皆川乃乃の逆婚約破棄
「あ、すみません。婚約破棄したいんですけど」
私皆川乃乃は今日まで15歳。明日から16歳の中学卒業のいわゆるお嬢様である。
幼稚園からのエスカレーター式の私立に通い、名家に生まれ育った私は日々お稽古や勉強、立ち振る舞いやマナーといった普通の人が想像するお嬢様なら大体やるだろう事を毎日こなしているスーパーお嬢様なのである。
いやね、実際の所お嬢様って確かにお稽古とかするよ?だってお嬢様だもん。お金あるもん。教養ぐらい研いておいた方が得じゃん。将来役に立つし。芸は身を助くってことわざ知らない?
うん。けど私のお稽古事のスケジュールって「大ブレーク中のアイドルかっ!」って友達に突っ込まれる程度には分刻みだったりする。別に両親は厳しくないよ。むしろ「ののちゃんが楽しかったら良いよねっ!」って感じだよ。ゆるふわ系だよ。いや、マジで。
ちなみに「ののちゃん」ってあだ名ね。あだ名。私の名前「乃乃」って書いて「なみの」だから。普通読む時「のの」だけどね!あはははは。
……あー、うん。で、だ。何で私がそんなにお稽古事ばっかりやってんのかって言うとだ。全部興味あったから。で済むんだよ。全部ね。
えーっと、やってるのは日本画、書道、華道、茶道、弓道、乗馬、日本舞踊、着付け、お料理教室、……後なんだっけ。えーっと、ああ!ガラス工芸だ!風鈴作れるよ!
あー、うん。なんでそんなにTHE☆日本みたいなお稽古事なんかやってんのかって言うのはね、本当にね、私幼稚園の時朝ドラ見てたんだよ。どんなのか忘れちゃったけどさ。その朝ドラでね、芸事が堪能な良妻賢母の奥さんのお話でさ、ああうん。教育番組しか見せて貰えなかったからさ、小っちゃい頃はね。それが私にとっての憧れる自分像になった訳だ。
だから私の夢は昔から変わらない、素敵なお嫁さん。です。
そんな私の夢を両親および祖父母はいたく感動して応援してくれていた訳なんだけどね、気が付いたら同い年のお坊ちゃんと婚約させられてたんだよ。いやー、びっくりびっくり。
まあ、良い家に嫁いで良いお嫁さんやるのって素敵じゃん。ちなみに私としては洋館に着物で住みたい派。だからその婚約者の柚井史四朗くんは洋館に住んでいる上に寡黙で昔ながらの日本男児……な叔父様と一緒に住んでいたので何にも問題がなかった訳だ。え?史四朗くん本人?普通の子だよ。普通の男の子。現代っ子。ハッキリ言って顔以外全然タイプじゃないけど、将来史四朗くんの叔父様である史也叔父様みたいになるなら先行投資だと思えば別にいいかなーって。将来髭生やしてもらおう。毎日スーツ着せて~、オールバックにさせて~、史也叔父様見てれば絶対に会うって分かるもん!
……まあ、そんな感じで私はお稽古事頑張って良妻賢母になろうとして、史也叔父様を目の保養とし、日々を過ごしていた訳ですよ。
そんな悠長にしてたからかなぁ。罰が当たったんだよね。多分。
何か史四朗くん他の女の事仲良くなっちゃってね?その子外部からの特待生でさ、すっごいんだよ。いきなりテストで1位取っちゃうんだから。あ、ちなみに同率1位は私と史四朗くんね。これでも毎日頑張って勉強してるんだぜ?照れるなぁ。あっはっはっは。
いっつも私以外にテストの順位表で上取られた事ない史四朗くんは、その子、えっと、桃川一子ちゃんだったっけな?名前可愛いよね。うん。桃に苺。ちょっと字面だけ見ると桃太郎みたいだよね。うん。その子を注目しだして、外部生だから学校に慣れていないのを助けてあげてたり、ライバル心燃やして一緒に勉強したり、一子ちゃんと街で偶然ばったり会ったり、とかそう。普通の男女がする様な経験値を踏んだ訳で、良い雰囲気になっちゃったんだなぁ。これが。
ちなみに私は先にも言った通り、お稽古で毎日時間を消費しているので、デートした事ありません!
っていうか、未婚の男女がみだりに手繋いじゃ駄目でしょ。私たち婚約者なんだよ?余計駄目。結婚するまで絶対ダメ!
そんなんだから、学校内でのお友達に、史四朗くんが一子ちゃんと良い雰囲気だよ~って話を聞いた時、あ、やばって思った訳だ。
私彼に何もしてないもん。ただ婚約者ってだけで、胡坐かいてた。寧ろ史也叔父様の方ばっかり見てた。これは、駄目だ。婚約者としてとか、女としてとか、そういうんじゃなくって、人間として駄目だよね!
