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そして、始まる  作者: 大平麻由理
本編
27/91

27.出会いは突然に その4

「それならこうしよう。それぞれの持ち歌を交互にやって、最後に君のクリスマスの手紙だっけ。あれを一緒にやればどうかな? お客さん、びっくりさせてみようよ」


 凛香の目の高さに合わせるようにしゃがみこんだギター野郎が、またしても極上の笑みを湛えながらそう言った。凛香はうっかりその笑顔に吸い込まれそうになるのを、やっとのこと食い止める。

 その時、凛香の脳内はすでにキャンバスと化し、目の前のとろけそうに甘い男の顔を猛スピードでデッサンし始めていた。



「ねえ、君? 大丈夫か?」


 凛香は男の声に意識を呼び戻される。えっと……。一緒にクリスマスの手紙をやろうというところまで、話をしたはずだったよな。凛香は雑念を取り払うようにぶるぶると頭を振った。


「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた。そうだな、ならやってみるよ。あんたの言うとおりにする。ただ悪いけど、クリスマスの手紙の楽譜の余分、今手元にないんだ」


 まさかこのような事態になるとは思っていなかったので、自分だけにわかるように書き留めたメモ程度の譜面しか持ち合わせていなかったのだ。これをコピーしたところで、他人に読解してもらうのは至難の業だろう。


「ああ、それなら大丈夫だよ。いつも君の演奏を聴いていたからコード進行もわかるし。適当にこっちでハモるから、いつもどおりに歌ってくれたらいいよ」


 適当にハモるって……。凛香はきょとんとした顔でギター野郎を覗き込む。


「あの……。後ろで聴いてただけで、私の曲のコードがわかるのか? それって、あ、あんた、もしかして、プロのミュージシャン?」


 こめかみをピクッと痙攣させながら凛香が訊ねる。


「へっ? 俺がプロだって? あははは! 違うよ。ただの音楽マニアだよ。ああ、そうだ。名前もまだ言ってなかったな。俺、教育大音楽専攻の鶴本広海。専門はピアノで、こういったギターや歌なんかも少々。だいたいの曲は一度聴くとコードはわかる。脳内で譜面も起こせる。絶対音感もあるらしい。でもさ、音楽専攻にはこんな奴、うじゃうじゃいるから。音楽専攻じゃなくても、ここでストリートやってる奴の中には、俺よりすごいのがいっぱいいるってこと。俺が特別なわけじゃないんだ。よって、将来は音楽教師志望。君は?」

「私? 私は、鷺野凛香。美術専攻で、美術教師志望……です」

「鷺野さんか。鷺野さんは美術専攻なんだ。絵とか描くの?」

「まあね。油絵が専門だけど、イラストや漫画なんかも少し」

「へえ。すごいな。俺は絵は全くダメだよ。鼻の長さでしか、象とライオンを区別して描けないレベル。鳥に四本足描いたの、俺だから。ってことで、鷺野さんのこと、凛香って呼んでもいいかな?」

「ええっ? いきなり呼び捨て?」


 凛香は、あまりに馴れ馴れしいこの男にあきれ果てる。それじゃあ、ストーカーと変わりないだろ。


「ごめん、ごめん。もちろん、失礼を承知で言ってるんだ。歌ってる途中にみんなの前で君のことを鷺野さんって呼んだら、ステージがしらけるような気がするんだけど。俺、間違ってる?」

「あ、いや。そうかもしれない。お客さんに楽しんでもらうためには、そういったノリって大切かもな……」

「じゃあ、そういうことで。凛香って呼ばせてもらうね。君は俺のこと、広海って呼んでくれたらいい」

「ひ、ひろみ?」

「そう。広い海で広海。よろしくな」


 イケメンギター野郎のペースにすっかり巻き込まれた凛香は、このあと少しだけ打ち合わせをして、ショッピングセンターのイルミネーションが灯ると同時に、ぶっつけ本番で広海とのコラボステージを始める。

 思ったとおりの反響で、一曲終わるごとに、客の輪が大きくなっていく。広海が、凛香の十八番にして初めてファンの心を掴んだクリスマスの手紙をものの見事にハモり、音に厚みを出してくれた。

 まるで初めてシャドウと口紅をつけた高校時代の自分のように、今夜の夢のような演奏に胸のトキメキが収まらない。

 あっちもこっちも恋人同士の二人連れで溢れ返るクリスマスの夜、本日の演奏の大成功を祝って、凛香は広海と一緒に駅前の立ち食いそばの店に入った。

 歌っている間はそれなりに体内が暖かく感じたが、終わると同時に身震いするほどしんしんと冷え込んでくる。ファンタジーな夜の魔法は、あっという間に解けてしまうのだ。

 彼の音楽に対する熱意は凛香のそれとは比べ物にならなかった。彼はすべてのジャンルに精通し、どの話も新鮮で凛香の心を躍らせるのに充分だった。

 あの時、激論を戦わせながら二人で肩を並べて食べたそばの味が今でも忘れられない。

 この記念すべきクリスマスの夜が、凛香と広海のコンビ結成の初日だったのだ。


 ああ、いい匂い。そばのだしの匂いかな? 

 いや、違うような気がする。そばじゃない。これは、コーヒーの香りだ。

 ……ってことは、ここはどこなんだ。

 誰かいる。あれ、目の前にいるのは……。

 広海? えっ、えっ、な、なんで? うわーーーっ! 


 凛香は目の前で、どアップになっている広海の顔にのけぞる。


「おまえなあ……。人んちに来て、のん気にまどろむな! 俺がコーヒーのお代わりを淹れてやってる間に、フツー寝るか? せっかくのうまいコーヒーが冷めてしまっただろうが。ったく、襲うぞ! このやろう!」


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