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episode26『霧雨の晴れる時』







 少し時を遡り、黄龍が倒された少し後の幻想郷。


 魔理沙は一人暗い部屋の中一冊の本を読んでいる。


 弾幕ごっこではない本物の戦いを目にした魔理沙は自分の知る世界がただの遊びでしかなかった事を知った。


 そして魔理沙は一つの結論に至る。


 スペルカードに頼らない本物の力が欲しいと、パチュリーやアリスのような力が。


 それは魔理沙がずっと願ってかなわなかった物。


 これは四神異変の後、魔理沙がたどった軌跡。








『私ね! 魔法使いになりたい!』


 まだ小さい頃、そんな事を言い出した事がきっかけで魔理沙は勘当されることになる。


 初めて魔法を見たのは香霖堂での事だった。


 霖之助に遊んでもらおうと香霖堂に向かうと、そこでは見慣れない服を着た女性が親しげに話している。


 知らない人に怯える魔理沙は店の入口からじっと女性を見つめることしか出来なかった。


 魔理沙の姿に気付いた霖之助は魔理沙に手招きするも、魔理沙は陰から出てこようとしない。


 女性はくすりと笑うと、袖口から何かを取り出す。


 それを手に取り、フーっと息を吹き掛けると小さな紙ふぶきがあっという間に折り鶴になり店の中を舞う。


 魔理沙はそれに見とれて折り鶴に手を伸ばした。


 7色の折り鶴は散り散りに舞った後元の紙ふぶきになり女性の袖口へと戻る。


 いままで見たことのないその力に幼い魔理沙は心を奪われた。


 それが魔理沙と魔法の出会い。


 結局その女性とはたった一度しか会わなかったが、その輝きにあこがれを抱いた魔理沙は魔法使いになるための一歩を踏み出していった。







 しかしその道のりは険しく、魔理沙は多大な犠牲を払う事になる。


 まず両親が反対した。


 人里では知らない人間などいない霧雨道具店。


 その跡継ぎとして教育を受けていた魔理沙の突然の発言に両親はひどく困惑したのだ。


 魔理沙に怒るだけでなく、その矛先は霖之助にも向けられる。


 目の前でこっぴどく叱られる霖之助に、魔理沙は自分のことではないのに涙した。


 霖之助と会うことを禁じられた魔理沙は少しずつ独学で魔法の勉強を始める。


 初めは失敗しかしなかった。


 両親にばれないように店番の傍らこっそり実験に勤しんだ。


 弟の想魔にはばれていたようだが、想魔は両親と魔理沙の関係が更に悪くなる事を危惧して何も言わなかった。


 そうやって勉強していくうちに10年以上の月日が過ぎていく。


 魔理沙は妖怪が悪さをする異変という物の存在を知った。


 直接人間に被害が出ないものから出るものまで多岐に渡り、そのたびに博麗の巫女が静めるのだという。


(博麗といえばあの時神社で会った子も博麗だったか……)


 ふと魔理沙は博麗神社で出会った少女を思い出す。


 両親に連れられてお参りに行った時、巫女の傍らに立ってた少女は小さいながらも巫女服を着こなし、境内の掃除を手伝っていた。


 もちろん少女とは小さい頃の霊夢なのだが当の魔理沙は覚えていない。


 それよりもこの異変のシステムの面白さに気付いたのだ。


 異変は普段抑圧されている妖怪達の言わばストレス発散のためのレクリエーションのようなものであり、人間と妖怪が長く付き合っていく上で必要となる。


 妖怪は自分の力の一端で人間に挑戦し、対する人間の代表博麗の巫女はそれを静めるのだが、そこに明確なルールはなく、今のところは妖怪達が自らの力を誇示するための行為になっていた。


 別に異変を治めるのは巫女でなくてもいい。


 異変の歴史を調べていくと何件か巫女の手が及ぶまでもなく解決された異変があった。


(これは私の魔法を試す良い機会だと思う。もしかしたらうまく行くかも)


