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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
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4.恋の第一段階 その2

 凛香は自分の妄想が現実のものになったことに満足感を覚えほくそ笑む。

 でも宇治の家に行ってどうするのだろう。家族に紹介されるのだろうか。 

 それとも誰もいない部屋で、二人きり……。


 凛香はよからぬ妄想が脳裏に渦巻くのを必死の思いで払いのける。

 ないない。絶対にそんなことなどありえるはずもなく。

 一昨日には危うく取っ組み合いのけんかになるところだったのだ。そんな凶暴な女を相手に、宇治が本気になるわけなんかないと相場は決まっている。


 ついうっかり、デートという言葉に騙されるところだった。

 宇治はきっと深い意味もなく口走っただけなのだろう。だって女同士で遊んでもデートと言ったりするじゃないか。


 凛香は何も危険はないと判断し、うんと頷いた。

 宇治の家に行くことをあっさり了解してしまったのだ。


「ほんとにいいのか?」


 宇治の顔がやたら真剣味を帯びているのが気になるが、だからと言って、今さらやっぱり行きませんとは言えない。


 凛香はその拍子にふと金曜日のもうひとつの約束を思い出していたのだ。

 貸した絵の具と引き換えに宇治の作品をもらうというあの約束を。


 そうか。そうだったのか。その絵を渡すため、家に来いと誘ったんだ。

 凛香はようやく宇治の真意がわかり、ほっと胸を撫で下ろす。


「なあ、鷺野。俺おまえのことが……」


 いったいどんな絵をくれるのだろう。

 前回の楽器をモチーフにした静物画は部員の誰もが絶賛した完成度の高い作品だった。


 春休みに部活メンバー全員で山にスケッチ旅行に行った時、宇治が描いた山ツツジの絵も捨てがたい。

 空の蒼とツツジの朱がなんともいえない色気をかもし出し、インパクトのある良い絵だった。


「おまえが好きなんだ。おまえが入学してきた時、なんて大人っぽい雰囲気の子だろうって思った。それから目が離せなくなって……」


 いや、早まってはだめだ。今製作中のランプの静物画もとてもいい。 

 あれが仕上がってからいただくというのも一案だ。


 それよりも、自宅に行けば、見たことのない斬新な作品が埋もれている可能性だってある。

 なんというチャンス。凛香の目はまだ見ぬ作品に思いを巡らせ、宇治の話など一切聞く耳を持たない。


「鷺野。おまえが俺を見てくれていないのはわかってる。無理強いはしないが、これから先、少しずつでいいから俺を見てくれないか。絵じゃなくて、俺自身を見て欲しいんだ」


 見て欲しい……。そりゃあ見ますよ。

 凛香は宇治の絵がずらっと並んだ夢のような空間を想像して、くにゃりと身悶えしそうになる寸前にはっと我に返る。


 今、何て言いましたか? 確か、その……。俺自身を見て欲しい、とか、言いませんでしたか? なんだ、それ。


「さーぎーのー! おまえ、俺の話し、ちゃんと聞いてるの?」


 凛香は宇治の声に、遠くを彷徨っていた意識を呼び戻される。


「だから、よく聞けよ! 俺、おまえと付き合いたいって言ってるんだよ」

「付き合いたい? この私と?」

「そうだ。ダメか?」


 凛香は想像だにしなかったこの展開に、言葉を詰まらせる。


「好きだ。俺はおまえが好きなんだ。次はおまえをモデルに絵を描こうと思ってる」

「宇治……先輩。あ、あの。私、まだ……」


 凛香は繋がれた手をそのままに、じりじりと後ずさる。


「うん。わかってる。今すぐ答えをくれとは言わない。……それとも、他に好きな奴がいるのか?」


 凛香がいくら後退しても宇治がにじり寄るので、いつまでたってもその差は一向に変化しない。

 これ以上下がると凛香のかかとが民家に侵入してしまう。


「い、いません。私、そういうの、全くダメで。でも、先輩。ほんとに私でいいんですか? 先輩を殴ろうとしたんですよ。皆から男って言われてるし」


 仕方なくその場に立ち止まった凛香は、近すぎる宇治に顔をそむけるようにして言った。

 真実ははっきりと伝えておく必要がある。  


「すべてを含めて、おまえがいいんだ」


 宇治が凛香の手をぎゅっと握りしめた。そして再び歩き始める。

 もう何が何だかわからなくなって凛香の脳内はぐちゃぐちゃに混乱する。

 生まれて初めて告白されて、挙句、この野蛮な性格まで好きだと言ってくれる奇特な宇治をこっそりと盗み見る。


 宇治を目当てに入部してきた後輩がいるのも言わずと知れた事実だが、改めてじっくりと見てみると、それなりに整った顔立ちをしているとは思う。


 でも、たった今告白されたばかりだというのに、宇治自身からときめきを見出すことは出来なかった。

 この人と一緒にいて幸せなのかと自分自身に問えば。もちろん、それはノーだった。

 いや、だからと言って不幸というわけでもなく、そして別段嫌でもない。

 つまり、どうでもいい相手ということだ。


 でも自分を好きだと言ってくれる人に、これから先も出会えるという保障はどこにもない。 

 このチャンスは大切にした方がいいのかもしれない。


 凛香は複雑な思いを胸に、宇治に手を引かれ、大きな門構えのある邸宅に半ば引きずられるようにして入って行った。



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