って事で、私は卒業パーティーに向けて着々と準備を進ませていた訳です。
何って?いや、ほら、婚約破棄の?
あー、まあ、でも一応一方的にならない様に話し合う予定だよ?だってさ、幼稚園の時からの婚約者だもん。そういう段階は踏まなきゃね。
だから史四朗くんの心が分かり切った時、私は婚約破棄を言いだそう。って思ってたんだけど、その卒業パーティーで私は私に近付いてくるドヤ顔の一子ちゃんと固い顔をした史四朗くんを見た。
しかも彼らは腕を組んでいる。あれは明らか甘々イチャイチャカップルのそれだ。
まだ私と正式に婚約破棄していないのに、そりゃないわーって思ったね。史四朗くん。それ外聞悪いよって言いたくなったよ。言わないけど。
だからまあ、こういう時大切な人の必要な事をさらっと出せるのがいい女だよね。って思ってさ、だって私お醤油取ってほしいってお父さんが言う前に渡せるからね。家族だからって欲目?なくても、気遣いの人だからね。
でもまあ、私もちょっと疲れてたんだろう。だって卒業式かったるいもん。全員前に出て卒業証書貰うんだよ?良いじゃん。委員長とかが貰いに行けば。そっちの方が良いって。
まあ、伝統と格式大事にしているうちの学校はもうずっとこの方法続けるだろうけどね。私大学までこれやだわー。
まあ、そんな風に疲れていた私は言ってしまいました。
「あ、すみません。婚約破棄したいんですけど」
そんな常にない私の無機質な声がパーティー会場中に響き渡った時、私は思った。
やっちまった……!と。
ちなみになんで会場中に響き渡ったかというとだ、丁度近くにこの卒業パーティー委員会の人がマイクもってやって来てた訳なんだよなー。いやはや、世の中何が起こるか分かりませんなぁ。
はっはっはー。婚約者に恥かかせちまったぜ。いぇー☆
会場中がしーんっと静まり返り、卒パ委員会の人が顔色を真っ青にさせたのを見て、私はもう引き返せねぇ。と悟りました。
ちなみに私普段ゆるふわ系の天然ちゃんで男女どっちにもに通ってるんだよ。これが。
いやまあ、それにも色々と理由はあるんだけどさ、普段脳内で思ってるテンションで話進めて表情筋作るとさ、見た目に全く似合わないんだよ。
黒髪黒目だけど、天然パーマで肌が白くて、背も小さめで、はの字の眉毛に垂れ目で右目の下のほくろがチャームポイント☆怒ったりしなきゃ饒舌にならない上に、魅惑のロリータボイス(実際友達にそう称される)所謂ロリ巨乳な私は、ぽやぽやふわふわして舌足らずに喋ってんのが似合ってんのよ。しかも女の子にもそっちのが受けが良い。ハッキリ言って何も悪意を持ってなさそうって思われる外見の私は普段そんな風に喋らない訳だ。
だからみんな何かの間違い?一子ちゃんが私の声真似した?みたいな事が今現在囁かれています。
ちなみに一子ちゃんの外見は私と真逆の、出来る女っぽい長身美女です。ちなみに貧乳。羨ましい。
いや、皮肉じゃねーですよ。はっきり言うと中3でEカップがキツいのは問題だって。
私やだよ。お母さん私の胸のサイズが大きくなる度にお赤飯炊くんだもん。恥ずかしいですしおすし。
まあ、そんな正反対な私たちを衆人観衆という名の同級生たちは固唾を飲んで見守っていてくれています。
卒パ委員会たちは流石にあっち行ってくんないかなぁ。恥ずいってマジで。
「のの……。今、なんて?」
嗚呼!史四郎くんが呆然とした顔で私を見ている!ごめんね!こんな気遣いのなっていない女で!
「言ったでしょう?貴方との婚約を破棄したいのよ。史四郎くん」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。のの!どうしていきなり……?」
「いきなりじゃないでしょう?私、貴方といる時間が全く取れないの。知ってるでしょ?私の夢」
「ああ。お嫁さんになりたいって、俺に語ってくれた。だから俺、ののを……」
「史四郎くんは私より一子ちゃんと一緒にいた方が良いわ。私、目的と手段を履き違えていたもの。お嫁さんになるには相手をよく知った上で相手を支えなくちゃいけないのよね」
びーくーる。びーくーる。冷静な判断でこの場をどうにか切り抜けなきゃ良妻賢母になれないぞ!私!
