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episode5『それぞれの時間』

「さ~く~や~」


「あんまり邪魔すると夕食のメニューに加えるから」


「天使を食う……だと……それは下ネタ的な意味d……」


「次は警告無しでその腐りきった脳天に刺身包丁を突き立てるわよ」


「ぅぁぃ」


 人里の商店街、咲夜の買い出しに付き添うのはいつぞや魔理沙と一緒に紅魔館に来たルーナリアだ。


 あの一件から紅魔館住み着いてしまい、咲夜は非常に迷惑していた。


 今日の買い出しも店の品物にいちゃもんつけたり里のど真ん中でいきなり説法を始めたりとルーナリアのおかげで咲夜の苦労は尽きない。


 そのせいかレミリアを筆頭とした紅魔組は咲夜にいらぬ心配をかけぬように気遣っている。


「さてと、買い出しはこれで……ん?」


 かばんの中を見て買い忘れがないことを確認した咲夜はふと八百屋の中に見慣れた人影を見つける。


 その服装は幻想郷のどこにいても目立つ紅白の巫女服、霊夢だ。


 そのとなりにはちょっと背の高いポニーテールの巫女も立っている。


(霊夢のお母さん? 聞いたことないけど……)


 気になった咲夜はルーナリアを置いて八百屋に入った。


「ああ咲夜さん、いらっしゃい」


 八百屋のおばあさんは咲夜を見るとにっこり笑って奥に迎え入れる。


 そこで霊夢達も咲夜に気付いたようだ。


「あら奇遇ね咲夜。あんたも買い出し?」


「ええ、まあ……」


 お互い後ろにいる見慣れない人物に興味があるが、いっこうに聞けない霊夢と咲夜。


 均衡を破ったのは霊稀だった。


「霊夢、この二人は?」


「紅魔館のメイドの咲夜と、もう一人は知らない」


「そうか。私は桜火零稀だ」


「あれ、霊夢のお母さんかと思ったけど名字が違うのね」


 意外だったのか咲夜は驚いた表情を見せる。


 事実博麗の家の出じゃない霊稀と霊夢の間に血のつながりはない。


「なんで本名で答えないのよ」


「私はもう博麗の巫女ではないからな、博麗霊稀とは名乗らないことにした。それに私に本名はない」


「もうってことは霊夢の先だ……じゃない。先々代なのかしら」


「まあ霊夢が四代目だからその数え方で合ってるな」


 霊稀は鼻の頭をぽりぽりとかく。


 自分が二代目で、既に霊夢よりもかなり年を取っていることが少し気になった様子。


 だが同時に、妖怪になってもまだそういう感覚があることに霊稀は内心安堵してした。


「で? あんたはまた妙なのを連れてるわね。何それ」


「これは居候、魔理沙が連れて来てから居着いちゃってね。仕方なく面倒見てるの」


 咲夜は話している途中でルーナリアの姿が見当たらないことに気付く。


「あれ……さっきまでいたのに」


「白い烏天狗ならついさっきどこかへ歩いて行ったぞ?」


 霊稀はルーナリアが歩いて行った方向を指差す。


「まったく……じゃあ私はこれで」


 咲夜はやれやれと頭を振ると、指を鳴らして消えた。


「き、消えた!」


「あれが咲夜の能力、時間を止めることができるの。あ、おばちゃんそこの茄子を二つちょうだい」


「はいよ、毎度あり」








「じゃ、そういうことでよろしく頼む」


「うむ、準備は進めておこう」


 妖怪の山の山頂。


 桔梗は椛とその姉である彪奈の案内で天魔の元を訪れていた。


 椛にはまだ天魔に謁見できる権利がないが、姉の彪奈が忍天狗の一員なので今回特別に謁見を許してもらったのだ。


「天魔様の印象、ちょっと変わったなぁ」


 天魔の自室を出た三人は階段をゆっくりと下って戻る。


 椛は憧れの天魔に会えて少々浮ついているようだった。


「話のわかるやつでよかったよ。これで少しは時間を稼げそうだ」


「桔梗さん、やっぱり戦う以外に暗夜天を退ける方法はないんですか?」


 今回の謁見で上がった話題が気になるのか彪奈は心配そうな表情を浮かべた。


 暗夜天異変の際前線にいたためその恐さは十分知っている。


