episode25『嵐は去る』
注意
ここからはepisode16『この身朽ち果てても』以降の別ルートになります
虎鉄の光が一つに収束していく。
その光は暖かく、全てを優しく包み込んでいった。
「桔梗さん……?」
身体の文字列が消えていくのを見て霊稀が顔を上げる。
上空では黄龍と桔梗が睨み合っていた。
虎鉄の光は幻想郷中に広がって文字列を一つ残らず消し去り、既に消えた人々を復元していく。
「な……」
「これで終わりにしよう、黄龍」
桔梗の右腕を失った傷口から光の翼のような物が広がる。
「かかって来い!」
「このプレイヤーデータ風情がぁ!」
黄龍は剣を大量に召喚しながら桔梗に再び突っ込んだ。
桔梗もそれを回避しながら黄龍に向かって空を蹴る。
「これが、皆の願いっ! 神剣『幻醒覇斬剣』!」
桔梗の虎鉄と黄龍の剣がぶつかり合ったその瞬間。
幻想郷は真っ白な光に包まれていった。
「終わったな」
一人神社の上空で戦闘の様子を見ていた暗夜天が口元を綻ばせる。
そして全てが光に溶け合った時。
強烈な衝撃波は周囲のあらゆる物を吹き飛ばした。
光の中、動かない黄龍の胸に桔梗は左手を突き入れる。
その手には光輝く小さな箱が握られていた。
「終わった。これで幻想郷は黄龍の手には渡らない」
桔梗は腹を貫通している黄龍の剣を引き抜いて遠くへと投げ捨てる。
しかしそこで力尽きてしまった。
右腕からの失血と最後の一撃が致命傷になったのだ。
落ちていく桔梗。
それを白い服を纏った女性が抱え上げる。
「これで終わった。幻想郷は守られた。でも……あなたの存在は今や幻想郷そのもの。あなたが消えれば幻想郷の枠組みは崩れ去る」
女性は光となり、桔梗の身体を覆い尽くしていく。
「私がそうはさせない。あなたの努力を無駄にはしない」
女性、シエレーナ・セラフは桔梗の身体と融合すると、その場から消え去った。
同じ頃、幻想郷を外から眺める者達はその目を疑うことになる。
スーパーコンピューター那由多が自らの意志で幻想郷のデータを隠したのだ。
もう誰も、幻想郷には干渉出来ない。
光が収まると、そこに黄龍と桔梗の姿はなかった。
霊夢達は辺りを探すも、痕跡すら見つからない。
切り落とされたはずの右腕でさえもだ。
「一体何がどうなったの?」
「わからないけど、異変は解決されたようね」
霊緋は消え去りつつある自分の身体を見下ろしてため息をつく。
異変が解決されたことにより、他の世界から来た者の存在が消えつつあるようだった。
「まあ楽しかったよ。私の後にも博麗の伝統は続いている。それが知れただけでも満足かな」
「その……おか……霊緋さん」
「あんたちょいちょいお母さんって呼ぼうとしてない? え、何、私結婚すんの? にしてはあんた私には似てないわね」
「あ……えと……」
言葉につまる霊稀。
「冗談よ。大きくなったわね」
霊稀の頭をそっと撫でる霊緋。
霊稀の方が身長が高いせいで霊緋は少し背伸びしている。
「ちょっと大きくなりすぎじゃない? 感動のワンシーンなのに私すっごく惨めな気持ちなんだけど」
「ご、ごめんなさい」
「でも安心したわ」
霊緋の身体はもうすでに向こう側が透き通って見えていた。
「なんだどうした。お前も頭撫でてほしいか?」
霊莉は霊緋と霊稀の二人を見つめる霊夢を肘でつっつく。
嫌がる霊夢だがそんな素振りを見せるだけ霊莉が調子に乗るのでそっぽを向いた。
「まあ私はお前が仕事を投げ出さなくて安心した」
「何よ。そんな風に思ってたの?」
「……色々あったしな」
「大丈夫、うまくやってるよ」
「そうか」
そっと消えていく霊緋と霊莉。
博麗神社でも同じような現象が起きていた。
「はい、これ」
綾音はきょとんとする文に自分のカメラから抜いたフィルムをケースに入れて渡した。
「未来の事象は過去に持ち帰ってはならない。これは置いていくわ」
「でも……それだと……」
文の口を素早く覆う綾音はそっと首を横に振る。
「今未来に起きることを聞いてしまうとこの瞬間の文はいなくなっちゃう。だから何も聞かないわ」
綾音は銀牙と彪奈にアイコンタクトを送る。
二人はそれだけで察してうなずいた。
消えていく綾音。
完全に消えたところで文は泣き崩れた。
こうして長かった異変は終わりを迎える。
