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episode3『赤より紅い朱雀の炎』

いつからだろう、こんなに丸くなったのは……


 でもその声は確かに私を呼んでいた


 助けてと、息も絶え絶えになりながらこちらに手を伸ばす


 以前の私なら見捨てていた


 変えたのは幻想郷? それとも……


 誰かが近付く気配がする


 多分慧音か妹紅だと思う。


「…………おいおい、マジかよこりゃ……」


「カンナからは口止めされてたんだけどね。あまりに酷くなってきたから」


「なんでもっと早く言わなかったんだ!」


「行方不明だったのにどうやって言えっていうのさ!」


 一人は椿だ、それにもう一人の声も聞き覚えのある懐かしい声。


「まったく、病人の側で……」


「おお、起きたかカンナ!」


 カンナは細目で自分の枕元で騒ぐ二人を見る。


 視界はぼやけているが、すぐにそれが椿と桔梗の姿だとわかった。


「お前……結晶化は!」


「それね、もういいのよ」


 カンナは左手をそっと布団から出すと、足を叩いて見せる。


 布団の下から現れた足はもう既に、劣化現象で結晶体と成り果てていた。


「自分の身体だからわかるけど、そう長くは持たない。死ぬ決心も出来た。まあ最後にあんたの声だけでも聞けたから、心遺りは……」


「なに死にそうになってんだよ! いつもの空元気はどうした?」


「…………。」


 天井を見つめたままのカンナは答えようとしない。


 呆然とどこかを眺めている。


 正直もう目を開けていることでさえつらいのだ。


「でもまだ足だけならなんとかなる。桔梗!」


「お前ずいぶん偉そうになったな。確かにまだ間に合う」


「無理よ、黄龍は眠ったままだし」


「無理じゃないさ。お前に体力さえ残っていれば劣化水晶を取り除くことは可能だ」


 いつになく真剣な眼差しの桔梗。


(ここまで真剣な表情をした桔梗を見たのは初めてかもしれない……)


 だが、カンナはすぐに暗夜天異変の時も同じ顔をしてたなと自分の考えを訂正する。


 目の前に倒れている天狗の死体を、今みたいな顔でじっと見つめていた。


「方法は荒っぽいけど、能力を解放して劣化水晶を俺の身体に移す」


「え……そんなことをしたら桔梗が……」


「おいおい、俺の能力を忘れたのか? 俺はその気になれば神様とだってタイマン張れる大妖怪様だぜ、劣化水晶の影響なんて受けねぇよ」


 桔梗は手に巻き付けた包帯の結び目を解く。


 暗夜天異変の時解放した妖力の影響で桔梗の手には変な赤い線が入っていた。


「桔梗、その線は……」


「大丈夫だ椿、能力は使える。あの時の名残だから気にするな」


「…………。」


「どうだ、やれるか?」


「…………。桔梗、一つだけ……一つだけ約束して欲しい」


「?」








「雨かぁ……」


 水滴の滴る窓辺に二人の少女が座っている。


 レミリアは冷めた紅茶のカップをじっと見つめ、フランはお気に入りのぬいぐるみを抱えて窓の外を見ていた。


 雨の音がだんだんと大きくなりつつある。


「お嬢様、今日の夕食のメニューですが」


「なんでもいいわ。咲夜に任せるって言っといて」


 妖精メイドはそれ以上何も聞かずに暗闇へと溶けるように消えていく。


 そして闇の中から、ドアの閉まる音だけが響いた。


「お姉様、今日は何かあったの?」


 素っ気ない反応のレミリアに違和感を感じたのか、フランはぬいぐるみを隣の椅子に座らせて机に頬杖をつく。


 その視線は湯気の立ちのぼるレミリアのカップに注がれていた。


 いつの間にか咲夜が淹れてくれたものだろう。


「…………。ねぇフラン、私達が幻想郷に来たときのこと覚えてる?」


「うん、ちゃんと覚えてるよ」


「確かあの時もこんな雨だったわね」


 さすがにフランも察したのか、またぬいぐるみを拾い上げて遊びはじめた。


(私の能力はその気になれば人の運命を大きく左右する。だからこそ……)


