episode2『天使降臨』
私は決めた
どんなにつらいことがあっても、どんなに傷付くことになっても、一人前の魔法使いになる
親は私を勘当した
でもこれでよかったと思ってる
ああでもしなければ今の私はなかったと思う
『魔理沙、もし覚悟がないならこの異変からは手を引いて。これは異変であって異変じゃないのよ』
自宅の机に突っ伏している魔理沙の頭の中では紫に言われた一言がずっとループしていた。
今までは半分遊びの感覚で異変解決に参加していた魔理沙にとって痛い一言。
次の異変に参戦すれば、本当に命を落としてしまうかもしれない。
だが、自分の魔法が本気の戦争でどれだけ通用するか試すいい機会でもある。
魔理沙は机の上に積み上げた本の一冊に手を伸ばす。
今までパチュリーやアリスから『借りた』本の内容が魔理沙の手により一字一句正確に写されている本だ。
(私はまだ魔女じゃない。でも、だからこそ出来ることだって……)
コンコン
急に扉をノックする音がして本を取り落とす。
(誰だ? またアリスか?)
念のため八卦炉を取り出して右手に持つと、扉の覗き穴を開いた。
「やあ、久しぶりだねお姉ちゃん。僕だよ」
そこに立っていたのはアリスでも妖怪でもなく、どことなく魔理沙と似た雰囲気を醸し出している男だった。
無邪気な笑顔に霧雨店の前掛け、見間違えるはずがない。
「なんだ、想魔か」
霧雨想魔、魔理沙の二つ下の弟で霧雨店の次期店主だ。
「こんなところまでどうしたんだ? 店はいいのかよ」
「それが……大変なんだよ! 父さんが!」
「?」
想魔は早口に自分がここまで来た理由を話した。
ここ最近働き詰めだった二人の父が持病の発作で倒れたので、早く家に戻って来てほしいとのことだ。
一応勘当された魔理沙としては戻るつもりはさらさらないのだが、想魔は戻ると言わない限り家には戻らないと言い張る。
「…………」
「…………」
睨み合う二人。
こういう場合昔なら想魔が先に折れるのだが、事態の悪さからか一向に折れる気配はない。
「想魔、覚えてるだろ? 私は家を出た身、もう二度と戻らないぜ」
「でも!」
「次期店主は想魔に決まったんだ、こういう時こそお前が頑張らないとならないんだぜ」
「……………。」
俯いたまま喋ろうとしない想魔。
「なんだよ」
「…………父さん、先は長くないんだって」
「そうか」
「そ、そうかって!」
「言っただろ? 私は……」
終わりの見えない言い争い。
だがそこへ終わらせる者が空から降ってくる。
盛大な厄介事と共に。
「だ、大丈夫か想魔」
「間一髪……」
天井、屋根を突き破って降ってきたものを辛うじて避けた二人はお互いの安否を確認すると、床にまで穴を開けた犯人を覗き込む。
そこに倒れていたのは白い服に身を包んだ見慣れない妖怪だった。
「こいつか! 私の家をめちゃくちゃにしてくれたのは!」
魔理沙は妖怪の姿を見るや否や先ほど取り出してそのままだったミニ八卦炉を構える。
マスタースパークはスペルカードでもあるが、カードを発動しなくても使えるのだ。
「ちょちょちょ、待ってよ! こんな狭いところで魔法なんか使ったら!」
「うるさぁい! 見ろよあの天井の穴、あぁ、今日も空が青いわねーって、静観出来るようには出来てないんだよ! うちに開いたこの穴はな、紅魔館の塀に私が開けたどんな穴よりも一等高くつくんだぜ!」
「だからってなにも撃たなくても……」
「あ……いったたた、やっぱりあんな安物でワープなんかするんじゃなかった。身体中が痛いわ」
魔理沙と想魔が悶着している間に、墜落してきた妖怪は起き上がって周りを観察し始めた。
「ふむ、異教徒の地ですか……ん? 何か用ですか?」
「何か用ですか? じゃないでしょうがっ!」
魔理沙は起き上がった妖怪の胸倉を掴んで力任せに引き上げる。
「痛い痛い、乱暴はよくないです! あの方も暴力を振るっていいのは異教徒共とモンスター共だけだって……」
「私からすればお前がモンスターだよ! 見ろよあの天井の穴」
「え? ああ、そんなことですか」
「そんなことぉ?」
完全にキレた魔理沙はミニ八卦炉を妖怪の目の前に突き付けて威圧する。
妖怪も最初は意味がわからなかったようだが、光を放つ八卦炉を見て自分の置かれた状況を知ったのかもがきだす。
「わ、わかりました! 直します、直しますから!」
「ようし、それでいい」
手を離した魔理沙は八卦炉をしまうと、妖怪の腕を掴んで外に引っ張り出した。
妖怪はと言うと涙目で魔理沙に引きずられていく。
「あ、あれ?」
