episode27『虎の威を借る狼』
この世で永遠の概念が当てはまる物は少ない。
例えば妖怪。
いかに幻想郷広しと言えど永遠を生きる妖怪は指で数えられるほどしかいないと言われている。
人工物も月日と共に朽ちては作られ、今や過去の面影は土地の形程度しか残っていない。
有名な唄の中に盛者必衰とあるが、これはこの生態系をうまく言い表していると言えるだろう。
古い者は新しい者に自らの全てを託して消える。
それが全て。
妖怪の山、その一角に忍天狗の待機所がある。
天狗の中でも精鋭のみが選ばれるこの部隊の仕事は主に3つ。
天魔の警護、妖怪の山及びその周辺の警戒とその陣頭指揮、そして3つめは新たな戦闘員の教育である。
普段は暇をもて余す忍天狗だが、任務の無い時は教官として活動するのだ。
「ほらほら、そんなにちんたら動いてちゃ良い的だ」
今日も天狗達の訓練は続く。
そんな中、銀牙の付き添いで来ていた椛はその一挙手一投足を見ながら指導方法を学んでいた。
忍天狗として任命されてから数ヶ月、力は付いたものの後輩の指導となるとまだまだである。
「よし、ここまでで休憩だ。椛はついてこい」
呼び出された椛はメモをしまうと銀牙について林の奥へと入っていった。
「なんですか?」
「まあ、なんだ。お前が忍天狗に加入してからそれなりに時間が経ったわけだし、そろそろ良いと思うんだわ」
ぽりぽりと鼻の頭をかく銀牙。
「お前に一人部下を付けようと思う。もちろんこれからも俺が補助するし、わからない事があればなんでも聞いて欲しい」
「部下ですか」
「どう鍛えるかはお前次第だな。俺は今の忍天狗の中で一番お前に期待してる。がっかりさせるなよ?」
「は……はぁ」
「あてがう予定なのは風放[かざはな]だ。どうだ?」
風放しのぎ、木の葉天狗の少年で新人の中ではそこそこの実力者。
椛も名前名前だけは覚えていた。
「わかりました。やります」
「よく言った、明日紹介しよう」
それだけ言うと銀牙はまた指導に戻っていった。
(ついにここまで来ちゃったか。なんだか嬉しいなぁ)
椛はその後ろで小さくガッツポーズを取る。
姉である彪奈にまた一歩近づいた証だ。
『いい気なものだな。だがお前の実力が向上しているのは確かだ。そこは誇ると良い』
あれからかなりの時間が経ったはずなのだが虎鉄の意思はまだ聞こえている。
その上最近はその頻度が増えた。
自分が持つことになって以降虎鉄についての文献を全て読んだが、虎鉄が活性化するには条件がありその度に何かが起きている事がわかっている。
(ま、なにが起きているかは教えてくれないんだけどね)
『当たり前だ。たとえ相手が桔梗でも何も言わんぞ』
「え、彼でもですか」
(…………。)
それっきり虎鉄はまた黙ってしまった。
いろいろ聞きたかったのにと落胆する椛。
「とにかく今は新人教育か。がんばろ」
頭に巻いた鉢巻をぎゅっと結びなおし、大剣を担いで来た道を歩いていった。
その足取りは軽く、少し鼻歌が混じる。
だがその鼻歌は途中で途切れることになった。
風を切る音とともに巻き直した鉢巻の先端がちぎれて飛んで行ったのだ。
「っ!」
浮かれていたのか反応が遅れた椛は一瞬で大剣を抜いて構える。
背後は林、隠れるには最適なポジションしかない。
「誰ですか!」
耳を澄ませばカチャカチャと金属音がかすかに聞こえてくる。
(金属音……遠距離武器……銃?)
