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ショートストーリー002


 今日も心地好い風が吹く


 此処は幻想郷、様々な思いや願いの交錯する場所……



 SIDE:天凪 椿




 僕は弱い。


 桔梗や香澄姉、カンナに比べると力量の差は誰の目にもはっきりしている。


 桔梗と香澄姉が暗夜天を世界の境界に道連れにした時、僕とカンナはその場にいなかった。


 自分達の無力さを知り、絶望のあまり立ち尽くす。


 そして、時は無情にも過ぎて行く。


 僕は最期まで役立たずで終わるのだろうか。


 否、黄龍が眠りにつく直前にその好機は訪れた。









「ここは……」


 朝、目覚めた僕は周囲の景色が違うことに気付く。


 僕は確かに自分の部屋で、自分の寝床で寝ていたはずなのに、いつの間にか崩壊した集落の中にいた。


 そこは時折地響きを轟かせ、爆音と怒号の飛び交う場所。


『化け物め……みんな、かかれぇ!』


 男達が武器を握りしめて立ち向かう相手は見覚えのあるあのシルエット。


「黄龍……」


 ここはなんだ……これはなんなんだよ。


『母さん……母さん!』


『桔梗! こっちに!』


(桔梗?)


 その時、声は背後から聞こえた。


 そこには白虎の一族の親子が……。


『危ない!』


 どこからか飛んできた火球が僕の身体をすり抜けて親子の方へ。


 僕は二人に手を伸ばす。


 でも僕の手は届くことはなく、爆発と同時に目の前が真っ暗になった。


 これは……誰かの記憶?


 いや、これは桔梗の記憶か。


 まだ桔梗の小さい頃、白虎の一族は黄龍によって滅ぼされたのか。


 桔梗から聞いた話とはずいぶん違う。





 視界が切り替わって今度は雲の上の集落。


 あそこに立っているのは香澄姉か?


『香澄、お前はなぜ徴兵に応じない』


『お父様、私は……戦争などしたくはありません!』


『馬鹿者!』


 香澄姉の父親が香澄姉を張り倒す。


 平手打ちの音が痛々しい。


『情けない、お前は我等天翔家の名に泥を塗るつもりか!』


『お父様、私は戦争がしたくて勉強をしてきたわけではありません! 私は……』


『もういいお前の言い訳はうんざりだ!』


『お父様、どちらへ……』


『もう何も言うことはない。次の戦闘に出ないならお前は勘当だ』


 これは昔、聞いたことがある。


 この次の戦闘で、力が暴走した香澄姉は敵味方両方を壊滅させた。


 それ以来、香澄姉は絶対に本気を出さないことにしたらしい。


 なんなんだ? これは……。


 なんでこんな物を見せる。


 また視界が切り替わって今度は山奥の滝。


 岩の上で杖を構えるのはカンナだ。


 さっきの桔梗と同じぐらいの年だろうか、ずいぶんと幼く見える。


『なあカンナ、やめとこうよ』


『大丈夫だって。まあ見てなさい』


 杖を振って呪文を唱え始めるカンナ。


 だが魔法は失敗した。


 大爆発を起こした上、地形が大きく変わって川がせき止められてしまう。


 それだけでは済まない。


 カンナと一緒にいた男の子がなかなか起き上がらないのだ。


 腕や足はあらぬ方向に曲がり、その目に光はない。


『そんな……嘘……ねえ……』


『なにをやってるんだ!』


 大人達が血相を変えて走って来る。


 あれだけの大爆発だ、気付かない方がおかしい。


『私は……わた……』


『なんてことを……この魔法は危険だから使うなとあれほど言っただろうが!』


『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』


 ああ、これがカンナの過去。


 カンナは禁術に手を出したんだ。


 なるほど、四神はみんなこういうつらい過去を持っているのか。


 そう考えると僕の過去には何もないような気がする。


 何もないことはないけどここまでひどい過去は思い当たらない。


「どうでしたか? 他の三人の過去は」


 突然背後から声をかけられる。


 僕は素早く奉神銃『黒鉄』を抜いて振り返った。


 そこには光輝く白い翼を持った女性が立っている。


 その姿に見覚えはないが、黄龍にも似た雰囲気の女性はふわりと優しく僕に微笑みかけてきた。


「誰だ……貴女は」


「あらあら。私としたことが」


 女性は少し驚いたような仕草をしたあと、丁寧にペこりとお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。私は、シエレーナ・セラフ、あなた方にわかりやすく言うなら天使という種族の者です」


 天使?


