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episode4『悪戯兎と黒い巫女』

ある日突然、彼女はいなくなった


 私に何も告げずに……


 あのスキマ妖怪でさえ見つけられず、捜索を打ち切ってしまった


 でも私は信じている


 いつの日かきっと、あの黒いロングコートをひるがえしてまた私の前に戻って来てくれるはず


 きっと……

「…………」


 冥界の門の前、霊稀は門をじっと見つめている。


 顕界に戻ると決めてからというもの、いつの間にかここに来ることが日課になっていた。


 呪いを受け、妖怪になってから久しく会ってなかった友人達が気掛かりなのだ。


(本当に戻っても良いのだろうか……あいつらが私を受け入れてくれるとは限らない)


 霊稀の脳裏に二人の面影が浮かぶ。


 悪態をついたりしつつなんだかんだ言ってついて来てくれたてゐ、どこからともなく色々な情報を持って来ては霊稀やてゐを巻き込む文。


 二人とも良い友人だが、それだけに何も言わずに消えたことをまだ怒ってるかもしれない。


「まだ迷ってるの?」


 門の前で立っていると、不意に幽々子が後ろから声をかける。


「戻りたいのは山々なんだけど、なんだかなぁ……」


「やっぱり急にいなくなったことをまだ後悔してるの?」


「もちろんだ」


「そう、そんなに大事なお友達だったのね」


「人付き合いが苦手だった私に何も言わずついてきてくれた。感謝してもしきれない」


「じゃあ私がちょっと背中を押してあげようかな」


 幽々子は霊稀の耳元で何やら囁くと、そのまま嬉しそうにスキップしながら去って行った。


 それとは対照的に霊稀はと言うと……


「もうっ! 幽々子! どこでそんなこと聞いたのよ!」


 顔を耳まで真っ赤にして幽々子を追い掛けるのだった。








「おーい、クソババア! 俺だー! 白虎の桔梗だ! 早く開けろー!」


 朝早くに山奥の一軒家のドアを叩く桔梗。


 ここは幻想郷と外の世界の境界に存在する八雲邸の玄関の一つだ。


 呼び出された桔梗は小一時間ほど待たされて痺れを切らしたのか、ついに禁断の三文字を口にした。


 が、やはりいつになっても返事がない。


 ドアも閂がかけられていて開きそうもないし、蹴り破って後から何か言われるのも癪だ。


「人を呼出しときながらこれかよ……ったく」


「どうかしましたか?」


「いやあなに、昨日家に紫からの呼出しがあってな……ってお前!」


 声に違和感を感じて桔梗が振り返ると、そこには巫女服に身を包んだ霊稀の姿があった。


 服も髪形も現役だった頃のものだが、霊稀は落ち着かないらしく妙にそわそわしている。


「なかなか似合ってるじゃないか。やっぱりその肩の傷は妖怪になっても消えないんだな……」


「無理に消すつもりはないですから。ところで紫は」


「それがさっぱり反応がない。お前も呼ばれたのか?」


「いえ、私は一応死んだことになってますから」


「そういやそうだったな」


 桔梗はため息をつくとまたドアを叩きはじめる。


 しばらくは霊稀もいたのだが、なかなか出て来ない紫に業を煮やしてとりあえず他からまわることにした。








 霊稀が姿を消して十数年、幻想郷の日常はあまり変わってはいない。


 里は活気に溢れ、一部の妖怪が人間達と共に暮らしている。


 霊稀は広場に置かれた長椅子に刀を外して腰掛けると、その人の流れをじっと見つめた。


(穏やかなものだな)


 心地好い秋風に吹かれて眠気が霊稀をそっと包む。


 だが、眠気はすぐに吹き飛ぶことになる。


「文様待ってくださいよー!」


「椛、ぐずぐずしてると置いていきますよ!」


 人里に買い物に来ていた文と椛に鉢合わせしてしまったのだ。


「まだ買うつもりなんですか?」


 大量の荷物を抱えた椛は時折袋の持ち手を持ち替えながらふらふらと文についていく。


 その光景が昔の記憶にシンクロしていった。


 ある異変を解決した後、壊された里の建物を修理していた時の話だ。


『ちょっ、置いてかないでくださいよ!』


『どうした天狗、自慢の羽があるだろ』


『天狗じゃなくて射命丸です! 射命丸文! そんなことよりなんでこんな重い建材を片手で軽々持ち上げてるんですかぁ!』


『ん? 私はちゃんと鍛えてるからな。これぐらいわけない』


 あのあと文の持っていた建材まで運ぶ羽目になったが、それもそれで記憶に残る出来事だ。


(それも昔の話だな……)