 紅魔館の住人が幻想郷に来たとき、当時のことに思いを馳せるレミリア。


 ボロボロの彼女達を救ったのは雨に濡れても風に吹かれても燃えつづける炎だった。


 時は数年前、場所は外の世界。


 スカーレットの名は一小国の領主の名として知られていた。


 だが全ては過去の話。


 民の中には当然吸血鬼の領主を悪く思う者も少なからずいたのだ。


 だがまだ吸血鬼として未熟な二人がそのことに気付くはずもなく、それを悟ったのは狩人が屋敷に侵入した後だった。


「あの頃の咲夜ってすっごく目付き悪かったよね。偉そうにタバコ吸ってたし」


「そうね。禁煙してくれたのはありがたかったわ」


「でもねお姉様、咲夜ったらまだライターをポケットに入れたままなのよ?」


「へえ」


 レミリアはカップの中に写る自分をスプーンでそっとつつく。


「従者か、狩人か……まあどちらを選ぶにせよ咲夜の勝手、私に選択権はないわ」








「この階はクリアだ、三班は!」


『こちら三班、2階もクリアだ。スカーレット卿夫妻の抹消も確認した』


「何? やったのか!」


『いや、殺ったのはあの女だ。例の殺人姫!』


「あの名無しか……確か下町の殺し屋だったな」


『どうします? やつは3階に向かいましたが』


「構うことはない。やつは流れ者だったな」


『まさか本当にやるつもりですか?』


「当たり前だ、やつは使い捨ての駒さ。作戦Cに移行だ! 目標は排除したからな、終わりにしようや」


 狩人達は大声で笑いながらナイフを足元の死体に突き立てた。


 ナイフの刃には無数に転がる死体が映し出されている。


 それらは皆、武器も持たない使用人達ばかりだ。


 そのいずれにも同じように輝く刃が突き立てられている。


 銀の武器。


 古来より魔物退治に用いられてきた最強の武器。


 その装備からも狩人達が吸血鬼退治を目的にこの屋敷に来たことがわかる。


 彼らのリーダーは屋敷から出ると、無線機を外で待たせていた隊員から受け取って高らかに話し始めた。


「俺だ! ああ、いっちょ派手な演出を頼むぜ? 焼夷弾の雨を降らせてくれ」


 この通信をたった一人で先へと進んだ殺人姫が聞くことはなかった。


 ただ一人無我夢中で殺し続けた殺人姫は逃げたスカーレット卿の娘を探し、3階へと続く階段をひたすらに駆け登る。


「……………」


 物陰に隠れた殺人姫は刺された肩の傷から出る血を軽く拭き取った。


 だが血はいっこうに止まる気配がない。


 スカーレット家に伝わる槍、グングニルで刺された傷は適切な治療を受けなければ治癒しないのだ。


「ちっくしょう……」


 短くなったタバコを傷口に押し付けて投げ捨てる。


 痛みには慣れてるが治らない傷は経験したことがなかった。


 ポケットから古めかしい懐中時計を取り出して時間を確認する。


 午後の8時過ぎ、計画された作戦の時間まではあと1時間を切った。


 午後9時になるとこの屋敷は焼夷弾が大量に降り注ぐ。


 そんな程度で吸血鬼を倒せるなら苦労はしないが気休め程度にはなるだろう。


(メインのターゲットは片付いた。でもまだ終わっちゃいない)