博麗神社の屋根に上っていた暗夜天も全てを見届けると小さくため息をついて消えていった。
紫はその背中を見送ると戦闘区域に目を向ける。
またボロボロになった幻想郷。
今度は黄龍もいない。
「時間、かかりそうね」
この奇妙な異変から数年、元の世界に戻った二人は死の瞬間を迎える事になる。
「嫌だ……来ないで、来ないでぇ!」
剣をむやみやたらに振り回しながら文が尻餅をつく。
その目の前には、口から仲間の腕と血を滴らせる怪物。
全身真っ暗で生物とは思えないようなシルエットなのは変わらず、ただ図体だけが異常に大きい。
怪物は上を向いて口の中に収まっていたものを飲み込むと、足元でしゃがみ込む文に目をつけた。
「嫌……嫌……」
怪物は大口を開け、丸飲みしようとするが、文はさっきから足がすくんでいるのか立ち上がる気配がない。
周りの人は皆一目散に逃げていく。
「助けて……嫌ぁぁぁ!」
その時、綾音の足は無意識に動いていた。
怪物と文の間に割って入り、両手を大きく左右に広げる。
その瞬間、綾音の脳裏には成長した文との思い出が微かに流れていった。
最後の瞬間、文は綾音に何かを伝えようとしていたのをふと思い出す。
ああ、きっとこれの事だったんだなと頬笑む綾音。
文は綾音に死んでほしくはなかった。
だから最後の瞬間に綾音がこの先どうなるか伝えようとした。
自分の代わりに怪物に食われて死ぬと。
(ごめんね、ありがとう。文……)
そこで視界は真っ暗になる。
腹の中の子供ごと怪物は綾音を食らった。
大量の血を滴らせながら綾音の身体を噛み砕く怪物に文は自分が助かったことと代わりに綾音が食べられたことを同時に知ることになる。
変わってしまった歴史が一つ、元に戻った。
そして霊緋もその場面に直面する。
暗夜天の一撃をもろに受けた香澄を受け止めた霊緋はそのまま博麗神社の境内に叩き付けられた。
あまりの衝撃に咳き込む霊緋。
その時、桔梗の叫び声で全てを察した。
目の前で今まさに殺されそうな霊稀。
ここで異変で未来へ行った時の記憶が蘇ってきた。
もしここで霊稀を失ってしまえば全てが壊れてしまう。
暗夜天はその手に持つ鎌を霊稀に突き立てようと振り上げる。
幸いにもこちらが動ける事には気付いていない。
「やめろ……やめろおぉぉぉぉぉぉ!」
動けない桔梗の叫び。
霊緋は香澄を押し退けて二人の間に入るとそのまま自分の身体で鎌を受け止めた。
ザシュッ
あまりの激痛に思わず悲鳴をあげてしまいそうになる。
「ごふっ……なん……とか……まにあった……」
おびただしい血が流れていく。
「れ、霊緋!」
左半身が麻痺して痛みもだんだんと消えてくる。
もう長くは持たないだろう。
でもここで死ぬわけにはいかない。
今死ねば霊稀はたった一人残される事になるのだ。
「やっ……と……つか……まえた……」
なんとか動く右手にお札を持って鎌に手をかける。
そして詠唱するのは博麗の家に伝わる最高位の術。
「むそう……てん……せい……!」
周囲の生き物を自分の夢の世界に引きずり込むこの技を暗夜天と桔梗にかける。
暗夜天には悪夢を見せて時間稼ぎを、桔梗には自分からの遺言を伝える夢を見せた。
淡々と遺言を伝えていく霊緋。
だが、やはり霊緋は霊稀の成長を最期まで見たかった。
その思いが込み上げてきて涙として流れていく。
桔梗は話を止めるようにそんな霊緋を抱き締める。
異変により狂った事象は元に戻った。
二人しか知らないロストヒストリーはここで幕を降ろす。
そして10年あまりの歳月が流れた。
日に日に誰もが成長していく。
身体も、心も。
世代は移り行く。
博麗神社の境内。
霊夢は一人神社の掃除をしている。
降り積もった落ち葉の山に嫌気が差しつつ、階段の方をチラチラと誰かを待っているような素振りを見せていた。
やがて話し声が聞こえてくると、箒を置いて階段に向かう。
上がってきたのは神主衣装に身を包んだ男と小さな女の子。
女の子の方は霊夢によく似た巫女服を着ている。
「ただいま、おかーさん!」
「おかえりなさい霊歌。ちゃんとおいも買ってこれた?」
「うん!」
霊夢の娘、霊歌は頭を撫でられて喜ぶ。
「じゃあ焼き芋しよっか。あなた、マッチは……」
「あるよ。火は起こしておくから二人はさつまいもを包んでくるといい」