一人ぽつんと残された想魔は勢いよく閉められたドアの前でぽかんとしているのだった。
そうしている間にも魔理沙と妖怪は屋根に登り、穴を覗き込む。
「でかい穴開けやがって、ちゃんと直せよ?」
「だ、大丈夫。このくらいなら……」
妖怪が背中の白い翼を広げると、光がどんどん収束していく。
その光はどこか暖かく、神聖な感じがしていた。
やがて光は妖怪の手元で分厚い本の形になって浮遊し始める。
「なんだそりゃ?」
「ちょっと離れててくださいね」
本のページをめくって読みはじめる妖怪。
その言語は聞いたことがなかったが、魔理沙にはそれが何かの呪文の詠唱であることがわかった。
だんだんと詠唱が進むにつれて、壊れた屋根の破片が光に包まれて一つに収束していく。
そして全ての破片が浮き上がり、ある程度固まったところで詠唱が終わり、妖怪は手を伸ばして下に下ろすのだが……。
「あ、あるぇ?」
屋根に破片がくっつく寸前に光が弱まり、破片はまた屋根の穴から家の中へと落ちた。
「だめじゃないかぁ!」
「ちょっ……やめ……揺らさ……」
妖怪の肩を掴んでガクガクと揺する魔理沙。
結局妖怪は自分の手で修理するはめになるのだった。
「うぅ……あの方の加護がこの世界まで届いていれば……」
慣れない手つきの妖怪はべそをかきつつ、さっき金づちで叩いてしまった指を舐める。
「お前なんかすごい力持ってるっぽいくせに手先は不器用なんだな」
「これでも第二位の天使なんです! まだ見習いだけど……」
「へぇ、お前が天使か。初めて見たぜ」
自らを天使と名乗った天使は金づちを置いて先ほどの本を持ち、四つある翼を広げてポーズを取る。
「なら目に焼き付けておくといいわ、私はルーナリア・クルブよ。邪教徒の貴女にもあのお方の、神の御加護を……」
「余計なことしてないでさっさと直せ!」
魔理沙はどこからか取り出したハリセンでルーナリアの頭を叩く。
「痛い~! 何も叩かなくてもいいじゃんかぁ」
「こちとら暇じゃないんだぜ! さっさと働け!」
ぐじぐじと文句を垂れるルーナリアにさらにハリセンが飛ぶ。
「二度もぶった! セラフ様にもぶたれたことないのに!」
「ネタに走る前に仕事しろ仕事、次はマスパをお見舞いs……」
「サー、イエッサー!」
魔理沙が八卦炉を取り出すのを見るや否や、ルーナリアは本を捨てて金づちを握る。
原始的な方法で直しはじめてから、ルーナリアは事あるごとにサボろうとしていた。
補修用の木材はずっと空気だった想魔が担当しているのだが、運び込むごとに魔理沙はルーナリアを怒鳴っている。
普段はここまで怒らない魔理沙だが、今日は別だった。
自分が霊夢や紫から戦力として見られていないことを知った怒り、ふがいない自分への憤り。
それらをぶつけるあてがなかったところにこの事件だ。
こうなってしまうことは仕方ないのだろう。
「お姉ちゃん、運んできたよ」
「ああ、悪い。そこに置いといてくれ」
「機嫌悪そうだね」
「そりゃあ家がこの様だからだぜ。まったく……なんて日だ」
切り株に腰掛けつつ盛大にため息をつく魔理沙。
想魔には今の魔理沙に『家に帰って来て欲しい』なんて言えるはずもなく、想魔はこの場を去ることにした。
今は深刻な状況だが肝心の魔理沙がこれじゃ仕方ない。
「じゃ、僕は帰るね。これ以上ここにいても邪魔になりそうだし」
「ああ、気をつけるんだぞ? ってこら! そこ! サボらない!」
「ちゃんとやってるじゃん!」
「そのクギ曲がってる」
「あ……」
どうやら魔理沙の心労はまだ続きそうだ。
「終わりました~」
ルーナリアが屋根の修理を終えたのは既に太陽が天高く上ったころだった。
魔理沙はと言うと怒り疲れたのか、真昼間なのに木陰で居眠りしている。
「もしもーし、邪教徒の魔法使いさーん?」
「誰が邪教徒だよ、私は無宗教派だ。ちゃんと直ってんだろうな」
「も、もちろんであります!」
魔理沙の威圧するような目にたじろぐルーナリア。
今まで数々の布教という名目の破壊活動をしてきたルーナリアだが、まだまだ天使としては新米。
自分の方が立場は上でも、力で負ける相手にはどうしてもゴマを摺ってしまう傾向にある。
「ぱっと見一応は直ってそうだな。はぁやっとか……」
「お疲れみたいですね」
「誰のせいだと思ってるんだよもう……」
頭を抱えた魔理沙はその場でうずくまる。
正直もう昼食を作る気力すらなかった。
「もうどこへでも行っていいぞ。私は昼飯食べに紅魔館に行くから」
「こうまかん?」
(何だろう、飲食店かな?)