 殺人姫はまた新しいタバコを一本取り出して吸いはじめる。


 ナイフはまだ予備が十分にあるし、怪我もこの程度なら耐えられた。


「さてと……」


 物陰から出た殺人姫は一番奥の部屋を目指して歩きはじめる。


 警備は長身のメイドが一人、他には気配を感じない。


「やっぱりお嬢様の命を狙いに来たか。このふとどき者が……」


 女はドアから離れると、背中に背負った青龍刀を抜いた。


 刃のきらめき具合から察するにそうとう使い込まれているようだ。


「それが私の仕事だ、どけ」


「なら私も仕事をするとしましょう。お嬢様には指一本触れさせない」


 メイドはチッチッと指を振って青龍刀を肩に担ぐ。


 殺人姫も時計をぐっと握りしめてナイフを二本抜くと、タバコを吐き捨てて一本を口にくわえた。


「っ!」


 先に動く殺人姫。


 メイドの足元に滑り込んでナイフを突き出す。


 だがそれよりも先にメイドの青龍刀が殺人姫のジャンバーを貫いていた。


「チッ……」


 起き上がり間際に殺人姫は舌打ちして青龍刀を蹴り上げる。


「な!」


 メイドの手を離れた青龍刀はさほど高くない天井に突き刺さって落ちて来ない。


 メイドは殺人姫に蹴りを入れて遠ざけると、今度は青龍刀を抜かずに追撃を始める。


 バランスを立て直した瞬間に間髪入れず二発目の蹴り、さらに浮いた身体を回し蹴りで吹き飛ばした。


 どう考えても人間の動きではない。


(仕方ない……吸血鬼に会うまで温存するつもりだったけど!)


 ふらふらと起き上がった殺人姫は懐中時計をぎゅっと握りしめる。


 すると自分の周囲の色相が反転し、全ての動きが止まった。


 これが殺人姫が殺人姫たる理由、時間を止める時計の能力。


 メインターゲットだったスカーレット卿を葬ることが出来たのも、この時計の能力のおかげだ。


(ただし一度使うとしばらくしないと使えない。この一撃で早々に決めないと残りの吸血鬼を退治する前に私が焼夷弾で焼け死ぬ)


 固まったメイドの首元にナイフをあてがう殺人姫。


 時間を止めている間にいくら攻撃しても、身体の時間も止まったままなので意味を成さない。


 ただし弾丸が当たる瞬間、ナイフで切れる瞬間に時間を動かせば話は別だ。


「そして時は動き出す」


 殺人姫はあてがったナイフで首を切ると同時に時間を動かす。


ザシュッ


 手応えはあった。


 しかし理解出来ない痛みが腹部を刺す。


 切れたのはメイドの赤い三つ編み、身体にも刃は当たっていたがそちらの傷は浅い。


 それに対して完全に油断していた殺人姫はメイドの両手突きをノーガードで受けた。


 バランスが崩れていたため大した力ではなかったが、肋骨が何本か折れる感触が響く。


 少し遅れて血の固まりが喉の奥から込み上げてきた。


「がっ……ぐぁ……げほっ!」


「ふう、どうやらなかなかやっかいな道具を持ってるようね」


「な、なんで……」


「私はスカーレット家の門番。紅美鈴! どんな幻術か知らないけど私に不意打ちは通用しない!」


 メイド姿の美鈴は武闘家らしく右半身を引いて拳を構える。


 時計で時を止めても倒せない以上、打てる手の半分以上が一瞬で消し飛んだ。


 ナイフはまだあるが、銀製であることに何も関心を寄せていないことから恐らく効果はないだろう。


「……あれ、もしかして万策尽きた感じですかね?」


 グングニルの傷と美鈴の攻撃でずたぼろの殺人姫は口元の血を拭って立ち上がる。


「ま、まだ……」


「まだやるつもりですか? まったく、今度は骨折どころじゃ済みませんよ」


「そうね、その身体ではもう立つのがやっとでしょう」


 不意に美鈴の後ろのドアが開いて中から一人、緋色の目の少女が出てきた。


 身長は美鈴の腰あたり、血の飛んだ白いドレスに身を包んでいる。


「お嬢様! 出て来てはダメですよ!」


 美鈴は懸命にレミリアを部屋に押し込もうとしたが、レミリアはその手をするりとかい潜って殺人姫の前に立つ。


「あなたがお父様とお母様の敵ね」


「フッ、だったら何よ」


「…………」


 レミリアは黙ったまま右手を掲げて力を込める。


 同時に下の階から何かを突き破る音が聞こえ、それが段々と大きくなっていく。


 やがて3階の床を突き破り、赤い槍がレミリアの手元に飛んできた。


「スピア・ザ・グングニル!」


 さすがに慌てた殺人姫は痛む身体に鞭打ってレミリアから距離を取る。


 グングニルの破壊力には今の傷では対抗出来ない。


 残ったナイフを構えてはみるが、既に足元はふらふらだ。


(死ねない……みんなに認めてもらえるまで!)