相手の獲物が何かわかれば対処は簡単だった。
姿勢を低くして大剣と左腕の演習用バックラーを楯に様子をうかがう。
やがてかさかさと林の中を走る音が聞こえてきた。
「速いけど音を立てすぎ……ん!」
眉間を狙った金属体を右手で掴む。
「矢? 河童の発明した自動射出機か」
いわゆるボウガンであり、手軽に高威力の矢を射れるため天狗の中にはこれの使い手も多い。
銃と違って小さくたためる他、発射音も限りなく小さく矢を回収可能で弾切れの心配もない。
「さすがに見え見え……あまりにも未熟」
椛はため息をついて大剣をしまった。
「出てきてください。あなたでは勝ち目がありません」
椛も少しではあるが忍天狗として任務をこなすうちに相対しただけで力量がある程度は量れるようになっている。
今回の相手は不意を狙ってくるだけあって大したことはないようだ。
「……。」
出てきたのは木の葉天狗の少年。
右手には小型のボウガン、一般的な白衣の略式戦闘服を身に纏っている。
「君は……」
少年は椛を一瞥するとその姿を再び隠した。
その表情は微かに悔しさを滲ませている。
(間違いない。さっき銀牙さんの教えていた子たちの中に……)
この後も銀牙の訓練を見ながら不意打ちを警戒して周囲に聞き耳を立てたり、時折千里眼の能力で見渡したりするも、この日は何も起きることなく椛は家路についた。
「ただいま」
外套を壁のフックにかけ、奥のリビングへと進む椛。
キッチンでは彪奈が夕食の用意を、先に帰っていた銀牙もその手伝いをしていた。
結婚した二人だが新居があるにも関わらずそっちに住むことはなく、使われていなかった一室に銀牙が転がり込む形で一緒に住んでいる。
「銀牙さん、私早速殺されそうになりました」
「は?」
今日起きた出来事を銀牙に話す椛。
銀牙はふんふんとうなずきながら聞いていたが、全部聞き終わるよりも先に頭を抱えて目を反らした。
「あー! その顔は何か知ってますね!」
「何かと言うか仕向けたの俺もやられたことがあるからな」
「え?」
「あいつの名前は五月雨快刀。忍天狗なら全員あいつを知っている。とはいえ天魔から忍天狗に任命されて以降お前には妖怪の山を離れてもらっていたからな、知らなくても当たり前だろう」
「まさか全員にあんなことを?」
「本人は力試しのつもりなんだろうな。ま、あの力量なら蚊に刺された程度だろう」
「もしかしてお姉ちゃんも?」
「あー初見で仲間だって気づかなかったから蹴り飛ばしちゃった。テヘ」
「は?」
「いやいや、それはないだろう」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと治療はしたから」
「彪奈、俺初耳なんだが」
「お姉ちゃん……」
彪奈の行動に思わず苦笑いする銀牙と椛。
その後は食事中も彪奈の起こした問題行動で盛り上がる。
だが銀牙は話に参加するものの別のことを考えていた。
(それも面白いかもな)
次の日、銀牙は全員を集めて椛が誰を担当するのか発表する。
教習生も楽しみにしていたようで一気にざわついた。
「えー、お前らにはあらかじめ伝えていた通り、椛の下に一人ついてもらう」
訓練用の木刀を振り回しながらニヤニヤする銀牙。
椛も今日はいつになくソワソワして落ち着きがない。
「快刀、こっちにこい」
呼び出されたのは昨日椛に不意討ちを仕掛けた木の葉天狗だった。
「え……」
快刀も驚いていたが一番驚いたのは椛の方だ。
「お前の不意討ちを完全に無力化したんだ、力の差はよく理解してるだろ?」
「…………。わかった」
(えええええ……意外とあっさり……)
確実に断られると思ってた椛はさらに驚きを隠しきれない。
「んじゃ後は任せたぞ。まあ俺が教えた通りにやればいいさ」
「は、はい!」
それからというもの、椛は銀牙の手を借りながらも快刀の教育に専念した。
最初の印象こそは悪かったが、快刀は比較的訓練に熱心であり椛の手を煩わせる事も減っていく。
忍天狗から教えを受けている者は受け持つ教官の判断で任務に同行することが許されている。
基本的に物を教える事が苦手な椛は銀牙からのアドバイスで快刀を任務に積極的に引っ張り出した。
「遅れないで!」
「はいはい向かってますよ」
(また軽い返事……もしかしなくてもバカにされてる?)