 他にもいくつか思い出が浮かんだが、霊稀はそこまでで考えるのをやめた。


 どう考えてもきりがない。


 そんなことをしていると結局二人の姿を見失ってしまう。


(まあ、そうなるな)


 能力で探すことも出来るがそこまでする必要もない。


「もしもし、そこの巫女さん」


 突然声をかけられて振り返る霊稀。


 するといきなり強い光を浴びせられて目が一瞬眩んだ。


「なっ!」


「おかしいですね、昔の貴女なら気付けたはずですけどねぇ霊稀さん」


 光の源、デジタルカメラをポーチにしまうと文は霊稀に微笑む。


「ひ、人違いだ」


「そんなに慌てなくても勝手にいなくなったことを私は別に怒ったりしてませんよ。私、貴女がいつか帰ってくるって信じてましたから」


「…………」


 心の中でほっと安堵する霊稀。


 だが次の瞬間、霊稀の隙をついて文は霊稀の両頬を思いっ切りつねる。


「とでも言うと思いましたか! 人がどれだけ心配したか……」


「ひ……ひひゃい(い……痛い)。ふぁふはっは、ふぁふはっはっへ(悪かった、悪かったって)」


「心配したんですからね……本当に……もう帰って来ないんじゃないかって……」


 手が緩み、文は肩を震わせはじめる。


 こぼれ落ちた涙は地面に染み込んでいった。


 霊稀は文の手をそっと握り締める。


「本当にすまなかった。でももう大丈夫だ、私はここにいる」


「うう……えぐっ……」


 堪えていたものが一気に爆発したのか、文がいくら我慢しても涙は止まらない。


 状況を察した椛は荷物のバランスを保ちながら、しばらくの間は黙って耐えることにした。









「それにしても、一体どこに行ってたんですか? もう何十年も経ってるのに見た目も変わってませんし」


「ああ……それはだな」


 妖怪の山へ戻る道すがら、霊稀は手短に今までのいきさつを二人に語る。


 もっとも、椛は荷物と格闘してて聞いていないようだが。


「なるほどそんなことが……大変でしたね」


「そうだな。私がいるにも関わらず異変起こして巫女達を呼び寄せるものだから幽々子の行動には肝を冷やしたよ」


「ありましたねそんなこと。あの時には何をしてたんですか?」


「ああ、春を集めにこっちに出張ってた」


「あややや、よく誰とも鉢合わせしませんでしたね」


「いや実は閻魔と……」


「会っちゃったんですか」


「たまたまばったり」


 霊稀は頭を抱えて俯く。


 閻魔、四季映姫の説教がかなり応えたようだ。


 何度か説教を受けている文もどれほどつらいかよく理解しているため、霊稀の肩を励ますように軽く叩く。


「まあ何はともあれ無事でよかったですよ。てゐさんも喜んでくれますって!」


「なら良いんだが……」


 霊稀はあまりにも椛がふらふら歩くので、荷物の半分を受け取って肩に担いだ。








「で? 誰がババアだって?」


「い……痛い、耳が痛い!」


 一方その頃、桔梗はようやく出て来た紫にスキマ越しに耳を引っ張られていた。


 藍の制止も聞かず、紫はその手にどんどん力を込める。


「紫様、もうそのくらいに……」


「藍、あんたは黙ってなさい」


「藍ー助けてくれー」


「すいませんが私が出来るのはここまでのようです。あとはよしなに」


「ちょっ、おま……ぃたたたたたたた!」


「まだ話は終わってないんだけど?」


「ま、待て、落ち着け。落ち着いて話し合おう」


 必死に紫をなだめる桔梗。


 しかし健闘虚しく、しばらくの間紫は一切取り合おうとしなかった。


「つーか元はと言えばお前が悪いんだろ! 呼出しときながらいつまで経っても出て来やしない」


「だからといって言って良いことと悪いことがあるでしょうが!」


「事実だろうが! この年m……」


「誰が年増じゃぁぁぁぁぁ!」


 一向に終わらない口喧嘩。


 とある狐の式神曰く、終わるまで30分近くかかったそうな。


 さすがにそこまで続けて疲れたのか、どちらからともなく口喧嘩は終わった。


「で? なんなんだよ用って、俺だって暇じゃないんだが?」


 紫は八雲邸の客間に桔梗を案内しながら藍と橙にお茶の用意を頼む。


「桔梗の意見も聞きたくてね。前回の暗夜天異変の原因を私なりに推理したわ」


「ほう? 聞かせてみたまえ」


「偉そうに……まあいいわ、多分原因は幻想郷の生い立ちよ」


「生い立ち?」


「既に知ってるだろうけど、幻想郷って他の世界と違った作りなのは知ってるわね?」


「ああ、俺も立ち会ってるからな。確か外の世界から集落周辺の土地を切り取って作り出した空間だ」


「そう、簡単に言えば一部区域をコピペしたわけだけどそのせいで外の世界にどんな影響が起きたかは私達は確認していない」


「もしかしたらその影響とやらが神様の逆鱗に触れたかもしれない……というわけか」


「あくまでもこれは仮定よ。暗夜天は災いを呼ぶ神、この幻想郷に神多くともあれほど危険な神はいないわ」


「そうだな、本調子じゃなかったとは言え森や建物を土台の土地ごとえぐりやがったわけだし……」


「で? 桔梗はどう思ってるわけ?」


「俺か、俺は……」


 ふと、なぜか霊稀から聞いた話が桔梗の頭を過ぎる。


『見られてしまった以上貴女は邪魔になる。早々に消す必要がありそうね』


(そういや霊稀が見たことがないやつがこの世界にいるとか言ってたな……)


 少し思考を凝らして暗夜天の行動も思い出す。


 確か暗夜天は幻想郷の住民に目もくれず、真っ先にワールドブレイカーで幻想郷を壊そうとしていた。


「幻想郷の生い立ちか、確かに一理あるかもしれないな、だが早合点するのは危険だ」


「それはわかってる。心配ないわ」


「その一言が余計に心配なんだっつーの」


(幻想郷、暗夜天、霊稀に呪いをかけたやつ、謎は深まるばかりだな)


 桔梗は橙の持って来たお茶をすすって外を見る。


(でももし他に原因があるとするなら……一体なんだ?)