「はーい!」
霊歌の元気な返事に思わず霊夢達の頬が緩む。
その姿を木の後ろからこっそりと見る霊稀は安心したような顔でその場を去った。
途中、自分と同じように霊夢達を覗く人影がいることに気付くとその肩を背後から忍び寄ってぽんぽんと叩く。
「わひゃあ!」
「そんなに驚くことか白黒の魔法使い」
「脅かさないでくれよまったく……あー心臓が飛び出るかと思った」
魔理沙は深呼吸で落ち着きを取り戻すと、ずれた帽子をくいくいと直して霊稀に向き直った。
「ん……見ない間にずいぶんな変わり様だな。霊夢に会いたくない理由はそれか?」
「なんかその……会い辛くて」
「お前は進むべき道を自分で選んで進んだ。それは無論霊夢もだ。だから何も遠慮することはないし、何も気にすることはない。元気な姿を見せてやれればそれでいいじゃないか」
「そうかな……」
「大丈夫だ。行ってこい」
神社に向かって飛ぶ魔理沙。
それを見計らってから妖夢が霊稀の隣に降りてくる。
「どこほっつき歩いてるんですか! 私の修行の手伝いしてくれるんじゃなかったんですか!」
「あーすまない妖夢。すっかり忘れてた」
「どうせそんなことだろうと思いましたよ」
「じゃあ行くか」
妖夢を連れて神社を去る霊稀。
後ろを振り返ると霊夢と魔理沙が何やら話をしている。
霊力の波長を感知するまでもなく楽しげに話しているようで、魔理沙の心配は杞憂だったようだ。
(よかったな、魔理沙)
「もっと下だ下! ちょい上! よしそこで固定だ」
銀牙は新たに完成した建物を見て頷くと、傍らで彪奈がめくる書類束を脇から覗く。
「搬入はこれで終わりか」
「あとは机とか家具類を運び込めばおしまい」
彪奈は持っていたペンで髪をかきあげると、銀牙にニコッと笑って見せる。
書類を持つ左手の薬指にはキラリと光る銀の指輪。
同じ物が銀牙の指にもはまっている。
異変の少し後、銀牙は彪奈にプロポーズした。
突然の告白に心底驚いた彪奈だったが照れくさそうにOKを出す。
姉の結婚に大喜びの椛とそれを大々的に新聞記事で取り上げた文とはたて。
天狗達の中で最もお似合いなカップルだった二人。
執り行われた博麗神社での結婚式には妖怪の山からだけでなくたくさんの妖怪や人間達が集まった。
それからも銀牙は忍天狗のリーダーとして、忍天狗を抜けた彪奈はその良き妻として妖怪の山のリフォームに尽力している。
最初に完成したのは山の麓にあった山道の監視所。
工事に従事していた妖怪達も歓声をあげる。
その様子を空高くから眺める者の姿があった。
「見てるか? 綾音。これが今の幻想郷だ。平和になったものだろう?」
天魔は嬉しそうに微笑みながら誰もいない虚空に語りかける。
「結局、賭けはお前の勝ちだった。銀牙は彪奈と結ばれたよ。もっとも、もうその賭けもお前がいなくなったおかげでチャラだ」
その時、地上から誰かが下から上がってきた。
天魔も待ち人が来たことを察知すると服の裾を正して武器をしまう。
「お、お待たせしました天魔様。その……私にご用とは……」
「固くならなくても良いよ犬走。まあお前の姉は固くならなさ過ぎて逆にダメだが」
「も、申し訳ございません! 姉には私からきつく言っておきます……」
呼び出された椛はあたふたしながら天魔の元に立つ。
その様子がおかしかったのか天魔はクスリと笑うと椛の肩をぽんぽんと叩いた。
「別にいいよ。あれぐらいがちょうど良いんだ」
「はあ……その、話したい事があるとの事でしたが……」
「ああそれね」
それだけ言って天魔はそっぽを向いてしまう。
話を途中で切ってしまい、何か機嫌を損ねてしまったかとまた焦り始める椛。
「あ……あの……」
「犬走椛、お前に頼みたい事がある」
「は、はい! 私に出来る事ならどんな事でも!」
「そんなに気負う必要はない。お前の姉、彪奈の代役を受ける気は無いか?」
「お姉ちゃんの代わり?」
「あーほら、彪奈結婚しちゃったじゃん? 迷惑かけっぱなしだったから慰労も兼ねて忍天狗の任務からは降りてもらったんだけど抜けた穴が大きくてねー」
突然垢抜けた口調に変わる天魔。
普段から銀牙や彪奈のような気の許せる相手にはこんな口調なのだろう。
あっけにとられた椛はああ、はいとこれまた気の抜けた返事を繰り返す。