 魔理沙の手には和紙で折られた小さな折り鶴。


 この日から魔理沙は実験の場を外に移した。


 だが同時に問題も起きてしまう。


 なかなか帰らない魔理沙を心配した想魔が魔法の森で迷ったのか帰ってこない。


 そんなことになっているとは露知らず、魔理沙はこっそりと自分の部屋に戻ってその日の実験結果をまとめていた。


 魔理沙に気付かない両親は真夜中になっても帰ってこない魔理沙と想魔を心配して、人里の男達と博麗の巫女まで集めて大規模な捜索活動を始める。


 結果、想魔は魔理沙が実験場にしていた秘密基地付近で見つかり、魔理沙はこっぴどく叱られる事となった。


『出ていけ! もうお前の面倒など見きれるか!』


『言われなくたってこっちから出ていってやる!』


 勘当。


 それが魔理沙に言い渡された結論だった。







「思えばあの事件があったからここまで来られたのか」


 魔理沙はぐちゃぐちゃに崩れた本の山からボロボロのミニ八卦炉を取り出して埃を払う。


 この八卦炉は魔理沙が勘当された時に霖之助がくれた物だが、魔理沙のここ最近の急激な成長と共に魔力量に耐えられなくなり今は研究資料の下に埋もれていた。


「勘当されて、邪魔な物がなくなって、目標が出来た」


 ここまでの一連の経緯から魔理沙は家を出ることになり、秘密基地とは別に実験用の素材置き場に使っていた森の中の古い家屋に住み着くようになる。


 もともと適正もあったようで魔理沙の魔力は着実に成長していった。


 霖之助にもらった書物から魔法の森に生える植物を素材にマジックアイテムを作って実験をするようになったのもこの辺りからだ。


 そしてある1つのマジックアイテムと出会うことになる。


「八卦炉?」


 勘当されてほどなくして魔理沙は霖之助から小さな魔力炉をもらっていた。


「本当ならもう少し大きいんだけどね。さしずめミニ八卦炉といったところか」


「もらってもいいの?」


「もちろん、魔理沙のために調整したんだから。壊れたらまた修理するしぜひ使ってくれ」


 魔理沙は制御が比較的簡単な属性を持たない魔法の多くをこの八卦炉を使って習得していく。


「思えばこれとも長い付き合いだな」


 魔理沙の手の中にはもう壊れてしまった八卦炉。


 先の戦闘が終わった直後に八卦炉は内側から吹き飛んでしまった。


 まるで緊張の糸が切れてしまったかのように。


 いずれにせよ、この八卦炉の容量では日々成長を続ける魔理沙の力には耐えられなくなっていたところだ。


 修理も考えたが結局そのまま保管することにした。


 今後は使うこともなくなるのだから。


 種族としての魔女になるために必要な物。


 それは二つの魔法とそれを受け入れる覚悟であるとされている。


 魔理沙の最終目標は自分にある魔法使い、魔女としての高い適正を真の意味で覚醒させること。


 そのために魔理沙は自分よりはるかに魔法に精通している二人の少女たちから知識を盗んでいった。


 そしてついに魔法は完成する。


 食事の代わりに魔力で生活できるようになる「捨食」の魔法と、身体の成長が止まる「捨虫」の魔法。


「魔法自体は完成したけど……」


 この時の魔理沙にはまだそれを使う勇気はなかった。


 この2種類の魔法の研究のために散らかり放題だった部屋も今となっては必要のない物だらけだ。


「掃除するか……」







 まず取りかかったのは大量の本の移動。


 大半はパチュリーの図書館から借りた物ばかりだが、その中にアリスの家から持ってきた本が混ざっていたり、自分で書いたノートをまとめたファイルも含まれている。


 ため息をつきながらもまずは本の中身を確認しながら3つに手早く仕分けていくことにした。


 ずいぶんアナログな魔法使いもいたものだなと自分にツッコミを入れつつ一冊一冊手で仕分ける。


 中にはどっちから借りた物かわからなくなった物もあり、その判別には魔力感知の魔法を使う。


 確かパチュリーから借りた本の中に書かれていた魔法だが、まさかこんな形で役立つとは当の魔理沙も思わなかった。