「で、てゐ。何か言うことは?」


 人里のある通りで慧音はてゐを捕まえて睨みつけていた。


 原因は少し前にさかのぼる。


 寺子屋での授業が終わった慧音は稗田の家を訪ねていた。


 阿求と慧音は共に歴史を専門とするため、時々こうして会っているのだ。


「ああ慧音さん、いらっしゃい」


「いつもすまないな、お邪魔するぞ」


 慧音はいつも通り阿求の自室に通され、自分の編纂した資料を阿求に渡す。


 そのついでに阿求の机の上に広げられた幻想郷縁起のページを流し読みする。


 書かれているのは以前見せてもらった『消えた異変』の項、そこで活躍した者達の話だ。


「紫さんに協力してもらったおかげでなんとか完成しそうなんですよ」


 慧音が興味津々で見ていたため、阿求が横からフォローを入れる。


「作業を止めてしまっていたか、それはすまなかった」


「いえいえ、ちょうど煮詰まってたところですから。良い気分転換になります」


「そうか。じゃあ早速で悪いんだが……」


「もちろん拝見させていただきます」


 慧音が作った資料とは寺子屋の授業で使う教科書のことだ。


 子供向けで難しくなく、歴史をねじ曲げない教科書作りというのは意外と難しいものだ。


 確かに稗田が綴ってきた歴史書は正確ではあるが、子供向けかと言われると首を捻らざるをえない。


 そこで同じく歴史をまとめていてなおかつ寺子屋の先生である慧音の出番なのだが、語弊が生まれてしまうのは明らかだ。


 最終的に二人が一堂に会し、こうして最新の教科書を作っている。


 そのため作業時間が夜中まで及ぶこともしばしばだ。


「阿求、そこはこうしたらどうだ?」


「それだと誤解しかねませんよ」


「そうか……」


 そして作業を始めてから数刻後に事件は起こる。


ガッシャーン


 突然外で壷の割れる音が響く。


「猪だぁ! 猪の群集が突っ込んで来たぞぉ!」


 里中に響き渡る男の声。


 当然外はパニックに陥り、人々が逃げ惑う。


「なんだ? 何が……」


 外に出た慧音は里の人間が逃げてくる方向に目を向けて何が起きているのかを探る。


 確かに何かがこっちに走ってくる砂埃が森の方角から見えた。


「なんとかしないと……ん?」


 対策を練ろうとしていた慧音だったが、この場に似つかわしくない見覚えのある人物を見つける。


 走って逃げるそいつに近付くと、耳を掴んで捕まえた。


「てゐ! こんなところで何をしている!」


 捕まえたのは因幡てゐ、迷いの竹林にある病院に住む妖怪兎だ。


「げ……慧音……」


「その慌てよう、またお前の仕業か?」


「ち、違うよ! 私はただ猪をからかって遊んでいただけで」


「それがこの結果か!」


 猪の足音がどんどん近付く。


「で、てゐ。何か言うことは?」


「ぐ……」


 慧音は掴んでいたてゐを投げ捨てると、スペルカード取り出して猪の真正面に立ち塞がる。


 こうなった以上人里を守れるのは自分だけだ。


 元々戦闘は苦手だがやるしかない。


「スペル! ……っ!」


 だが慧音がスペルカードを発動させるよりもはるかに早く、猪が慧音を吹き飛ばした。


 猪の一撃はいくら妖怪の慧音でも痛いどころでは済まない。


 吹き飛ばされた慧音は民家の壁で頭を打ってそのまま気絶してしまう。


「け、慧音!」


 急いで立ち上がるてゐだったが、またしても猪の方が早い。


 てゐは尻餅をついて頭を覆う。


 刹那


 ドスッという鈍い音と共に猪の悲鳴がすぐ近くで響いた。


 猪の倒れる音がしてからてゐは頭を上げる。


