26.出会いは突然に その3
では、そのイケメンギター野郎が、凛香にいったい何の用があるというのか。邪魔者はさっさとここから立ち退けとでも?
もちろん、ここは公共の場だ。役所や管理人が何か言ってきた場合は、速やかに指示に従うつもりでいる。
アンプを使用しないことと、夜はショッピングセンターの閉店時刻までという約束で、広場の管理団体からは使用許可が下りているはずだ。どこの誰とも知らぬギター野郎にとやかく言われる筋合いはない。
凛香は毅然とした態度を崩さず、けん制するように睨み返した。
「あっ……。準備中に手間取らせてごめん。単刀直入に言うよ。よかったら、今日俺と一緒に歌わない?」
自分の不利な立場を悟ったのか、ギター野郎は特上の笑顔と共に、そんな誘い文句を投げかけてきた。
「えっ? それ、どういうこと?」
背中にギターを背負ったこの男が、本気でそんなことを言っているとは思えず、半信半疑で訊ねる。
「今日は、クリスマスだろ。一緒に演奏できたら賑やかでいいかなと思って。どう、やってみない?」
「急に言われても……」
そんなこと出来るわけがない。それならそうと、もっと早めに言ってくれればいいのに。
「いつも後で君の歌を聴いてて、うまいなあと思っていたんだ。それに、君もそこの教育大の学生だろ?」
君もと言うことは、このギター野郎も教育大生ということだろうか? でも凛香はこの男を学校で見かけたことなどない。
この近辺には、いくつもの大学がひしめき合っている。あるいは、当てずっぽうでそう言ったのかもしれないと思い、慎重に相手の出方を窺う。
まさかとは思うが、ストーカーということもなきにしもあらずだ。凛香はこの男にますます不信感を募らせていった。
「あっ、いや。俺は決して、怪しい者じゃないから」
ずり落ちそうになったギターを背負い直し、イケメンギター野郎から名を改めたストーカー男が顔の前でひらひらと手を振る。
「君、軽音サークルにいただろ? 実は俺も入っていたんだけど、結局辞めてしまったんだ。君がいなくなってすぐにね。あのサークルと俺の音楽の方向性が、ちょっと違うような気がして……。それで、夏からここでストリートやり始めたってわけなんだ。先月だったかな、君が急に現れた時にはホントびっくりしたよ。絶対にサークルにいたあの人だって思った。君は俺のこと、憶えてない?」
「ごめんなさい。全く憶えてないです」
「全くって……。まあ、普通は、そうだよな。ってか、俺ってそんなに存在感ないんだ……」
凛香は目の前で肩を落とすストーカー男が少し不憫になってきた。こうなると、ストーカー男というのは言いすぎかもしれないと反省する。
少しばかり譲歩して、最初の印象であるイケメンギター野郎に、イメージをもどすことにした。
そういえば、凛香に続いてすぐにサークルを辞めた人がいるとは聞いていたが、たったの一日だけ在籍していた凛香がメンバーの顔を憶えているはずもなく。
ならばと、改めてイケメンギター野郎を足の先から頭のてっぺんまでくまなく観察してみた。
肩につくくらいの長めの髪は、明るめのブラウンに染められている。いや、夕陽のあたる角度によっては金髪に見えるかもしれない。それくらい目立つ色だ。
ワックスで固められた前髪は微妙な角度を保ちながら、風が吹いても全く乱れる様子はなかった。
片方の耳にはシルバーのピアス。首には皮ひもでつるされた仰々しいクロスが掛けられていた。
穴だらけのジーンズにボロボロのスニーカー。後からいつも聴こえてくる歌声は、複雑なコード進行をものともせず、軽快に響く魅惑のテナーボイス。
そして、言わずもがな、ほぼパーフェクトなイケメンフェイス。
凛香はようやく納得した。女子高生が鈴なりになって後の男に群がっていた理由がやっとわかったのだ。
ということは。このイケメンギター野郎と組んで歌えば、客が倍増するかもしれないのだ。そうだとしたら、この話を断る理由はどこにもない。
だが、一緒にやろうと急に言われてもどうすればいいのか、凛香にはさっぱりわからなかった。いきなり相手の曲にキーボードで合わせるなんて技も、残念ながら持ち合わせていない。
「どうだろう。とりあえず、今夜だけでも一緒にやってみないか?」
「それはいいけど。でも、私は何もできない……」
「心配いらないよ。君はいつもどおりでいい」
「そういうわけにはいかない。あんたに迷惑がかかるぞ」
ギター野郎の顔つきが一瞬強張った。きっと凛香の飾り気のないことば遣いにとまどっているのだろう。ただし、いくらイケメン相手でも、凛香は自分自身を偽ってまでこの男に取り入ろうとは思わなかったのだ。
「君さあ、見かけによらず、その、勇ましい感じなんだね」
「よく言われる。私は、あんたの好みの女じゃないことだけは確かだから。やめるなら今のうちだけど」
そうやって安易に近付いてきて、凛香の素の姿に触れたとたん手のひらを返したように立ち去る人も多い。もう慣れっこだ。今さら傷つくこともない。
「いや、やめないよ。君のそのキャラ、俺は嫌いじゃない。何かを表現する人間は自然体が一番だと思う。俺だって、こんな身なりして路上でギター弾いて……。教師やってる親からは勘当寸前の扱いだ」
そう言って、クックックと笑う。