 仕分けは順調に進んでようやく1/3が片付いてきた頃、とある人物が魔理沙を訪ねて来る。


「片付けなんて珍しいね。どういう風の吹きまわし?」


「なんだ想魔か。お茶は出ないぞ」


 訪ねてきたのは魔理沙の弟の想魔だった。


 部屋の外まで散らばっている本の数に多少引き気味の想魔は背負ってきたかばんを部屋の中に置くと魔理沙の隣で本に手を伸ばす。


「これだけ多いと大変でしょ。僕も手伝うよ」


「いいよやらなくて。要件だけ済まして帰ってくれていいから」


「用事自体は大したことないよ。先に片付けてしまおう」


 手伝うと言って聞かない想魔に根負けした魔理沙は2、3指示を出してまた片付けに戻る。


 さすが霧雨道具店の現店主というところか、日頃から数多くの品物を扱うだけに想魔は仕分けの速度が魔理沙より格段に早い。


 日が傾きかけた頃には全ての本の仕分けが完了した。


「助かったぜ。ところで店の方は良かったのか?」


「別にこれぐらいどうってことないよ。今日は定休日だからね」


 そうかと魔理沙はお茶を淹れて想魔に出す。


 だが考えてみれば霧雨道具店には定休日などない。


 その一点に気付いた魔理沙は不思議そうな顔をした。


 一方の想魔はというと自分のかばんをしきりにごそごそしている。


「何やってるんだ?」


「今日はお姉ちゃんに渡すものがあってね」


 想魔がかばんの中から取り出したのはきれいに磨かれた魔力炉だった。


 金色で施されたエングレービングが目を引くその魔力炉を想魔は魔理沙に手渡す。


「これは……」


 一目見ただけで気付いた。


 間違いなく魔理沙の父親が入れたエングレービングだ。


「お姉ちゃんが出ていってしばらくして、人里にもお姉ちゃんの噂は届くようになってね。実はお父さんも何だかんだで心配だったみたいで……うちにあった古い魔力炉を修理に出して使えるように調整してたみたいなんだ」


 魔理沙の持つ八卦炉に比べて一回りほど大きいが、いつでも使えるように調整されていたらしく魔理沙が手に持った瞬間に光を放ち始めた。


「とはいえ勝手に持ち出して良かったのか? まだ私のとは決まったわけじゃ……」


「死んだんだ、お父さん」


 想魔の言葉に魔理沙の手から魔力炉が転げ落ちる。


「多分昨日の夜中に。朝なかなか目を覚まさないから様子を見に行ったら既に死んでたよ。全然苦しんだ様子もなくって……安らかな表情をしてたよ……」


 そこで全てを察した。


 想魔は今日が休みだからここに来たわけじゃない。


 喪中で無理矢理休みにしたのだ。



「今からでも遅くないよ。別に帰りたくなければ帰ってこなくても良い。でも最後ぐらいお父さんにちゃんと会ってほしい」


 俯く魔理沙。


 考えもしなかったせいか頭の中で色々なことがぐちゃぐちゃになっている。


 死んだ。


 父親が死んだ。


 ルーナリアが来た日、想魔の言うことを聞いて家に帰っていれば生きている間に顔合わせが出来たかもしれない。


 だが今となってはもう全て遅すぎた。


 魔理沙はちゃぶ台からよろよろと立ち上がると、自分の机に戻って頭を抱える。


「葬式は明後日だからそれまでに会いにきてよ」


 想魔はかばんを背負うと、そのまま家に帰って行った。







 次の日、魔理沙は本の返却に奔走する。


 つらい事実から逃げるように。


 かさ張るので持っていく本は魔法で圧縮して背中のリュックに押し込めてきた。


 これも借りた本から覚えた物だが普段から魔力瓶をポシェットに大量に収めるのに重宝している。


(さてと、どう返したものか……)


 少しでも荷物を軽くするためにまずはパチュリーの元を訪れた魔理沙だったが、今日はなぜか紅魔館の門の前で立ち往生していた。


(珍しく起きてるじゃん)


 門番の美鈴は片手で青竜刀を振り回しながら周囲を警戒している。


 探知能力に優れる美鈴にずっとにらまれているせいでなかなか草むらから出られない。


 しかも今日に限って紅魔館の上空には魔法による結界が張られており、空からは侵入出来なくなっていた。


(仕方ない、正面から堂々と中に入るか)