 とりあえず幻想郷に天使なんて種族はいない。


 となると外界からの接触なのか。


「今日はあなたにお願いがあって来ました」


「お願い?」


「はい。幻想郷を滅びから救うためにはあなたの力が必要不可欠です」


 幻想郷が……滅びる?


 僕には彼女の話は眉唾にしか聞こえなかった。


 事実滅びる理由が一つもない。


「まあまあ聞きなさいな。これは既に決定した未来よ」


 そこにもう一人、シエレーナと同じような格好をした女性が現れた。


「この世界は黄龍の裁量一つで行く末が決まる。つまりそういうことよ」


「でも黄龍がこの世界を作った賢者の一人だ。破壊する理由は……」


「黄龍の狙いは、この世界を観測してデータを集めること。でももうその役目は終わった」


「あなたも気づいているかとは思いますが、私達は外の世界の存在、そこまで深くは干渉出来ません」


「それで僕を頼った、そういうことか」


「はい。黄龍に今最も近く、怪しまれずに動けるのは貴方だけです」


「……。」


 僕にはこの話はにわかには信じがたい物だった。


 それでも僕は彼女に協力し、黄龍よりも先に桔梗に虎鉄を起動させるために動くことを決めた。


 それがきっと幻想郷を救うと信じて。






「さあ起きるんだ、レティ・ホワイトロック。僕の代わりは、君に頼んだよ」


 僕は黄龍に察知されないように動くため、僕自身の能力をとある妖怪に移した。


 これはシエレーナの案だ。


 これからの動きは黄龍には絶対に知られてはならない。


 僕はこれから幻想郷を出て、桔梗の元へと向かう。


 時空の狭間に捕われた桔梗は今、未来の外の世界に放り出されている。


 僕の役目はシエレーナの力でそれよりも先に現地に向かい、桔梗を回収して記憶を消すこと。


 彼を見付けるために紫が動いているが、すぐに見つけられてはこちらの計画が狂う。


 彼は外の世界を、桔梗としてではなく別人の『ケイ』として生活することになる。


 その間に僕は虎鉄について調べなくては……。






 あれから何年経ったのだろうか。


 僕が完璧に隠しすぎたせいで紫達は未だに桔梗を見つけられないでいた。


 だがここで思わぬ誤算が生じる。


 シエレーナと同じく外から来た存在、暗夜天の再襲来だ。


 これには僕達も、そして黄龍も対処に困った。


 僕達は予定よりも早く桔梗を呼び戻すはめになり、黄龍は計画を遅らせることになる。


 紫はうまい具合に見つけてくれるのだろうか……。






 桔梗の記憶が戻らない。


 天狗が紫の策で桔梗の元に送られたにも関わらず、思った以上に桔梗の記憶の回復が遅いのだ。


 これはまったく想定外。


「困りましたね……」


 この事態にシエレーナも困惑した表情を見せている。


 暗夜天の目的は恐らく前回の異変と同じく幻想郷の破壊。


 対抗手段は桔梗しかいない。


「もう一度、僕が行きます」


 僕の手には以前桔梗に会った時、一緒に回収した虎鉄を封印したスペルカード。


 これは、賭けだ。






 僕は、耐えつづける。


 この最悪の事態を。


 僕は黄龍の側に着き、桔梗達を一時的ではあるが裏切った。


 暗夜天の目的は黄龍の排除、そのため黄龍をおびき出すために幻想郷を攻撃していたようだ。


 その暗夜天が向こう側に着いた。


 これなら安心だ。


 黄龍は虎鉄を抜いて桔梗に使わせることを画策しているらしい。


 有り得ない話だ。


 桔梗が快く引き受けるとは思えない。


 どうする気なのだろう。






 黄龍の狙いは桔梗ではなく桔梗の妖力だったのだ。


 それなら納得だ。


 桔梗のあの行動はあまりにうかつ過ぎだった。