 体感的にもう一度時計が使えるようになるまではもう少しかかる。


 それまで持ちさえすれば勝機はまだあるはずだ。


 そう思えばまだ何とか持ちこたえられた。


「お嬢様! まだお嬢様はグングニルを……」


「美鈴、しばらく黙っていてくれないかしら?」


「しかし!」


「私なら大丈夫だから」


 結局レミリアに押し切られて黙り込んだ美鈴は青龍刀を回収して元の位置に戻る。


 それでも主君の危機には真っ先に駆け付けられるように注意は怠らない。


 常にレミリアを見つめ、すぐさま動けるように足の構えは解かずに立ち続ける。


「さて……最後に名前ぐらいは聞いておいてあげるわ」


「…………。」


「名乗りたくもない、と」


「…………名乗る名前が無い。好きなように呼べばいい」


「そう、ならあまり詮索しないようにするわ。ところで貴女、さっきから何も気付かないの?」


 レミリアの一言に思わず顔をあげる殺人姫。


 何かのはったりかとも思ったが、レミリアの目は真面目だ。


 殺人姫はレミリアと美鈴から目を離さないように辺りの様子を確認する。


 音も一切ないし、飛び交っていた罵声どころか声一つ聞こえて来ない。


 それと心なしか飛行機のエンジン音が近付いている気がする。


「っ!」


「ようやく気付いたようね」


 不安になってきた殺人姫は懐中時計を開く。


 最後に時計を確認してからまだ30分も経っていない。


「なっ……リーダー!」


 腰に提げたままにして電源を切っていた無線機に呼びかける。


『おお、生きていたか殺人姫殿、ご苦労ご苦労』


「どういうつもり? まだ作戦の時間までは!」


『ああ、そのことな。お前以外は先に全員退避させてもらったよ。じゃ、そういうことで』


「ま、待って! 私は……」


『実にいい働きだったぞ。じゃ、あの世で会おうぜ! ガハハハハハ!』


 何かが割れるような雑音と共にリーダーからの通信は一方的に切られた。


「な……なんで……私は……」


 膝から崩れ落ちる殺人姫。


 もう立ち上がる気力すらなかった。


「終わったわね……」


「お嬢様!」


 グングニルがレミリアの手から転げ落ちる。


 その手からは煙と共に血が滴っていた。


「無理なさるから! グングニルの力にはまだ耐えられないのに……」


「大丈夫かと思ったんだけど、やっぱりダメね」


 美鈴は革のグローブをはめてグングニルを拾い上げる。


 こうでもしないとグングニルの圧倒的な力が逆流して手が内部から破壊されてしまうのだ。


「で、どうするんです? この女は」


「お父様とお母様をあそこまで痛め付けたのは許せないけど……」


「許すつもりなんですね」


「彼女の運命の分岐点がここなのよ。もしここで私が許さなかったなら、彼女はこの場で命を落とすことになる」


 飛行機の爆音が館を過ぎると同時に、ヒュルルと風切り音がいくつか落ちて来る。


「美鈴、フランを連れて先に安全な場所へ!」


「しかしお嬢様は!」


「私は後から追いつく。これ以上フランを傷付けたら承知しないからね」


 それだけ言い残すとレミリアは殺人姫の元へ駆け寄った。


 それと同時に美鈴とレミリアの間を爆風が遮る。


「お嬢様ぁー! うわっ!」


 焼夷弾から上がった炎は廊下の天井や壁を伝ってまっすぐ美鈴に向かってきた。


「くっ……お嬢様、ご無事で!」








 こんなに必死になったことなんて今まであっただろうか。


 炎に身体が焼かれていくうちにレミリアは今まで生活してきた館の地下を思い出していた。


 レミリアとフランの部屋は両親の意向で安全な地下にある。


 生活に必要な施設や従者達もほとんどが地下にあり、何の苦労もなくただただ漫然と生きてきた。


 だが今は……


「くっ……うぅ」