 諦めて草むらから這い出る魔理沙。


 その目の前に青竜刀が突き立てられた。


「悪いね魔理沙、今日は誰も通すなって命令なんだ。いつもは通してたけど今日ばかりは本気で止めさせてもらう」


「珍しく起きてると思ったら精が出るな美鈴。なら正面から正々堂々突破するぜ」


 箒に足をかけて飛び上がる魔理沙。


 その手には新品の魔力炉がしっかりと握られている。


 が、魔理沙が離脱するよりもはるかに早く美鈴が背後に回り込む。


「な……!」


「二回も言わせないで。今日のところはお引き取りを」


 美鈴は右足を高く振り上げ、踵落としの要領で魔理沙を地面に叩き付けた。


 咳き込む魔理沙がゆっくりと上体を起こすと、美鈴はゆったりとした足取りで元の場所に戻っていくのが見える。


 いつもとは様子がまったく違う美鈴。


「くそっ……はぁ……」


 観念した魔理沙は本を包んだ風呂敷を美鈴に見える位置に置いて立ち去ることにした。


「この本、パチュリーに返しといてくれ。あと、迷惑かけたって」


 それだけ言い残して魔理沙は飛び去る。


 美鈴はそれを見送ってため息をついた。


「魔理沙なら行きましたよ。まったく、面倒な役割押し付けないでください」


 美鈴は扉越しに外をうかがっていたパチュリーに声をかける。


「多分完成させたのね。あの魔法を」


「どんな魔法かは存じませんけど追い返す事はなかったのでは?」


「今までは人間だったからスルーを許してたのよ。でも魔女とあれば話は別なの」


「魔理沙が魔女に……ですか」


「そうよ、あなたも覚悟しておきなさい。次会うとき魔理沙は今よりはるかに強くなっている」


「その辺はご安心を。手を抜かず全力でお相手致します」


「まあ貴女なら大丈夫よね。レミィの懐刀である貴女なら」


「あ、久しぶりに聞きましたねそれ」


「手を抜きすぎるから中国なんてあだ名付けられて馬鹿にされるのよ」


「いいじゃないですか。しょせんはごっこ遊びですよ」


「そうね」


 パチュリーは小悪魔達に本を持たせると、屋敷の中へと入って行った。







 次に魔理沙が向かったのはアリスの家。


 これでほぼ全ての本を返し終わる。


 だが家には誰の姿も無く、棚にちょこんと座る人形も動く気配すらない。


(出かけてるのか?)


 いつもならこっそりと侵入するところだが、今日に限ってそれを躊躇した。


(…………。)


 さっき紅魔館で門前払いを食らったせいか、魔理沙も少し弱気になっているようだ。


 結局忍び込む事も出来ず、持ってきたかばんをそのまま家のドアノブにかけて帰った。


 全速力で逃げるように家に帰る途中、魔理沙の頬を涙が伝っていく。


 涙の粒は次第に大きくなり、魔理沙の視界を遮るようになってきた。


「くそっ……この……っ!」


 涙を拭う瞬間目の前の枝にぶつかり、真っ逆さまに落ちていく。


 箒を握る手が離れ、魔理沙は木の枝を何本も折りながら地面に墜落した。


「くそ……もう……」


 あちこちを擦りむいて全身がヒリヒリと痛む。


 魔理沙は地面を叩きながら必死に涙を拭った。


 何の涙なのかわからない。


 やるせない気持ちをこらえながら木の隙間から見える空を仰いだ。


 そんな時魔理沙の手に触れる固い感触があった。


 父が自分のために用意してくれた魔力炉だ。


 ここでようやく涙の意味を理解した。


 勘当されたけど、叱られたけど、やっぱり自分の父親は一人しかいない。


 どんなにわからず屋でも、どんなに頑固でも、最後には自分を後押ししてくれた。


(…………。)


 少し気分が晴れた気がする。


 会いに行こう、もう話すことさえ叶わないけど。


 そう思い立つと木に引っ掛かっている箒を手元に引き寄せて飛び立った。


 一路、自分の本当の家へ。







 同じ日の夜遅く、丑三つ時。


 黄龍を倒した後消えたはずの霊莉は一人森の中をさ迷っていた。


 てっきり自分も元の場所に戻るものだと思っていたが、気づくとなぜか現代の幻想郷にいる。


 だがその理由はすぐに気付いた。


 森の奥、自分に似た何かを感じとる。


 瘴気の塊、復讐と怨念の籠った視線が自分に向けられていた。


(こいつは……)


 考えるよりも早く身体が動く。


 構えを取った瞬間に攻撃らしきものが飛んできた。


 すかさず払いのけて自分の霊力を込めた拳を瘴気に向けて叩き込む。


 空を切る拳だが、確かに感触はあった。


 そのまますぐに夢想天生を発動する。


 この程度の瘴気なら体内に取り込んで浄化出来るはずだ。


 しかしその目論見は外れる事となる。


『やはりそう来たな、博麗の巫女』


「何?」


『貴様の戦い方は前の戦いでだいたい把握していた。お前の力は相手の闇を自らに取り込むことで能力強化と浄化を同時に行う事が出来る。なら私を取り込もうとする』


「貴様まさかあの時の……」


『もう遅い。復讐の成就のためお前の身体を奪う!』


 これまでに取り込んだ全ての悪しき心が全て解放され、白い巫女服を黒く染めていく。


 新しく形成されたお面の下、口元が歪に歪んで笑いがこぼれる。


 やがて高笑いとなり、巻き起こる風に木々が大きく揺れた。



 この日より魔法の森の一角は異質な空間へと変貌し、解決するまでの間人、妖怪問わず立ち入り禁止となる。


 



 全ては独りよがりな復讐のために

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