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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
37/91

37.ありがとう その3

「当時の鶴本の彼女とはすでに何度か会ったことがあったから、そろそろかりんちゃんのことをきちんと紹介してもいかなとも思ってた。でも、鶴本の忘れられない人が、僕の直感どおり君だとしたら。到底、二人を会わせるなんて出来ないよね。君と鶴本を再会させると、何かが変わってしまうんじゃないかと思うと怖くて……。結局、あいつにはまだはっきりと、僕の彼女が君だとは伝えていない。鶴本も、君を知っていると、絶対に口を割らないからな」


 来栖がお茶を一口飲み、また話し始める。


「君の転勤先が東高だとわかった時、僕がどれだけ動揺したと思う? 何かの間違いじゃないかと、君に何度も訊き返したよね。だからあの時、すぐに君にプロポーズしたんだ。ここで君を捕まえておかないと、取り返しの付かないことが起こりそうな気がして。でも君はそれを受け入れてくれなかった」

「先生、ごめん。言い訳はしないけど、あの時は、うんと素直に言えなかったんだ。相手が先生じゃなくても、きっと断ってた。結婚なんて考えたこともなかったから」

「君らしいな」

「でもこれだけは信じて。鶴本のことは、東高に赴任するまで、同僚になるなんて知らなかったんだ。それに私たち、ずっと絶縁状態だったから……」

「絶縁状態? そうなんだ……。鶴本の態度がおかしかったのはそのせいか」

「かもしれない。大学在学中に大喧嘩をして、それっきり。だから、私が先生のプロポーズを断ったことと鶴本は、全く関係ないんだ。それに誤解のないように言っておくけど、私と鶴本は恋人同士でもなんでもないから。大学時代は途中まで仲が良かったけど、男同士でつるんでるようなそんなあっさりした関係だったんだ。だから……」

「わかってる。信じてるよ。君が嘘をつけないのは、僕が一番よく知ってるから……」

「ありがとう、先生」


 ついムキになって弁解してしまったが、来栖が理解してくれたようでほっと胸を撫で下ろす。


「君が東高に赴任した頃、親から散々結婚はまだかってせっつかれていたんだ。君にプロポーズを断られた事実を知らせたとたん、君と結婚するとばかり思っていた親がひどく落胆して、親父は入院するし、お袋も泣いてばかりで……」

「私のせいで、そんなことに」

「いや、君のせいなんかじゃない。僕が不甲斐なかっただけなんだ。いつまでも元気だと信じて疑わなかった両親の実情を、あの時はっきりと思い知らされたよ。その後、誰でもいいから見合いをしろと泣きつかれて、迷った挙句、見合いを決行したんだ。三十四歳にもなる独身の息子が家にいるのは、親の世代には苦痛でしかないらしい。とにかく形だけでもこなせば、そのうち親もあきらめるだろうと簡単に見合いを引き受けた。相手の女性には悪いと思ったが、気乗りのしない最悪な態度で見合いをして、なるべく向こうから断らせるように仕向けた。あと一回だけという約束で三度目の見合いをした時……。今の彼女と出会ってしまったんだ。スポーツクラブのインストラクターをしている彼女とね。そしていつの間にか、お互いに……。僕はいったい何をやってるんだろうって、自分が情けなくて。そのうち、君に合わせる顔もなくなって」

「……先生。もういいよ。それ以上何も言わなくていいから。その彼女、きっと先生の好みの女性なんだろ? おしとやかで、優しくて」

「かりんちゃん。君にそこまで言わせてしまって本当に申し訳ない。でも、違うんだ。どちらかと言うと、君に似てるかもしれない。さっぱりした性格で、彼女も学生時代、僕と同じで水泳の選手だったんだ。でもこれだけは言わせて。君のこと、ほんとに好きだった。僕にない部分をいっぱい持っている君がうらやましかった。君と付き合った三年間は、僕の今までの人生で一番幸せな時間だったよ」


 彼の澄んだ目が、偽りのない気持ちを証明しているかのようだった。凛香は本当にこの人に愛されていたんだと実感した。


「私も。先生から優しさをいっぱいもらった。先生、ありがとう。今なら……。心からそう言える」


 付き合い始めはそんなに好きではなかったはずだが、月日を重ねるうちに愛情を育んでいく、そんな恋愛だったと思う。


「こんな僕を許してくれるのか? 何を言われても、それこそ君に殴られてもいいと思うくらい、今夜は覚悟を決めてここに来たつもりだ。君が許さないというなら、彼女と別れる心積もりもある。僕はそれくらい君に対してひどいことをしたと思ってる」


 来栖は自分自身を許せないと言うように、肩を怒らせ膝に乗せた拳を握り締める。


「先にひどいことをしたのは、私だから。先生の結婚の申し出を断っておきながら、今まで引きずってきたのは、この私なんだし。実は、一昨日、鶴本に叱られたんだ。自分自身をさらけ出して、もう一度先生にぶつかってこいってね。でも、出来なかった。素直になれない自分が疎ましかった。私は一生恋愛なんて出来ないんだって、ようやく自覚したのかもしれない」



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