 炎はどんどん威力を増していく。


 吸血鬼であるレミリアはまだ耐えられたが、腕の中で呆然とどこかを見つめる殺人姫は人間だ。


 この高温にいつまで耐えられるかわからない。


「誰か……」


 翼が焼けていく。


 美鈴とパチュリーが一緒ならフランは無事なはずだ。


 でも自分は足を瓦礫に挟まれて身動きがとれない。


 吸血鬼に死の概念はないが、この一瞬レミリアは死を覚悟していた。


「誰でもいいから……」


「まったく、人が寝てるってのにうるさいなぁ」


 突然炎の中から声がする。


 やがてレミリアの周囲の炎は一カ所に集まって鳥の形へと変わっていった。


 鳥は炎で弱ったレミリアと殺人姫をまっすぐ見つめる。


「火の……鳥……」


「あなたね、私を呼んだのは」


「呼んだ? 私が?」


「何よ、助けてって言うから療養中の身だけど助けに来てあげたのよ? 当の本人に自覚がないってどういうこと?」


「…………。」


「まあいいわ、助けてあげる」


 鳥は片方の翼をレミリアに差し出す。


 レミリアもその翼に手を伸ばそうとするが、なぜか身体が動かない。


 助けて欲しいのは山々なのだが、ただ助けてもらうのではレミリアのプライドが許さなかった。


 でもこれ以上は殺人姫が持たない。


 そんな様子を察したのか、鳥は自分から翼をレミリアの手にそっと触れさせる。


「つまらないことで意地を張ってると、あまりいいことないよ?」


 翼が触れると同時に目の前が真っ白になっていくのをレミリアは感じた。


 気が遠退いていく中、唯一の肉親であるフランの顔が思い浮かぶ。


 だがそれもすぐに途切れ、妙な浮遊感だけがレミリアを包み込んだ。








 次に目が覚めた時、レミリアは見知らない場所で倒れていた。


 久しく嗅いでなかった土の匂いと、雨の雫が無数の矢のように身体に刺さる。


 周りには美鈴と美鈴のオーバーオールを頭からかぶったフラン、たまたま図書館に来ていたパチュリーの姿もあった。


 皆が無事にあの館から脱出出来たことに胸を撫で下ろすレミリア。


 燃えてしまったが、館もこの場所に移ってきたらしい。


 まだ残っていた炎が雨で燻って煙をあげている。


「お嬢様! ご無事でしたか!」


 こちらに気付いた美鈴がこちらに手を振ってくる。


「美鈴、フラン!」


 駆け寄ると、フランは怯えきった様子で虚ろな目をしている。


 目の前で両親があんな目にあったのだ、無理もないだろう。


「これで一安心ね、幻想郷はどんな存在も受け入れる」


 ふと気付くと、すぐ近くの岩の上にあの火の鳥がとまっている。


「幻想……郷?」


「そう、現の理を外れた桃源郷。さてと、私はもう一眠りすることにするわ」


「え、ちょっと!」


 火の鳥の姿がどんどん薄くなっていく。


「私……まだ!」


「ごめんね、さすがの私ももう限界。私が本調子に戻ったら会いましょう」


 それだけ言い残して火の鳥は消えてしまった。


 消えると同時に、岩の近くに倒れていた殺人姫が目を覚ます。


 まだ状況が理解出来ていないのか、頭をしきりに振って周りを見回している。


 レミリアは側に歩み寄ってまだふらつく殺人姫を支えた。


「ここは……」


「気が付いたみたいね」


「……くっ」


 焼け残った屋敷やレミリアの姿から状況を察した殺人姫はがっくりと膝を折る。


 殺しに行った相手に助けられたのだ、相当な屈辱だろう。


「なんで……助けた」


「助けたのは私じゃない、と言いたいところだけど強いて一つ挙げるなら真実を知ってるから、かな?」


「真実?」


「貴女がお父様とお母様を再起不能にしたわけじゃないってこと」


「!」


「それに、人間達は貴女ほどの人材を捨てた。私は貴女のその力を私は大きく買っている」