 紫と霊夢を撃ったことは多分謝っても許してはくれないだろう。


 黄龍はこれで虎鉄を扱う手段を手に入れた。


 僕の背中には虎鉄が休眠状態の虎鉄がある。


 あと必要な物は……。


「あなたの活躍でなんとか虎鉄は間に合ったわね」


「あとは何が足りない?」


「虎鉄を扱える者、白虎の最後の生き残りである天結桔梗。彼でなければ虎鉄の真の力は引き出せない」


「やっぱり最後の鍵は桔梗……僕らがどれだけ苦労しても」


「でもあなたの働きで、黄龍ではなく今はあなたが虎鉄を保管している」


「そうだね。少なくとも今は、虎鉄はこちら側の手中にある」


 あとは時が満ちるのを待つのみ。






 僕は一人で桔梗を足止めするべく湖に来た。


「…………。」


 いる、これは桔梗の……。


 黄龍の命令ではあるが、この瞬間が一番つらい。


「どけよ。お前と争うつもりはない」


「ごめん桔梗、そうもいかなくてね」


 僕は桔梗の前に立ち塞がる。


 そして拳銃の銃口を桔梗の眉間に向けてた。


「本気で俺とやるつもりか? 死ぬぞお前」


「かもね」


「死にたいのか?」


「多分」


「なら他を当たってくれ。俺は黄龍に用がある」


「それはだめだ、僕は君に用がある」


 なかなかどかない僕に桔梗は苛立っているようだ。


 でも僕は離れられない。まだここで桔梗を通すわけにはいかないんだ。


「何の用だ? 俺は急いでるんだ」


「僕は君をここで足止めしなければならない。悪いけど……」


 そこで桔梗が先に動く。


 僕が撃鉄を起こすよりも先に桔梗のナイフが僕の心臓を捕らえる。


「…………っ!」


「桔梗、一度僕の話を聞いてくれ」


 ナイフを突き刺す手前で寸止めする桔梗。


 僕のもう片方の手に握られた銃が心臓に突き立てられているのを悟ったようだ。


「…………チッ、わかったよ」


 ナイフを離す桔梗。


 同時に僕も銃を下ろして離れた。


「さて話の前に、そろそろ出てきたらどうだい? いるんだろう紫」


「あら気付いてたの」


 空間にスキマを開いて出て来る紫。


「紫……」


「見てたわよ、神社を出て行ったあたりから。彼女に言ったこと、あれがあなたの本心だったなんてね」


「ノーコメントだ」


 紫から顔を背ける桔梗。


 その視線は僕に向けられている。


「やれやれ、君は相変わらず嘘が苦手なようだね」


「何のことだ?」


「いや、なんでもない」


「で?話ってなんだ。命請いなら聞かないからな」


「そうだな椿。命請いをさせるためにお前にここの守りを任せたわけではないんだが?」


 ホール状になった部屋を黄龍の声が響く。


「てめぇ、黄龍!」


「やはり桔梗か、最後のピースが自らやって来てくれるとはな」


「出てきやがれ! 決着をつけてやる」


「椿、お前は何をしている? 桔梗は始末しろと言ったはずだがな」


「っ……」


「まあいい、私がやろう」


 降ってきた黄龍が桔梗を吹き飛ばした。


「ちぃっ!」


「桔梗!」


 そのまま蹴り飛ばされて部屋の支柱に突っ込む桔梗。


 黄龍はなぜか人間体の状態で現れている。


「ふむ、この身体も久しぶりだな」


「げほっ、げほっ」


 吹き飛んだ桔梗に駆け寄る紫。


 ただの蹴りだったが、桔梗はその一撃だけでかなりのダメージを負ってしまった。


「けっ……お前もそこまでして俺を潰しに来たってことは余裕がないんだな、黄龍」


 起き上がって服を払う桔梗。


 ダメだ、気が気じゃない。


 今の桔梗では多分勝てない。


 まさか出て来るとは思わなかったから桔梗に虎鉄を渡すタイミングを逃してしまった。


(頼む、持ちこたえてくれ……)