「俺も出来ることなら真正面から戦いたくない。対策は紫が考えてくれているが、一応保険はかけておかないとな」


 桔梗は長い髪をボサボサとかきあげる。


 そんな三人を天魔がじっと自室の窓から眺めていた。


 その手には丁寧に手入れされたパーカッションロック式のマスケットが握られている。


 天魔はそれを翼に隠してあるホルスターにかけて翼をたたんだ。


 前の暗夜天異変では天魔もワールドブレイカーの一撃で同志をたくさん失っている。


 だから桔梗の急な提案にも乗った。


 少しでも散って逝った仲間達の無念を晴らすためだ。


「飛風!」


 天魔が名前を呼ぶと一人の天狗が屋根の上から降りて来る。


 飛風銀牙は忍天狗のリーダーを務めている男だ。


「話は聞いていたな?」


「もちろん。そのために俺を呼んだんでしょ?」


「そうだ」


「で、どう動きます?」


「忍天狗の全員を緊急召集、いつもの場所で待たせろ」


「了解!」


 銀牙は翼を広げて飛び立つと、稲妻をまとってどこかへと高速で飛び去る。


「さて、私も準備をするか……」


 部屋の壁からマスケット全て外して翼のホルスターに収め、長い柄の銃剣を取り出した。


「綾音、お前の無念は私が晴らす。だから見ていてくれ」


 天魔は写真立ての中の写真を一瞥すると、そのまま部屋から出ていく。


 写真には楽しそうに笑う天魔と射命丸綾音の姿があった。








「じゃあ私は忍天狗の宿舎に戻るわね」


「うん、身体には気をつけてねお姉ちゃん」


 道中で烏の遣いからの伝言を受けて彪奈は別の道へ逸れる。


 彪奈を見送る椛はどこか物憂げな雰囲気を漂わせていた。


「忍天狗ってのは大変なんだな。無理言っちまった」


「仕方ないですよ、あの日の再来は誰も望んでませんから」


「そうだな。ところでなんだが」


「はい」


「忍天狗ってなんだ?」


 あまりに唐突な質問に思わずつんのめる椛。


 確かに忍天狗が設立されたのは桔梗がいなくなった後なので知らないのも無理はない。


 椛は咳ばらいをすると歩きながら説明を始めた。


「いいですか? 忍天狗というのは天魔様直属の天狗部隊です。天魔様からの命令でのみ動きます」


「なるほど」


「数いる天狗中でも選りすぐりの精鋭だけが選ばれる忍天狗は皆の憧れなんです……」


 そこで椛は足を止めた。


 二、三歩歩いた先で桔梗も気付いて後ろを振り返る。


 椛は棒立ちのまま俯い黙り込んでいた。


「私なんかと違ってお姉ちゃんは強いから……だからいっつもお姉ちゃんに迷惑かけてる。外の世界でケイさんと初めて会った時もお姉ちゃん心配して任務放り出して……」


「椛?」


「あ、ごめんなさい。忍天狗についてでしたね!」


 慌てて桔梗に追いついた椛はまた説明を続けた。


「忍天狗の主な任務はいくつかあって……えっと他勢力の偵察、天魔様の直衛、あと部隊の戦闘指揮なんかがあります」


「椛」


「はい?」


 話の途中ではあったが、椛の様子を見かねた桔梗が話を遮る。


 さっきからずっと椛が浮かない顔をしているのだ。


「お前、今どんな顔してると思う?」


 椛の返事はない。


「まあ意識せざるをえないよな。姉は忍天狗のメンバーで、その妹である自分はまだ哨戒天狗止まりなんだし」


 桔梗の無神経な一言が椛にとどめを刺す。


 椛はその場にしゃがみ込んでいじけだした。


「も、椛?」


「そうですよ……どうせ私なんか……私なんか……」


「なあもみ……っ!」


 慰めるべく椛の肩に触れようとした桔梗だが、異変に気付いて途中でその手を止めた。


 椛の足元の地面が一直線に変色しているのだ。


「椛!」


 桔梗は思わず椛の腕を掴んでその場から引き離す。


 二人の目の前には、その部分だけ別の空間を切り取って貼付けたような光景が広がっている。


「ケイさん、これは……」


(空間が割れている? いや、でも確かに道は続いている。それにこの景色には見覚えがある!)