「そこでだ、お前に忍天狗の一員として働いて欲しい。もちろんどうしても嫌だと言うなら無理強いはしない」
まさかの提案に唖然とする椛。
天魔直下の精鋭部隊忍天狗。
その存在は天狗達の憧れの的であり、椛もその例に漏れない。
だが同時に一点、椛には素直に首を縦に振れない点があった。
「天魔様……お言葉ですが私はあくまでお姉ちゃんの代わり。そういうことですね」
「そうだ」
姉である彪奈の代わり。
確かに彪奈は椛よりもはるかに優秀だ。
これまで姉の背中を見て鍛練を積んできたのに結局それでも姉のスペア程度にしかなれない。
その現実が椛をひどく落胆させた。
「今はな」
うなだれる椛が頭を上げる。
だがその頭が上がりきるよりも先に天魔の手が椛の頭に触れた。
「虎鉄に選ばれたとは言え、お前はまだまだだ。ならこれから学び、戦い、姉を越えていけば良い。時間はたくさんあるんだ」
天魔はそっと椛の頭を撫でる。
「それに代わりにお前を推薦したのは他でもない彪奈なんだ」
「え……」
「彪奈が自分の代わりには絶対妹をって聞かなくてな。ついにはリーダーの銀牙もOKを出した」
「…………」
「どう? やってくれる?」
「……てください」
「ん?」
「私に……やらせてください!」
「よし、良い返事だ。天狗の頭張る組織に入るんだ、それぐらい元気がないとな」
撫でていた手を突き出す天魔に椛はしっかりと手を握り返して答えた。
「なーんて良いですよね椛だけ。天魔様と一対一で話せて……」
文はスカートをめくりあげて扇風機の風を入れて涼む。
まだ夏の暑さが少し残る幻想郷。
隣で剣の手入れをしていた椛はため息とともにその道具を置いた。
「全部見てたわけですね」
「そういうことですよー。まったく私の取材の手伝いするって言ってたのにすっぽかすものだから心配しました」
「今ではお互いにそれなりの地位なんです。別に問題ないでしょう」
「…………なんと言うか椛、変わりましたね」
文は扇風機から離れると、書きかけだった新聞の制作に戻る。
「というか外見に関して変わりすぎじゃないですか? なんかかわいいよりもかっこいいって感じのイケメンになりましたし。あと乳揉まてせください」
「セクハラですか? 死にますか?」
虎鉄の力影響を受けたからか、急激に成長した椛は文やはたてよりも少し大人びた姿になった。
「にしてもあの椛がこんなになるなんてねぇ。この間の特集記事は飛ぶように売れましたよ。主に買ってたのは女の子らしいですが」
「え……」
「いやあよく知った友人がすっかり人気者になって私は嬉しいですよ。何だかんだで階級が入れ替わってる事を除けば」
「それを私に言われても困るんですが」
「あー! いーないーな!」
それだけ言って文はまた新聞を書き始めた。
変わってないなと椛はその背中を見つめる。
今や人気となった文の新聞だがその陰の努力を知る椛は少し心配そうな目をしていた。
その一方で作業をしていると見せかけて文は机の上に置かれた未現像のフィルムをじっと見つめている。
桔梗によって怪物の腹の中から取り出されたのはこのフィルムだけ。
そこに食べられたはずの綾音の上半身は無く、残された文はその場で泣きわめいた事は今でも覚えている。
せっかく見つかった遺品だというのに文にはこのフィルムを現像出来なかった。
だが桔梗と再会した事で心境に変化があったのか、文はこのフィルムの中身が気になり始めている。
(よくよく考えればおかしい事でした。食べられた部分は完全に消化されていたはずなのにこのフィルムだけは消化されなかった。何かあるに違いありません)
幻想郷は時折不可解な現象が起きる場所だから、これもきっと何かの異変なのかもしれない。
そんなことを考えながら文はため息をついた。
ユルサナイ
森の奥、木の根元できらりと光る鏡の破片から黒い瘴気が噴き出す。
瘴気は木々に染み込み、破片の周囲はあらゆるものが黒く変色していく。
やがて鏡から瘴気の塊がゆっくりと現れ、人の形を形成して地面に足を付けた。
コワシテヤル
瘴気の塊はギロリと目を見開くと、空を見上げる。
その手は空を切り、根元からぼろりともげた。
瘴気の塊はもげた腕をじっと見つめる。
その目の奥深くでは復讐の炎が燃えたぎっていた。




