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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
29/91

29.キュートな寝顔 その2

 広海がふて腐れたようにして、ぶつぶつと文句を言う。決して広海に魅力がなかったわけではないのだが、確かに凛香は、広海といると眠ってしまうことが多かった。

 でもそれは、そこまで彼を信頼していたという証拠でもある。

 だからと言って、妙齢の女性に向かって襲うぞとは何事だ。起き抜けに聞いたあの言葉をさらっと聞き流したフリをしているが、凛香の心臓はさっきから拍動の間隔が狭まり、まるで早鐘のようにドキドキと鳴って暴れ回っている。

 この歳になると、そういった男女のコミュニケーションも身に覚えがないといえばうそになる。

 いくら力自慢の凛香であっても、素手で男の力に敵うわけがない。最悪の場合、力ずくで押さえ込まれる可能性もある。

 でもまあ、相手は広海だ。凛香に彼氏がいるのも知っているのだ。それらを総合的に考えれば、とても本気で言っているとは思えない。

 それに、凛香も大人の言葉遊びを真に受けて突っかかるほど、もう子供じゃない。


「私があんたの前でリラックスできるのは、それだけ鶴本先生を信用しているってことで」

「そんな信用、別にいらないな。ああ、もったいないことしたよ。さっき襲っとけば良かった。絶好のチャンスだったのにな。おまえの寝顔、案外、かわいいんだぞ。何もしゃべらず澄ましているおまえは最高にキュートだからな」

「キュ、キュート? 気持わるっ」


 まさか広海の口から、そんな乙女な単語が飛び出してくるとは思えず、凛香は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「なんだよ。せっかく褒めてやってるのに。もちろん、起きてしゃべっている凛香も好きだ。俺は来栖さんとは違うから……」


 凛香は、無口な自分が世の中を平和にするというのは、以前から十分に承知している。

 それに、そんなに襲いたかったのなら、正々堂々と意気込みを見せてくれればよかったのだ。凛香とて、ここのところそっち方面は、随分御無沙汰だったはずなんだし……。

 凛香はいつしかとんでもない方向に思考が向かっていることにはたと気付き、急いで軌道修正を試みる。広海に抱かれたいと一瞬でも思った自分を恥じ入った。

 それにたった今、凛香の恋人の名前が広海の口からこぼれ出るのも、しっかりと耳にした。

 凛香はソファの端に座りなおし、床に座ったままの広海にここに座れと座面を指し示した。


「こんな私でも襲いたくなるくらいご不自由な日々を過ごしていらっしゃるあなたには悪いけど。そろそろ来栖のことも聞かせて欲しい。まさか、あんたと彼がそこまで親しかっただなんて、誤算だったわ」

「おいおい。だったわ、って……。凛香がそんな女らしい言い方をするのはヒジョーに珍しい事象だ。本来なら何をおいても歓迎すべきところなんだが、そうも言ってられない。それと不自由な日々は、当たってなくはないから否定しない。けど、誰でもいいってわけじゃないから、そこんところ誤解のないように……って、まあ、ふざけるのはこれくらいにして」

「早く本題に入ってくれ」

「わかった。そうだな。来栖さんと俺は、かなり親しくさせてもらっていた。大概のことは、知ってるつもりだ。でも来栖さんの名誉のために、これだけは言っておく。あの人、一度もおまえのことを悪く言ったことがないぞ。それに最後まで、おまえの本名を俺に明かしてない。あの人、狭い教員の世界で、噂が先行するのを随分嫌ってたからな」

「じゃあ、なんで来栖の相手が私だってわかったんだ? あんたの素晴らしい推理と予知能力で、ピンときたとでも?」

「もちろん、俺の素晴らしい能力はおまえも知ってるとおり、溢れんばかりに体内に蓄積されているけどな。だがまあ、来栖さんのこれまでの話を繋ぎ合わせると、おまえ以外の人間は考えられなかったってことだ。来栖さん、彼女のこと、つまりおまえのことだろうけど、かりんって名前だと俺に紹介してくれてたんだ」

「た、確かに……」

「だから初めのうちは、来栖さんの彼女がおまえだと気付かなかった。もちろん前の職場の同僚だとも言ってなかったからな。なんとなくりんかと似てるけど、全然違う名前だろ? それと、そのかりんさんはとても女らしい人で、かわいらしいんだとずっとのろけてた。凛香、怒るなよ、絶対に怒るなよ。それって絶対に、おまえだとはわからないだろ? もちろん、おまえは女だけど、女らしいとか、かわいいとかいう表現は、ちょっと違うと思うんだ。そうだよな?」

「うーーっ。悔しいけど。広海の言うとおりなんじゃない。でも、なんでそんな嘘を吐いてたんだろう。来栖の前でもこのとおり、ありのままの私だったんだけど。それについて否定されたことは一度もない」


 来栖の真意が理解できない凛香は、無意識にちょこんと首を傾げていた。


「おっと、凛香。今一瞬、悩殺されかけた。おまえ、反則だよ。そんな風にして俺を見るな」

「はあ? 何、わけのわからないこと言ってるんだよ。私がどんなポーズであんたを見ようと勝手だろ!」


 凛香は首を元の位置に戻すと、目の前のやたら近い位置にいる男を睨みつけ、威嚇する。


「だ、だから、冗談だよ。そんな怖い顔するなよ……。で、先月飲みに行った時、来栖さんの口からとんでもない真実を聞かされて……」

「何を、聞かされたんだ?」


 まだ冗談の続きを言ってるようにしか見えない広海の本気度を測るように、凛香は穴が開きそうなほど彼を見つめた。


「そ、それは……。おまえ、本当に何も聞いてないのか?」

「だから、何? はっきり言えよ」

「そうか。だったら。やっぱり俺からは、言えないな」



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