「この部分の空間だけ、過去の物が見えているのか」


 椛が千里眼の能力を使って目の前の空間を調べる間、桔梗は足元の小石を投げ込んでみる。


 すると石は空間の境界を超え、過去の空間にぽとりと落ちた。


「本当に過去が見えてる……これも異変なんですか?」


「さあ。紫に聞いてみないことにはなんとも言えないな。でも異変以外有り得ないだろ」


 いずれにせよここまで空間が不安定な場所を通る勇気は二人にはない。


 二人は空間を避けるべく道を迂回することにした。








 静かな空間に柱時計の音がやけに大きく響く。


 咲夜はカップを静かに置くとため息をついた。


「あなたの言わんとすることは理解したわ。要するに、近いうちに幻想郷全体を巻き込む異変が起きるってことね」


 向かい合うように座る魔理沙は紅茶を冷ましつつ頷いて答えた。


 空間の歪みが日に日に酷くなる中、魔理沙は未だに自分なりの選択が出来ずにいる。


「魔理沙、私もあんまり人のことは言えないけどね、もし迷いがあるならこの件からは手を引きなさい」


「…………。」


「あなたは人間、妖怪と違って戦闘に対する耐性は皆無よ。戦闘に参加しないのは逃げじゃないし、誰もそのことについては追求しないわ」


「お前は……どうなんだよ」


「私はもう人間であって人間じゃないから」


「?」


 咲夜は壊れた懐中時計を取り出して机の上にそっと置いた。


 所々が熱で変色し、ガラス製の文字盤のカバーが少し溶けている。


 紅魔館襲撃の際、咲夜が持っていた『時を止める時計』だ。


「そろそろ夕食の時間ね。ついでにあの脳天気天使も連れて帰ってよ」


「はあ? なんで私が」


「連れてきたのあんたでしょ? 後始末ぐらい自分でしなさい。あと相談料代わりよ」


「これじゃだめか?」


 そう言って魔理沙は帽子の中から小さなアンプルを一つ取り出した。


 周りが明るいため見にくいが、中の液体はほのかに光を放っている。


「魔法薬?」


「今は持ち合わせが二本しかないけどな。味は保証しないがかなり強力な栄養剤だ。それ一本で疲れも吹き飛ぶ」


 アンプルを揺らして中をじっと見つめる咲夜。


 当然と言えばそうなんだが、信用してないらしい。


 そこで魔理沙はもう一本のアンプルを開け、咲夜の目の前で飲み干した。


「うげぇ……まず……」


「そんなにまずいの?」


「なんて言えば良いんだろうな。なんとも形容しがたい味だ」


 魔理沙はそのままふらふらと外に出ると、箒にまたがって飛び去った。


 それを見送った咲夜はアンプルを腿に固定してあるナイフケースにしまう。


 多分飲むことはない。


「さて、夕食の用意を……」


「咲夜さん大変です!」


 咲夜が部屋を出ようとしたとたん、穂之香と美鈴が血相を変えて入ってくる。


「どうしたのよそんなに慌てて」


「お嬢様と天使が……」


 どうやらまたルーナリアが何かやらかしたらしい。


「咲夜さん止めて下さい! また屋敷壊されたんじゃ頑張って直した私達の苦労が……あれ?」


 穂之香の目の前で咲夜が一瞬にして消える。


 咲夜の苦労は当分尽きそうにない。








「さて、全員集まったかな」


 紅魔館の会議室、そこにはそうそうたるメンバーが集められていた。


「私たちを集めるとはそれだけ大きな事件……ということじゃったな」


「Of Cource.(もちろん)、じゃあ会議を始めるとするか」


 天魔の納得が得られたところで桔梗は手元の紙を拾い上げた。


 走り書きではあるが稗田の家で歴史書の一部を抜き出してきたものである。


「まず最初に断っておくが、ここに種族間の争いを持ち込んだやつは誰であれ俺がぶっ飛ばす。異論は認めない」


「おいおいあんちゃん、そいつは無理な話だぜ」


 会議室の一角に陣取る鬼達が桔梗を笑う。


「他は知らないがうちの姐御がてめぇみたいなどこの馬の骨とも知らないやつにぶっ飛ばされるなんて有り得ない。100万年早いっての」


 鬼の笑い声に会議に出席した種族の長達が鬼の代表を睨みつけた。


 鬼の代表、星熊勇儀は立ち上がって一番うるさい鬼の首をいきなり掴む。


「ぐが……あ、あねご?」