 そしてこの時がやってきた。


 桔梗の足元に紅白の玉が突き刺さる。


 少し古びた陰陽玉。


 これには僕も見覚えがある。


「霊緋……」


「どこにもいないと思ったらこんなところにいたのね。あんた一人でなにやってんのよ」


「何って……はぁ……」


 頭を抱える桔梗。


 こういう言い合いで桔梗が勝った試しは僕が見た限りない。


 これは桔梗の負けだ。


「わかったよ……俺の負けだ」


「わかればよろしい」


 そこへ追いついた霊夢達が合流して霊緋の隣に立つ。


 これは幻想郷に起きている異変の一つの影響だろう。


「巫女が……四人……」


 驚愕した黄龍はふらつきながらも無理矢理立ち上がった。


「なぜ……ここに……」


「何故って、ねえ?」


「お前の手下が呼んだんだろう」


 呆れ顔の霊緋と霊莉。


 どうやら黄龍は、虎鉄を抜いた代償である時空の歪みを認識出来ていなかったようだ。


「さて、桔梗の戯れ事はともかくこっちには博麗の巫女が四人戦力に加わった。これならあんたに勝ち目はないでしょ」


 霊緋は腕を組んで黄龍を睨む。


 他の巫女達もそれぞれ思い思いの武器を構えた。


「おっと、ここにいるのは何も巫女だけじゃない。私達だっているんだぜ?」


「あたい達にかかればらくしょーでしょ!」


 いったん引いていた魔砲使いが戻って来る。


 更に少し遅れて吸血鬼と氷精も到着した。


「ありゃりゃ、これで完全に形勢逆転だな黄龍」


「ふん……どれだけ群がろうとも関係はない。私の邪魔をする者は全て叩き潰す!」


 ここで僕がおもむろに黄龍の隣に立つ。


「椿……」


 僕も含めて黄龍側の勢力の残りは二人。


 二つの勢力が互いに睨み合う。


 その時、木の影からさらに二人飛び出してきた。


「桔梗さん……いえ、ケイさん。これを!」


 霊夢達の少し後ろをついて来ていた白狼天狗が神社に置き去りにされていた虎鉄を投げた。


 それを受け取った桔梗はきょとんとした様子で天狗を見る。


「虎鉄さんから全て聞きました。ケイさんの半身が私達を遠ざけるために慣れない嘘をついた事も、ケイさんがそれに気付いて便乗したことも」


「椛……」


「私、もう怒ってませんから。謝るぐらいなら全力で黄龍を倒してください」


 もう一人、天狗と一緒来ていたカンナは桔梗の隣に並んでその肩をぽんぽんと叩く。


「なんで椿があっち側にいるのかは謎だけど、私も加勢するわ。感謝しなさい?」


「大丈夫なのかお前」


「無論、後方支援しか出来ないわ。でも私だって戦える」


「それでもありがたい。さっさと黄龍をぶちのめして異変を全部解決してしまおう」


「そうだね、それがいい」


 それはあっという間の出来事だった。


 だから誰も動けなかったし、誰も止められない。


 すばやく拳銃を抜いた僕は背後から黄龍を撃った。


「つ、椿?」


「な……な……に……」


 また倒れ込む黄龍。


 そんなことお構いなしに僕は桔梗の方へと歩み寄った。


 これでいいんだ。


 これでようやく僕の役目は終わる。


「長かった。待っていたよ、この時をずっと……虎鉄を深い眠りから覚ますことの出来るこのシチュエーションを!」


「椿……貴様ぁ……」


「悪いね黄龍、でもあなたが悪い。僕に本物の虎鉄を預けたのがそもそもの間違いだ」


 この場にいる皆が僕に怪異の眼差しで注目した。


「受け取ってくれ桔梗、これが僕なりの罪滅ぼしだ」


「さっきの話ってのはこれの事か」


「ああ。虎鉄を起こすには色々と必要な物があったんだけど、どうやら既に揃ってるみたいだからね」


 ふと桔梗の胸元に輝くペンダントが気になる。


 そこからは虎鉄と同じ波長の力が出ているようだ。


「僕一人ではどうしても揃えきれなかった……」


 僕は背中に背負った虎鉄を地面に突き立てて幌を外した。


「さあ、早く虎鉄……を……がはっ……」


 突然目の前が真っ赤になる。


 多分心臓を一刺しだろう。


 黄龍が投げた剣だ。


「つ……椿!」


 ゆっくりと崩れ落ちる僕。


 誰かに抱えられる感覚があったけどそれも一瞬で消えた。


 僕は死んだのだ。


 後悔はない。


 今はただ眠りたい。






 さようなら、みんな


 そしておやすみなさい








「彼の活躍で虎鉄は本来の力を取り戻しました」


「シエレーナ様、本当にこれで良かったのですか?」


「ええ」


 誰も知ることのない場所。


 シエレーナは水晶に写る椿を見て微笑む。


「これで私は救われる。彼のおかげで私は……」


 その時ルーナリアは大量の文字の集合体になってシエレーナに吸収された。


「ご苦労様でした私。あとは彼に任せることにしましょう」



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