今日の任務は外の世界から迷いこんだとみられる人狼の捜索とその排除だ。
既に人里で6人犠牲者が出ており、逃げ込んだ先の妖怪の山でも既に数人襲われて怪我を負っている。
『というわけだ、行ってくれるな?』
『承知しました』
天魔に呼び出された椛とその付き添っていた快刀は顔を上げて返事を返す。
人狼は普段は人間とまったく見分けがつかず、人間だと勘違いして不用意に近づいてしまい普通の天狗達では歯が立たず忍天狗の出番となったのだ。
「聞いていた話だとこの辺り……」
最後に目撃された地点の近くで椛は自身の能力である千里眼と種族として強い能力を持っている嗅覚と聴覚をフルに使って周囲を見渡す。
「もうかなり移動したんじゃないっすか?」
ボウガンを準備しつつ木の上に登っていた快刀が降りて来た。
「それにしても一体どこに向かって……逃げるだけならわざわざ山なんて登らないはずなのに」
「妖怪の山に何かあってそれに引き寄せられたとか」
「ないよそんなの。天魔様なら何か知ってるかもしれないけど」
ここで千里眼を持つ椛が真っ先に異変に気付く。
微かではあるがこの先で瘴気が渦巻くのが見えた。
椛に遅れて気付いた快刀もすぐに椛を追いかける。
「拘束解除、神剣よ光れ!」
椛は腰の虎鉄を抜かずに光で形成された虎鉄を召喚して瘴気の方へと飛ばした。
合わせて快刀もボウガンを三連射。
快刀の矢はわからないが、椛は飛ばした剣が何かに当たる感触を感じた。
「仕留めた?」
「俺が行きますよ」
ボウガンをしまってナイフを取り出した快刀が茂みの奥へと突っ込む。
「ちょっ、こら! 一人で突っ込むな!」
しかしその先には何もなく、3本の矢が木に刺さっているだけだった。
「逃がした……くそっ」
露骨に落ち込む快刀。
だが椛は回収した矢の先端を見て地面に目を向ける。
「いや、外したんじゃなくて貫通したんだ。血が付いている」
矢の先端には少しどろっとした黒い血の塊が付着していた。
足元の地面にも血痕は続いている。
「追うよ」
虎鉄をしまって血の続く方へと走る椛。
怪我をしているなら追い付くのは容易になる。
案の定少し走ると数メートル離れた木の陰を走っていく姿が見えた。
「次こそ!」
少し開けた場所に出た人狼の頭上を快刀がジャンプで通り過ぎて先を塞ぐ。
「逃げ場はない。諦めて投降しろ!」
椛が警告するも人狼はまだ逃げようと機会をうかがっている。
「こいつ……」
椛の警告をまともに聞かないのに反応して快刀はボウガンに矢をつがえた。
その直後。
思わず防御の体勢をとるほどのまばゆい光と爆発がこの場にいた全員を襲った。
「なっ!」
間一髪召喚した虎鉄での防御が間に合った椛は爆風と光が収まるより早く剣を構える。
まだ光で視力が奪われているようだが快刀は無事だ。
人狼はさっき降ってきたとみられる人物に首を捕まれ持ち上げられていた。
白い光輝くマントから覗く左手が人狼の首をギリギリと締め上げる。
人相はフードを深々と被っているせいでわからない。
「な、なんだ?」
ようやく回復した快刀は何が起きているのか理解が追い付いていないようだ。
白マントはそのまま人狼の首を握り潰し、ちぎれた頭を地面に投げ捨てた。
首から上を失った胴体は膝から崩れ落ち、血を吐き出しながらドサリと倒れる。
「な……なんなんだお前!」
ボウガンを構える快刀の手はかすかに震えているようだ。
「待って! まだ!」
椛は制止したが少し遅かった。
鈍い機械音と共に矢は発射されてしまい、射線上にいた椛と白マントはさっと回避する。
そこから白マントの動きは明らかに敵対的になった。
快刀の方に一瞬にして詰め寄り、さっきと同じように左手で快刀の首を掴もうと手を伸ばす。
その隙に椛は召喚した虎鉄を3本投げてターゲットを自身に向けさせた。
ガキィン
椛が振り下ろした大剣は白マントの左腕に防がれただけで折れて切っ先が快刀の足元に回転しながら落ちる。
「うそ……」
油断して次の攻撃が見えていなかった椛は無防備な腹部に蹴りを受けて後ろに吹き飛んだ。
とっさの判断で剣を捨てて腰の短刀を抜く。
「来い……こっちに来い!」
受け身ですぐさま立ち上がり、構えると同時に白マントも間合いを詰めてきた。
大剣を簡単に折る相手に短刀で出来る事は少ない。
左手をスレスレで逸らしつつ召喚した虎鉄と蹴りで間合いを開ける。
椛も部下を付けられるレベルまで成長してはいるがそれでも致命傷をかろうじて避けるので手一杯だ。
(虎鉄を抜くしかない……!)