 てゐの正面には誰かが立っていた。


 長いポニーテールに黒いロングコート、少し短い刀をしっかりと握った人影は、猪を殴ったであろう右手を振って痛みをごまかす。


「まったく、お前は危機感がたりないな。昔も今も」


 人影はロングコートを脱いで投げ捨て、同時に刀も抜いた。


 肩の傷が大きく露出した紅白の巫女服。


 霊稀の姿がそこにあった。


「れ、れ……」


「大丈夫か? てゐ」


「霊稀さん、次が来ます!」


「私が行く。天狗はそこの吹っ飛ばされた妖怪を連れて離れろ」


「文です!」


「どうでもいいだろう、今この状況で……」


「あ・や・で・す!」


「あ、文……」


「それでよろしい」


 ようやく満足したのか、文は負傷した慧音を抱えてその場を飛び去る。


「霊稀……」


「話は後だ。今はこれの後始末をするとしよう」


 霊稀は先頭の一頭に刃先を向けた。


「すぐに黙らせる」


 まずは突進してきた猪の牙を刀で押さえ付ける。


 あれを喰らえばいくら霊稀でも一たまりもない。


 すぐ猪の額に手を当て、自分の霊力を猪に流し込む。


 すると暴れ回っていた猪は平穏を取り戻したのか、その場に座り込む。


「まずは一匹!」


 そこから同じ手段で猪達を止めていく霊稀。


 その様子をてゐは黙って見ているしか出来なかった。


「あと一匹!」


 十数匹を止めたところでようやく最後の一匹が姿を現した。


 これまでの猪も十分大きかったが、この一匹だけはそれよりも一回りか二回り大きい。


 突進してくる様はまるで小山が迫ってくるようだ。


「ちぃっ!」


 霊稀は出来るだけ衝突の衝撃をやわらげるべく左手を刃にそえて両手で刀を構える。


 が、それだけ巨大な猪の突進を人間一人の体重だけで支えられるはずがない。


バキィン


 鋭い音と共に猪の牙が折れ、霊稀の刀が砕けた。


「しまっ……」


 もろに突進が直撃した霊稀の手から刀が飛ぶ。


 当の霊稀も吹き飛ばされてさっき慧音が突っ込んだ民家の壁に大穴を開けた。


「霊稀ー!」


 てゐは霊稀の飛ばされた家まで駆け寄る。


 方向を逸らされた猪も家に突っ込んでいるため助けるなら今だ。


「霊稀、霊稀!」


 壁の穴から霊稀を探すてゐ。


 その中で霊稀は瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていた。


「くそ……まずった」


「今瓦礫を退けるから!」


 とりあえず一刻も早く助け出さないとてゐ一人で猪の相手をする羽目になる。


 それだけは避けたい一心のてゐは重たい瓦礫を退けようと瓦礫に手をかけた。


「無理だ、てゐ!」


「そんなのやってみなくちゃ……」


 必死に体重をかけて持ち上げようと試みるが、全ては無駄な足掻き。


 てゐの力では瓦礫はまったく持ち上がらない。


 そんなことをしていると、猪がこちらを見つけて鼻息を荒くする。


「まずい見つかった! てゐ、逃げろ」


「出来ないよ!」


「ああもう!」


 霊稀は手を猪の方へ翳す。


 霊力で作り出す壁だが、物理攻撃への防御力はごくわずかだ。


 突進のスピードは収まることなく、猪はこちらへ真っすぐ突っ込んでくる。


「ダメか……」


「ダメじゃないっ! 衛技『飛鳥美人の守り人』!」


 突然目の前にスキマが開いて中から人が出て来て防御結界を展開する。


 さっきまで紫の家で暗夜天対策を議論していた桔梗だ。


「桔梗さん! なんでここに……」