 レミリアのその一言に殺人姫の心は大きく揺らぐ。


 元々自分という存在を誰かに認めて欲しくて参加した吸血鬼狩りだ。


 だが人間達は認めるどころか、屋敷に置き去りにしてレミリア達もろとも吹き飛ばそうとした。


 行き場はない、人間の側に戻ったとしてももう必要とはされない。


 ならば答えは一つだった。


「いいのか? 私は……」


「私達の命を狙って来た。確かに寝首をかきそうな者を近くに置くにはそれなりのリスクが伴うわね」


 レミリアは雨の降り続く空を仰ぎ見る。


 さっきから雨の当たる部分がヒリヒリしていた。


 吸血鬼は流水が苦手だ。


 そのことを知らなかったわけではないが、純血の吸血鬼なら多少は耐えられる。


「でもね…………」


 雷鳴がレミリアの言葉を遮って轟く。


 だが殺人姫は聞き取れたのか、静かに口元をほころばせた。


「なら私はあなたに付き従うわ。Мой хозяин(我が主)」


 降り続く雨の中、時を刻みつづけた殺人姫の懐中時計はその動きを止める。


 吸血鬼に忠誠を誓った殺人姫の時間はもう、二度と動くことはない。








「ここにいたのね咲夜」


「お、お嬢様!」


 夕食を終えてしばらくしてから、レミリアは紅魔館のテラスに足を運んだ。


 そこではエプロンを外した咲夜がタバコを吸いながらそこからの景色をじっと見つめていた。


「お嬢様、これは……」


「フランから聞いてもしかしたらと思っていたけど、まだ持っていたのね」


「これが最後の一本です」


 咲夜は指の間でタバコを遊ばせる。


 そのたびに煙は綺麗な弧を描いた。


「不思議ですね。あんなに毎日のように吸っていたはずなのに、数年間吸わなかっただけでもう身体が受け付けません」


「そういうものよ。身体に悪いものなんだから」


「ふふっ、そうですね」


 レミリアの正論に思わず苦笑いする咲夜。


 レミリアはさも当然というような表情をして近くの椅子に座った。


「お嬢様と一緒に過ごしてきたこの数年、色々ありましたけど……」


「どうかした?」


「私にもお嬢様の能力がうつったようです」


「……なんで主人の能力を伝染病みたいに言うのかは触れないであげるわ」


「予感がするんですよ」


 それまでどこかふざけていた咲夜の目の色が変わる。


 そのわずかな変化をレミリアは見逃さなかった。


「貴女も感じたのね。ようやくあの日のお礼が出来そうよ」


 天気はあいにくの雨だが、二人はどこか嬉しそうに空を見上げる。


「そうだ、一つ聞いておくわ」


「はい? なんでしょう」


 レミリアは咲夜の隣に立つとじっと咲夜を見つめる。









「今の貴女はどっちの貴女かしら?」


 思いもよらない質問だったからか咲夜は一瞬困った表情をしたが、レミリアに向き合うとまだ火の付いたタバコを握り潰した。


「私は、お嬢様のメイドの十六夜咲夜です」


「そう」


「でも……もし許されるなら、今この時だけでもいい。あの頃の私に戻らせてください」


「その判断は貴女がするもの。私が決めることじゃない」


 レミリアは翼を大きく開くと、自分の身体をそっと包み込む。


 翼の隙間から光が洩れる。


 次に翼を開くと、レミリアの背格好は大きく変わった。


 今までの幼い見た目とは違う、威厳に満ちた女性の姿。


 身長も咲夜と同じぐらいまで伸び、その鋭い目付きはまさに吸血鬼のそれだ。


「じゃあ私も今だけはあの頃の姿でいようかな」


「はい!」


 その様子を屋敷の中から見ていたパチュリーとフランはお互いに見合わせてはにかむ。


 吸血鬼とお付きの完璧なメイド。


 この二人の物語はまだ、始まったばかりだ……

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