「悪かったな、どこの馬の骨とも知らないやつにぶっ飛ばされた私が代表で!」


「え?」


 勇儀は鬼の首をさらにぎりぎりと締め付ける。


 その一言に騒いでいた鬼達は急に静かになった。


「二度と騒ぐなよ? でなけりゃ今度は本気で絞め殺す」


「……は、は……い……」


「勇儀? そろそろ離さないとそいつマジで死ぬぞ?」


「ああ、邪魔してすまないね」


 勇儀は鬼を投げ捨てると元の席につく。


 一度咳ばらいした桔梗はまた資料に目を移した。


 その隣で紫がもう眠たいのか大あくびをする。


「寝るなよ紫。まず最初に今幻想郷の置かれた立場からみんなに話そうと思う」








「錬金術師の魔石材、過去の錬金術師のデータ、よし……全て揃った」


 男は机の上に全ての材料を広げる。


 大きな石材は全て積み上げて部屋の隅に置いた。


 その部屋に資材を抱えた女が一人、老人と共に入ってくる。


 涼やかな青い髪の女は資材を置くと髪をかきあげて部屋を見回した。


 壁には複雑な計算式や紋様、本棚に刺さっているのは古代の錬金術師が残した研究の資料だ。


「これでゲートは開く……元の世界へ帰れるんだ」


 男は女に向かって親指を立ててやつれた顔で笑ってみせた。


「約束は守ったぜ。香澄」


 青い髪の女、天翔香澄は心配そうな表情で男を見た。


「それは嬉しいんだけど……」


「そうじゃな。タクミ、その顔では寝てないのが丸わかりじゃぞ」


 タクミは隈の出来た目元を擦って鏡を見る。


「そんなにひどいか? ありゃま、確かに隈がくっきり……」


「大丈夫なのですか?」


「へーきへーき! 材料はそろったしあとは早くゲートをつくるだけだ」


 タクミは次の作業に取り掛かろうとする。


 しかしその瞬間タクミが大きくバランスを崩した。


「た、タクミさん!」


「タクミっ!」


 間一髪香澄がタクミを抱え上げる。


 どうやら疲労が限界に達したらしく、タクミはぐっすり眠っていた。


「よかった……眠っただけみたいです」


 香澄はタクミを壁にもたれさせると毛布を上からかけてやる。


「……まあタクミがここまでする気持ちも、わからんでもないがの」


 老人は重々しく口を開いた。


「つらかろうて。学園は壊滅、都市の騎士団は行方不明、おまけに謎の組織から追われる身ときとる」


「すいません村長、匿ってもらったりして」


「いやいや、わしも実は炭鉱夫の間で噂になっとった古代の錬金術師なるものに興味があってな」


 村長は本棚からボロボロの本を一冊取り出すと栞を挟んでいるページを破かないようにそっと開く。


「じゃから錬金術師に関する知識を持っとった二人を匿うことにした。それだけじゃ」


「でも結果として俺達は生き延びた。感謝してもしきれない」


 いきなりしゃべりだしたタクミに驚く二人。


 どうやらさっきから起きて話を聞いていたようだ。


「まだ寝ていないとだめですよ!」


「ああ、さすがに疲労が限界みたいだしおとなしく寝ることにする」


「……」


 どうやら今度こそ眠ったようだ。


 香澄はそれを確認すると、村長を置いて部屋の外へ出る。


 ちょうど昼ぐらいだろうか。


 太陽は既に頭上高くまで昇っていた。


 この世界に来て一月にはなるが、この世界でまともな時計は見たことがない。


 そもそも時間の概念自体が希薄なのかもしれない。


 もうすぐ幻想郷には帰れる。


 だが香澄には一つ気掛かりなことがあった。


 タクミの所属していた学園で隠れて生活していた頃の話だが、学園のエネルギー源であるブルークリスタルを強襲して盗んだ者のことだ。


 姿形は変わっていたが、あれは紛れもなく暗夜天の使っていたカードの兵士だった。


(なんでこの世界に暗夜天の配下が……)


 ブルークリスタルは力の根源、莫大なエネルギーを取り出すことが出来る。


 もしその力で幻想郷を襲うと言うのなら、取り逃がしてしまった香澄の責任だ。


 どうしても最悪のシナリオが頭から離れない。


「…………考えすぎだと思いたいわね」




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