「紫が無理矢理転送したんだよ。それより瓦礫退けるぞ?」


 虎鉄を地面に突き立てた桔梗は瓦礫の下に手を差し入れて持ち上げる。


 下からはい出た霊稀はてゐから折れた刀を受け取った。


「足、大丈夫か?」


「擦りむいた程度、これならすぐに治ります。でも刀が……」


「大丈夫、なんとかなるさ。ほら」


 桔梗が指差す先、小さい黒い点が猛スピードでこちらに向かって来る。


「れぇいぃきぃさぁぁぁぁぁぁん!」


「文!」


 文は霊稀に向かって黒い棒状の物を投げつける。


 霊稀はそれを受け取ると、周りを覆っている布を取り払った。


 中に収められていたのは少し古めの刀だ。


「これは……陰陽刀八式?」


「それが必要になるんじゃないかと思いましてね。霊夢さんに無断で納屋を漁らせてもらいました」


「なるほど……これなら!」


 まだ腰に付けていた折れた刀の鞘を外して八式の鞘に付け替える。


 錆が心配ではあったが、抜かれた八式は鞘からまばゆい輝きを放つ。


 恐らく霊夢が磨いたのだろう。


「フッ、博麗霊稀、参るっ!」


 再び突進してくる猪。


 だが霊稀は臆することなく猪に向かって突っ込んだ。


 勝負は一瞬で決着がつく。


 霊稀はゆっくりと刀を鞘に戻して巫女服の裾を直した。


「安心しろ、峰打ちだ」








「ごめん……なさい……」


 その後、てゐは慧音に言われて里の人間に頭を下げることになった。


 里の復興には時間がかかるが、桔梗もちょくちょく手伝うとのことだから心配はなさそうだ。


 霊稀はてゐの頭を軽く小突く。


「まったく、なんであんな無茶をしたんだ。いたずらの限度を超えてるぞ」


「だって……」


 俯くてゐ。


 てゐの妙な態度に慧音と文は頭をかしげた。


「こうやっていたずらしてたら……また霊稀が止めに来てくれるって思ったから……」


 地面にてゐの流した涙が滴る。


 霊稀はそっとてゐを抱きしめると、頭を軽く撫でた。


(なるほど、これが後悔というやつか……)


 迷惑をかけないように黙って顕界を去ったが、それが逆に仇となったようだ。


 こうなった責任の一端は霊稀にある。


「はぁ……完全に無駄足だったみたいね」


 しばらくしてから霊夢も人里まで下りてきた。


 話によればなんだかんだ霊稀のことが心配だったらしい。


「まあ、何事もなくてよかったんじゃない?」


「この被害みてよく何事もないなんて言えるな」


 茶化す桔梗。


 そんな桔梗を尻目に霊夢は霊稀に近付く。


「どう? 顕界に戻った感想は」


「なんとも言えない気分だ。でも……」


 文から脱ぎ捨てたロングコートを受け取った霊稀は空に手を翳して微笑む。


「でも、悪くない」


 桔梗はその様子を見ると、踵を返して人里から去った。


「紫、あいつは立派に育ったぜ」


 しばらくしてから誰もいない空間にしゃべりかける桔梗。


 すると目の前にスキマが開いた。


「当たり前。誰が面倒見たと思ってるのよ」


 スキマから顔を出した紫はわしゃわしゃと頭をかくとあくびを一つする。


 どの口が言うかと文句を言いたくなった桔梗だが言ってしまうと余計面倒になるのが目に見えたので我慢して飲み込む。


「さてと、俺は俺の仕事でもするとしますか」


「あら? 何かしら」


「ま、人員の選定ってとこかな」


「…………。」


「紫、今の幻想郷の実力、見せてもらうぜ?」



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