一旦下がった椛は右手を正面にかざす。
今度は複製品じゃなく本物の虎鉄を召喚するのだ。
『使うのは勝手だがあまりあてにしすぎるなよ』
虎鉄が警告してくるが椛は召喚をやめない。
「あてにしないと私の実力じゃどうにもならない!」
『それ自体は悪くない。悪くないがどうやらあれに我が能力は通用しないようだ』
「気にしてられない!」
抜き放たれた本物の虎鉄の輝きが広がる。
あまりの光に快刀と白マントが一瞬顔を覆う動作を見せた。
「これで!」
白マントに向かって虎鉄を振り下ろす椛。
しかしここで衝撃の事態が起きた。
「な……確かに斬ったのに!」
虎鉄は身体をすり抜けて地面に突き刺さる。
椛も快刀も目を見開いて地面に刺さった虎鉄を見つめた。
『だから言ったはずだ。あれは我と同種の力、我の能力ではやつに傷一つ付けることは出来ないだろう』
「なら最初からそう言ってよ!」
言葉足らずな虎鉄に怒る椛だったが白マントの蹴りで虎鉄と一緒に飛ばされる。
木に激突した椛とその足元に滑ってくる虎鉄。
次に椛が顔を上げたとき、そこに白マントの姿はなかった。
天魔への報告を終えて帰路につく椛は腕を組んで思案にふけながら歩いている。
天魔の話によると似たような人物の目撃情報がちらほらと出ていたらしいが実害はこれが初めてとのこと。
そして何より。
(虎鉄って桔梗さんが使っていた頃は元々実体化してたと思うんだけど……)
所有権が桔梗から椛に移ってからというもの、椛の使う虎鉄は実体を長時間は保てなくなっていた。
だがそれでも椛が召喚すれば実体のある剣として使えてはいたのだ。
今までは。
(物をすり抜けるなんて初めての事だったからびっくりしたけど)
白マントの行方はわからない上、頼みの綱の虎鉄は白マントに対して無力だった。
(私には虎鉄しかないのにこのままで忍天狗の戦力になれるのだろうか……)
悩めば悩むほど頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「やめた! そんなこと気にしてても始まらない」
答えが出ることはなく、とうとう椛は考えるのをやめた。
同じ頃こちらも特に何の役にも立たなかった快刀は一人ふらふらと幻想郷をさまよっていた。
圧倒的な力の前に神剣と言われるほどの剣を持つ椛ですら敵わなかった相手に自分が一体何の役に立つのか。
思えば他の天狗達に自分の能力が通用しない時点で察するべきだったのかもしれない。
認識を書き換える程度の能力。
自分の思い描いたように相手の認識を変える能力だがこの能力には致命的な欠点がある。
自分よりも格下、つまるところ自分よりも弱い相手でなければかからないのだ。
忍天狗の訓練を受ける過程で一通り試したが誰にも通用しなかった。
『力を欲するか……』
ふと声をかけられた気がして後ろを振り返る。
自覚していなかったがいつの間にか魔法の森まで来ていたようだ。
「だ、誰だ!」
震える声で声の主を探す。
同時に快刀は自分の周囲が異常に寒くなってきている事に気付く。
肩を震わせる快刀。
その右肩に誰かの手が触れた。
驚いて飛び退く快刀はすぐにボウガンを抜いて矢をつがえた。
『その野望、その野心。私が有効に使ってやろう……』
暗闇から伸びてくる無数の手。
叫ぶ間もなく快刀は暗闇に飲まれて消えた。
森は一層激しく枝を揺らす。
夜はさらにふけていく。