「お前紅魔館も知らないのかよ。幻想郷の住民ならほとんど誰でも知ってるぜ」
「知ってるも何も私、この世界の住人じゃないんだけど」
「はぁ?」
ルーナリアが突拍子もないことを言い出したので魔理沙は呆れた目でルーナリアを見据える。
「な、なんですかそのいかにも私が可哀相な子みたいな目は! 私がこんな世界に長居するわけないじゃないですか」
「こんな世界ってなんだよ」
「私はですね、あの方の崇高で偉大な教えを広めるのが役目なんですよ。こんな加護すら届かない世界なんて……ってちょっと! 人の話聞いてるんですか?」
「なんだよ私は腹が減ってるんだよ」
話が長くなりそうだったので逃げようとしたが、露骨過ぎてさすがにばれたようだ。
ルーナリアは腰に手を当てて説経する気満々である。
「人の話を最後まで聞かないとはどういう了見ですか! いいですか?……」
案の定長い話。
魔理沙は適当に聞き流してルーナリアの隙をうかがった。
この手のタイプは今までに何回も経験している。
宴会に来た閻魔しかり、人里で先生をしている妖怪しかりだ。
当然抜け出すタイミングも熟知しているわけで、気付かれないようにさっとその場を離れた。
「だいたい、異教徒に毒された人達は……ってああ!」
ルーナリアが気付いた時には既に魔理沙は箒にまたがって飛び去った後だ。
「ちょっと! 私も連れて行きなさーい!」
飛び去る魔理沙の背中に向かって叫びつつルーナリアは翼を大きく広げて後を追った。
私は紅美鈴、紅魔館の正門を警備している門番です。
え? 昼寝はどうしたって? そんな毎日毎日昼寝してるわけないでしょ。
二次設定に毒されすぎ。
それに今日はなんか魔理沙が来そうな気がするんです。
一応起きてないとね、咲夜さんに何されるかわかりませんからね。
「ん~!」
とは言ったものの眠気と戦い続けてもうかなり時間が経ってる。
来るなら来るで早くしてほしいところ……。
「おい中国ーっ! そこをどけぇ!」
なんて言ってたらやっと来ましたよ。まったく、迷惑なんだかr……
「邪魔だぁぁぁぁぁ!」
「えっ、ちょっ!」
ガッシャーン
いや、確かに早く来いとは言いましたよ?
まさか全速力で突っ込んで来るとは思わないわけで。
「だから私が魔理沙を止められなかったのは仕方n……」
「言いたいことはそれだけ?」
と、いうのが回想。
今、穴の開いた門の前に転がってる私は咲夜さんにナイフを突き付けられてます。
いつもみたく笑ってないのが逆にすごく怖いです。
まさにあれですよ、蛇に睨まれた蛙の気分。
館の中で魔理沙とだれかが暴れてくれているおかげでナイフは一本で済みましたが……ああ、怖かった。
「うわっ! なんですかこの穴、ひっどーい!」
誰かの声が頭の上からする。
ナイフを抜いて捨てると、美鈴は上体をさっと起こした。
走ってきたのは咲夜とは色違いのメイド服を着た女の子だ。
「ああ、穂乃香ちゃん。お疲れさま~」
「お疲れさま~じゃないですよ! なんですかこの穴! さっき箒に乗った魔法使いと天使が猛スピードで廊下を突っ走ってましたけど何が起きてるんですか!」
「ああそうか、穂乃香ちゃんは知らなかったね。あれがうちの天敵よ」
女の子、日足穂乃香は首を傾げるとぽかんとした表情をする。
彼女、穂乃香はつい最近幻想郷にたどり着いたばかりなため、まだ日常的に起こるちょっとしたことでも大騒ぎする癖があった。
「魔法使いの方が霧雨魔理沙、図書館からパチュリー様の本を盗んでる張本人です。もう一人は見覚えがないんですけどね……」
「え?」
「だって、幻想郷に天使なんていませんから」
苦笑いする美鈴。
「私、様子を見てきます。差し入れはここに置いときますね!」
「はいはーい、いってらっしゃい」
持っていたカゴをすぐ近くに置くと、踵を返して屋敷に戻る穂乃香。
しばらくしてから美鈴は反動をつけて上体を起こす。
カゴの中には切り分けられた食パンと木苺のジャムが入っていた。
「さてと、門直さないとな……はぁ」
「だぁから、なんでついて来るんだよ!」
「だって何か食べにここに来たんでしょ? 私にも食べさせてくださいよ!」
