからくりに気付く。

 てっきり商品にクレームでもつけてごねているのだろう、くらいにしか思っていなかったので、意外すぎる彼の行動にあろうことか胸を高鳴らせてしまった。

 にしても、これは高い。絶対に高い。こんな物をただの同僚にもらう理由はないと、昨日家に帰り着いてすぐに電話をしたのだが。


「もちろん、ボーナス払いにしてもらったから、今は痛くも痒くもない。……まあ、俺にしてみれば結構な出費だったかもしれないけど、給料の三か月分にはまだまだ届かないくらいのものさ。心配するな。ダイヤも小さいし、オーダーメイドでもないし。まあ、給料一ヶ月分ってとこかな。俺の身の丈にあった価格帯なんで、今回はこれで許して欲しい。クライスレリアーナが以前ほどリアルに弾けなくなったお詫びだ。だからもう、来栖さんのはつけるな。俺のささやかな願いを叶えてくれよ……」


 と、なんとも意味不明な返事をもらい、ますます戸惑ってしまった。でも、嬉しかった。理屈抜きに嬉しかった。

 いくら気に入っていたからとはいえ、来栖の思い出を引きずったものを平気で身につけていた自分の浅はかさにも気付かせてくれたのだ。

 広海には感謝してもしきれない。


 その夜、今度こそ本当に来栖とはすべてが断ち切れたような気がして、心が軽く浮上していくような気持になった。

 そして、広海との電話を切った後、すぐにまた彼の声が聞きたくなったのには驚いた。

 次第に広海病に侵されていく自分に気付くと共に、彼のいない日々など考えられなくなっていることも自覚し始めていた。


 そして、翌日。つまり今日の朝だが、どこか腑に落ちない状況のままでありながらも、このネックレスをつけて出勤してみた。

 夕べは素直に嬉しいと思ったのだが、やはりどう考えても、これは高価すぎるのではないかと不安が押し寄せるのだ。

 でも、広海の願いとあれば、もらうべき品物なのだろうけど……。

 いかにもつけてますと見せびらかすのは、教育上の配慮としても慎むべきだ。

 そんな言い訳を自分自身に言い聞かせながら、学校内ではシャツの中に隠してつけていたが、帰りに広海の車に乗り込む前に一番上のシャツのボタンをはずして、ペンダントトップが少し見えるようにしてみた。

 案の定、目ざとくそれを見つけた広海が、喜びの声を張り上げる。なんともわかりやすく大袈裟なやつだ。


「うおおおっ! 凛香。それ、つけてくれてたんだ。俺はてっきり袋ごと突き返されるんじゃないかと思っていた。それにしても、似合うねー。昨日つけてた誰かさんにもらったやつより、百倍似合う。いや、何万倍も似合うよ。なあ凛香。これから俺とデートしない? 焼き鳥専門のうまそうな店を見つけたんだ。おまえには、レバーをたっぷり食わせてやるから……」


 などと調子に乗る広海に、行きませんと丁重にお断りして、七時ごろ家に送り届けてもらったというわけだ。

 焼き鳥に少しばかり未練があるが、広海がデートなどと言うものだから、はいそうですかと簡単に行けなくなってしまったのだ。

 本気で広海は凛香と付き合いたいのだろうか。広海の真剣な交際宣言を、来栖と別れてからまだ一度も聞いていない。

 それに、いくら貧血がひどいからと言って、レバーばかり食べさせられたんじゃたまったものじゃない。

 レバーが苦手な凛香は、そのプルンとしたどす黒い形状を思い出しただけで、ぶるっと身震いしてしまった。

 やっぱり広海は広海だ。いつまでたってもあの頃のまま。

 ましてや、凛香は正真正銘つい最近恋人と別れたばかりで、少なくとも傷心真っ只中の妙齢の女性であるわけで。

 なのに広海のあのがさつな態度。デリカシーの欠如した数々の言動にがっかりしてしまう。

 いつものようにシャワーと簡単な夕食を一人で終えたあと、風紀のプリント作成の仕事をして、ネットでシューマンを検索したら、即行フリーズ。

 まことに残念極まりないが、このままパソコンが動かなければ、残された道はただひとつ。メーカーに修理依頼でもなく、そのまま放っておくでもなく。


 凛香は床に寝っころがったままベッドの上にある携帯に手を伸ばし、指先を起用に動かしてたぐり寄せる。

 一人寂しく焼き鳥を食べているであろう広海の番号を表示させ、ふうっと大きく息をはく。

 そして、五秒間その番号をじっと眺めたあと、くるりと腹ばいになった勢いで、通話ボタンをぎゅっと押し込んだ。



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