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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
39/91

39.フリーズ その1

 もしパソコンの画面が、この後もずっとフリーズしたままだとしたら、いったいどうすればいいのか。

 普通に考えると、買った店にこのノートパソコンを持ち込んで、修理を以来することになるだろう。

 以前も同じような状況になった時、来栖に部屋を見られたくない凛香は、彼に助けを求めることなく、一人でこそこそと店に壊れたと思われるパソコンを持って行ったことがあった。

 お助けコールセンターなるものの案内も説明書に記載されていたが、電話の説明ごときで解決するほどの簡単な不具合であれば、とっくに自分で修理できるはずだ、などと自信満々に自己判断を下した凛香は、善は急げとばかりに救急病院に駆け込むがごとく、店の修理カウンターに出向いた。

 そして、店員に不具合状況を説明し電源を入れたままのパソコンを差し出すと、ものの数秒で問題は解決するというあっけない幕切れを迎える。

 修理お預かり中の代替パソコンの心配までしていた凛香は、ずっこけるほどの肩透かしを食らったのは言うまでもない。

 お客様、幸いどこも壊れていないようです、などと言われ、にっこりと特上の営業スマイルを返された日には、パソコンを抱えてすごすごと帰って行くしかなくて……。


「そんな赤っ恥をかくのはもう沢山だ!」

 

 凛香は誰もいない部屋で、思うがままにそう叫んでいた。

 強制終了して、一から立ち上げるべきなのか。

 それとも、鼻歌交じりで難なくパソコンを操るあの慇懃無礼(いんぎんぶれい)な音楽教師に出張修理を頼むべきなのか……。


 凛香のパソコン恐怖症は何も今に始まったことではない。

 普段から堂々とアナログ派宣言をしている凛香は、ペンタブを使って画面を見ながらすいすいとイラストを描き、色付けまでしてしまう生徒の適応能力の速さにひたすら感心し、自分のふがいなさを恥じてもいた。

 だからと言ってここに広海を呼んだりしたら、それは向こうの思う壺ではないか。凛香は天井を見上げながら思いとどまる。

 というのも、凛香が音楽室で広海のピアノを聴きながら倒れてしまったあの日から、彼は毎日車で家まで送ってくれているのだ。

 里見瑛子がそばに居ようが居まいが、有無を言わせずに凛香を車に押し込むのがおきまりの風景になりつつあった。

 おかげで、瑛子の視線が何気に殺気を帯びているのはもちろん、遅くまで残っているごく一部の生徒からも冷やかされる始末だ。

 本当に最近のませガキときたら目に余るものがある。何がヒューヒューだ。何がラブラブーーだ!

 広海曰く、補習講座を無理やり手伝わせてしまったせいで鷺野先生を過労による体調不良追いやった……と、さももっともらしい理由を周囲に吹聴して自分の行動を正当化している。

 さまざまな事情で近所に住む職員同士が一台の車に乗り合わせて出勤や帰宅することはよくある話だ。

 凛香と広海もその一環だと見られているため、まさか広海に下心があるなどとは職員は誰も気付いていない。

 ましてや、学校一の変わり者として名高い凛香を相手に、広海が恋愛感情を持つなどと誰が思うだろう。

 あの気難しい鷺野先生を気遣う責任感の強い鶴本先生として、広海の評価がうなぎ上りなのは、凛香にとっては不本意でしかなかった。


 凛香は普段あまりアクセサリーを好まないが、ひとつだけ身につけているものがあった。それは来栖にもらった、ゴールドの細い鎖状のネックレスだ。

 軽くてあまり目立たなくて、シンプルなシャツにも映りがいい。来栖からもらったからというよりも、抜群の使いやすさを優先して日々愛用していたのだ。

 そして、そのネックレスを広海に指摘されたことから、昨日の帰宅途中、車の中で大喧嘩に発展してしまったのだ。

 付き合っているわけでもないただの同僚に、お気に入りのアクセサリーにケチをつけられ、(はず)(はず)さないの大騒動になったのだが、そんな子どもじみた争いを回避できなかった自分が悔やまれる。

 

「そのネックレスは、おまえの趣味?」 という広海の質問に正直に答えた事から諍いが勃発した。

 ネックレスが来栖からのプレゼントだとわかったとたん彼の運転が豹変し、乱暴に車線を変更した挙句、路肩に寄って急停止した。


「そんなもの、未練がましくつけるな!」 と、広海らしからぬ剣幕でののしられ。

「放っといてくれ!」 と、これまた大声で、凛香が負けじと言い返す。

「二度とあんたの顔なんて見たくない」 と怒鳴ってその場で車を降りた凛香は、怒りに任せて首に手をやり、次の瞬間、そのネックレスを引きちぎっしまったのだ。

 細めのゴールドのチェーンが、凛香の手のひらで無残な姿をさらす。無意識にとった自分の破滅的な行動に、凛香自身が一番驚いていた。


 一部始終をフロントガラス越しに見ていた広海が車を降り、黙って凛香の腕をつかむと再び車に押し込めた。



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