美鈴のいた門を強行突破した魔理沙とルーナリアは紅魔館の中を飛び回る。
魔理沙は自分を追い掛けてまわるルーナリアに飽き飽きしていた。
マスタースパークを撃って迎撃しようにも、加速し過ぎたせいで目を前から離せない。
「このっ!」
とりあえず中央廊下の途中で箒の先をブレーキ代わりに使いつつ右折。
突き当たりのホールで迎え撃つ決心をした魔理沙は帽子の中に手を入れた。
(慌てて出てきたから使える物資はやっぱり少ないか。まあいざとなったら咲夜を味方に……おっと)
間一髪皿を運んでいた妖精メイドを回避した魔理沙。
そのすぐ後、盛大に皿の割れる音がする。
ルーナリアの翼が妖精メイドに直撃したのだ。
その隙に魔理沙はホールへと入るドアを開け放ち、中に入って八卦炉を構えた。
「あらあら、こんなところにいたの」
後ろから声をかけられて一瞬ドキッとした魔理沙。
だがすぐにそれが自分のよく知ってる人物だとわかるとまた前に集中した。
「悪いな咲夜、今日はこの厄介事を片付けたらすぐに出ていくからちょっと待っててくれ」
「ふーん、で?」
ナイフを取り出して手の中で遊ばせる咲夜は魔理沙の言葉にさほど興味はないようだ。
「まさかそのナイフ投げたりしないよな?」
「さあ、どうしようかしら」
いたずらな笑みをもらしつつナイフの刃先に軽くキスをする。
次の瞬間、咲夜の手を離れたナイフは魔理沙の顔のすぐ横を掠めて飛んで行った。
「なっ! 危n……」
「おーい、魔法つk……んがっ!」
魔理沙が咲夜に文句を言うより先に、ルーナリアにナイフが直撃する。
ドアを開けて入って来る途中の出来事だったので、ルーナリアはわけのわからないままその場で倒れた。
「おお! さすが咲夜」
「見敵必殺、一撃必中。これが普通です」
「うぐぐ……やるなぁ、邪教徒の分際で……」
幸いにもナイフの柄が当たったらしく、赤くなったおでこを押さえながらふらふらと立ち上がるルーナリア。
「許さないっ!」
広げられた四つの翼に光が集まり、咲夜と魔理沙もまた武器を構えた。
「智天使の力、思い知れ愚民! 『審判の聖教典』!」
二人の周りを光の本が覆い、回転し始める。
「これは……スペルカードか?」
「まずいわ!」
あわてて隙間にナイフをねじ込んだ咲夜だったが、その銀の刃は根本からぽっきりと折れてしまった。
「な、なんなんだよこりゃ!」
ミニ八卦炉を構えたまま辺りを見回す魔理沙。
本はやがて停止し、光量を増していく。
「消えろ!」
次の瞬間……………
バリィィィィン
本の壁をいとも簡単に赤い槍が貫いた。
「まったく、少しは静かにするということを覚えてくれないかしら」
槍を放った本人は帽子をかぶり直してため息をつく。
「お、お嬢さま?」
「咲夜、こんなネズミ相手に何を手間取ってるの? さっさと処理してしまいなさい」
紅魔館の主、レミリアは地面に刺さった槍を引き抜くと、肩に担いでルーナリアを睨みつけた。
「あ……あんた悪魔? なんでこんな辺境に悪魔が!」
「いや、確かに似てるけど私吸血鬼だかr……」
「ここでお前を倒して首を持ち帰れば私も見習いを卒業出来る!」
レミリアの言葉には耳を貸そうとしないルーナリアは光の本を掲げてさらなる技を発動しようと力を集める。
「これならどう?『閃光の咆哮波[ライトニングブラスト]!』」
「そこまでよ、火符『アグニシャイン』!」
ルーナリアが技を放つ瞬間、まったく別方向から火球が飛んできてそれを阻止した。
「遅いわよパチェ」
「無理言わないで、これで精一杯。こあ、あれをよろしく」
「わっかりました!」
パチュリーの背後から現れた小悪魔達はルーナリアの周囲を囲んで一斉に詠唱を始めた。
パチュリーお得意の拘束魔術の魔法陣が発動してルーナリアを鎖であっという間にがんじがらめにする。
「くそ……悪魔どもめ……」
しばらくもがいていたルーナリアだが、無駄とわかると諦めて座り込んだ。
「ああもうっ! 殺せー! いっそ一思いに殺せー!」
「で? パチェ、捕まえたはいいけどこいつどうすんの?」
パチュリーは頬を少しかくとレミリアから目をそらした。
「おい」
「とりあえず何も出来なくしといたから、後よろしく」