魅惑のロリータボイスと称されたこの声をどうにか大人の女性に……駄目だ!どうしたってちっちゃい子が頑張って大人っぽいこと言っている様にしか聞こえん!子役の方がもっと大人っぽさ演出出来るって!
周り見てみなよ!みんなぷるぷる震えて顔真っ赤にしてるよ!あれ全体笑いこらえてる顔だって!それぐらい分かります!
「私、貴方を幸せにする自信ない。貴方が幸せになれないんじゃ、私なんの為に今まで頑張ってきたのか分からない」
旦那様幸せに出来ない嫁って、私の理想じゃないのよね。
「だから、貴方は一緒の時間を過ごせる人と幸せになって。私も、頑張って貴方たちみたいに一緒にいたいって思い会える人を見付けるから」
顔が好みとか、洋館に住んでるってだけで婚約はもうしません!
お互い気心知れてる相手と恋愛結婚します!
「じゃあね」
そう言って私は立ち去った。
この場にもういられる訳ないからね。……あっ!今日私の大好きなタピオカっていう漫才コンビ来るんだった!
しくったわ~。本当に、どうしてあんな事になっちゃったんだろう。
「どうして、もっと早く気付かなかったんだろう?……少し考えれば分かったのに」
あ~、泣くわぁ。これは泣くわぁ。
実際零れ始めている涙を手で拭いながら、月の見えるテラスに来た。
こんなのあるんだから、うちの学校本当に金持ち学校だよね。
「……んなに擦ると跡になる」
「っ……!」
急に声をかけられた事に驚いて振り替えれば、そこには私の元婚約者である史四郎くんの叔父である史也叔父様がいた。
うっわー、気まずいわぁ。史四郎くんと史也叔父様って本当にそっくりなんだよ?気まずいどころの話じゃないって。これ。
「……叔父様。どうしてここに?」
「なみのこそ、どうしてこんな場所にいる。タピオカとかいうの、楽しみにしてたんだろ」
あれ?私がタピオカ好きなの誰にも言ってないのに、どうして?
疑問に思っていると叔父様は私の目元に指で触れ、涙を拭ってくれた。
「……お前は、本当に傷付くのが上手い。自分以外、誰も傷付けずに全てを終わらせる。馬鹿過ぎて馬鹿にも出来ん」
「……今日は随分おしゃべりですね」
「あの馬鹿が女泣かせてんのに気付いてないまま他の女とイチャついてんだ。涙ぐらい拭いに来る」
私のとは随分違う、固くて太い指に付いた私の涙を史也叔父様は舐め取った。
こんな少女マンガ的な事をなんなくやるのが叔父様だから、絶対ドキドキしないって思ってた。はっきり言うと慣れたって。
でも、今私はきっと真っ赤になってる。
「あんな馬鹿の為に泣くな」
「おじ、さま」
「なみの。お前は俺の横で泣いてりゃいい」
こ、これは、もしや……!
「叔父様、新刊後何ページ残ってるんですか?」
「……後20ページペン入れ前」
「こんな事しなくても、ちゃんと手伝いますよ?」
叔父様はいわゆる腐男子である。私が叔父様のその趣味兼職業を知ったのは10歳の時だった。いやぁ、あの日から私の世界は変わったね!
思えば家族以外だと一番叔父様と一緒にいるかもしれない。需要と供給が合わさった性別と年齢を越えた友情というやつなのだよ。
「なあ、なみの」
「はい。なんですか。叔父様」
「お前はいい女なのに、本当に残念だよな」
「まあ、腐女子なんてそんなものですよ。叔父様」
その外見で腐男子な叔父様に言われたくないわー(笑)
「そういえば、どうして叔父様私がここにいるって気付いたんですか?」
「保護者スペースで中継されてた」
「おうふ」
「だだ漏れてるぞ」
「ええ。ですね。気を付けます」
「……まあ、なんだ。なみの。お前がそんなんなったのは俺の責任で、お前を泣かせたのは俺の甥だから、責任取ってやるよ」
「まさか、新刊にサインでも」
こう見えて結構有名なBLマンガ家である叔父様の新刊にサインを貰えるとは、すっごい事なんだよね。マジでマジで。
あー、ヲタ友達に自慢しなくては。まあ、学校の友達にはヲタバレしてないんだけどね。ネットの友達ですよ。ネットの。
そんな事を考えてむふふー。としていると、叔父様が私の顎を掴み、おでこをコツンとしてきてきましたよ。どういう事なんでしょうねぇ。
「責任取るって言ってんだろ。鈍感娘」
その言葉と共に、私の唇は温かい感触に包まれた。
……え?これって、どういう事ですか?
気分転換に書いてみました。
自分的笑える出来ですが、ちょっと恋愛要素も入れてみた、みたいな?