episode9『無力の勇者』
最期
それは意外にも早く訪れるもの
それは別れであり、出会いだ
幻想郷の朝は暗い。
まあそれは黄龍が太陽ごと幻想郷から消えたせいではあるが。
桔梗は目を覚ますと、枕元のろうそくに火を点した。
いかに黄龍の存在が幻想郷にとって大事だったか、それを思い知らされてる気分だ。
おかげで昨晩はすんなりとは寝付けなかった。
だから桔梗は若干寝不足気味である。
「さてと……」
しかしいつまでも寝ていたのではきりがない。
ハンガーからジャケットを外して外に出た。
魔法の森は冬場の朝になると白く霞がかかる。
視界が悪いので、足元に気をつけつつまずは博麗神社を目指す。
きっと主要な顔ぶれは揃っていることだろう。
そしてその予想は的中し、博麗神社には住んでいる霊夢をはじめとしてレミリア、紫、銀牙、暗夜天が既に揃っていた。
銀牙は恐らく天魔の使いだろう。
「おはよう桔梗、昨日はよく眠れた?」
「いや、あんまり」
紫に招き入れられた桔梗はブーツを脱いで客間に上がる。
すかさず霊夢がお茶をいれて差し出した。
「ありがとう、話は?」
「全員今揃ったところ。もっとも、レミリアだけはやたらと早かったけど」
何食わぬ顔でお茶をすすり続けるレミリア。
今はいつも通りの幼い姿に戻っている。
「吸血鬼は夜行性よ、朝は弱いの。今も起きてるだけでつらいし」
「嘘つけ、普段日中出歩いてるくせに。哨戒中にお前よく見かけるぞ」
銀牙の一言にお茶を吹きこぼすレミリア。
そんな中紫が桔梗に寄って来た。
「あんたに言われた通り調べてきたわよ」
「どうだった?」
「予想通り向こうの世界は過去の幻想郷、今から90~100年前と推定されるわ」
「ということは俺はまだ霊緋とは会ってないんだな」
「そういうことになるわね」
「……他は?」
「他の世界は今のところ確認されていない。でも多分……」
「可能性は捨てきれない、と?」
頷く紫。
先の暗夜天異変の影響もあってか、空間が更に不安定になりつつある。
有効な対処法が見つかるまでは不用意に時空の裂け目に近付くことを控えなくてはならない。
「過去の幻想郷、か……」
ふと霊緋のことが頭を過ぎる。
もし会えたとしても話を聞く限りは覚えてなさそうだが。
「あー! しまった!」
突然立ち上がるレミリア。
何かを思い出したのか、あわてて日傘を開いて外に出る。
「いきなりどうしたのよレミリア」
「後のことは任せるわ。咲夜とあのキチガイ天使を一緒に置いてきてることすっかり忘れてた……」
そうとだけ言い残すと、レミリアは翼を広げて飛び去って行った。
ルーナリアの扱いにはかなり苦戦しているようだ。
「あれ、吸血鬼は帰ったのか」
そこに霊稀が妖夢を連れて現れる。
二人とも汗をかいているところから鍛練上がりのようだ。
「ああ、あれだけ大きな館の主ともなると色々大変なんだろう」
「ふむ」
聞いておきながら霊稀はそういうことにはあまり興味がないようだ。
妖夢も同じく興味がないのか、脇に刀を置いて席についた。
「あんた風呂で汗流して来たら? いくら半妖でも風邪ひくわよ」
「うーん、じゃあお言葉に甘えて」
普段ならその程度気にしないのだが、気温がかなり下がってきているのが堪えているようだ。
妖夢は霊夢からタオルと着替えを受け取ると、早足で風呂場に向かった。
「あんたも、風邪ひくわよ? 一緒に入ってきなさいな」
もう一組タオルと着替えを用意して今度は霊稀に投げる。
渋々霊稀も妖夢の後を追い掛けて風呂場に向かった。
「朝風呂ねぇ。まあ空は朝も夜も関係なく真っ暗なんだがな」
銀牙は湯呑みのお茶を飲み干すと、桔梗の肩を叩いてついてくるように合図する。
どうやら風呂を覗きに行きたいらしい。
まあお決まりと言えばお決まりだろう。
「ぎぃぃんーがぁぁ?」
背後から殺気を放ちながら迫る霊夢と紫の気配さえなければ。
「うわぁぁぁぁ!」
「なんで俺までぇぇぇぇ!」
桔梗については完全なとばっちりである。
そして二人の悲鳴が聞こえる頃には、霊稀と妖夢は風呂場について中に入っていた。
「久しぶりだな。誰かと風呂に入るのは」
湯舟はあまり広くはないが、霊稀と妖夢が入ってまだ少し余裕があるぐらいだ。
「私も……です」
妖夢は霊稀の胸を見て思わず目を伏せる。
「昔はよくお義母さんと風呂に入ってたんだがな。もうあまり覚えてないよ」
そういえば最後に誰かと風呂に入ったのはいつだろうと思案を巡らせる妖夢。
だがよく考えてみれば小さい頃から一人だった気がしてきていた。
祖父とはいつも一緒にいたが、それ以外の家族の記憶が曖昧なのだ。
「ほら、妖夢」
「わわっ!」
いきなり抱き着かれて暴れる妖夢。
だが霊稀の細い腕は見かけによらず力が強かった。
逃れられなかった妖夢は諦めたのか、抵抗をやめておとなしく霊稀に抱き着かれる。
「あったかいな、妖夢は……」
「え?」
突然何を言い出すのかと振り返る妖夢。
その時、霊稀がだらりともたれ掛かってくる。
「え、ちょっ」
よほど疲れていたのか、霊稀は妖夢にもたれ掛かったまま眠ってしまっていた。
「もう……」
呆れてため息をつく妖夢。
それと同時に、もう少しこのままでも良いかなとも考えるのだった。
「ちょっとレミィ! どこに行ってたのよ!」
紅魔館に帰るなり、レミリアはパチュリーにどやされる。
「あちゃー、何かあった?」
「何かあった? じゃないわよ! 大事件!」
帰ったばかりのレミリアはパチュリーに引きずられて紅魔館にある大きな図書館に向かった。
が、中を見た瞬間に朝から博麗神社に出かけたことを後悔することになる。
ルーナリアが暴れたおかげで本棚はドミノになっているし、あちこちの燭台が壊れていた。
頭を抱えるレミリアに対してパチュリーの容赦ない視線が刺さる。
「……フラン以上ね」
「フランが出て来てたらこんな程度じゃ済まないわよ!」
声を荒げるパチュリー。
幸い、本棚の本は小悪魔の魔力で押さえ付けているためばらまかれていないが、パチュリーの怒りは既に限界を超えている。
「で、フランは今どこに?」
「穂乃香と地下の自室にいるわよ。いつもよく一緒にいるわね、あの二人」
「完全に気に入られたわね。あれは拾って正解だった」
「あれがいなかったらと思うとぞっとするわ」
身震いするパチュリー。
しかし次の瞬間身震いとか出来る余裕が一気に消し飛ぶことになる。
穂之乃華とフランが下の階から出てきたのだ。
「あー! なんか楽しそうなことしてるー! フランも混ぜてー!」
「ちょっと妹様! すとーっぷ!」
盛大にずっこけるパチュリー。
あまりに綺麗なリアクションに思わず吹き出すレミリアと穂乃香であった。
「パチェ、ナイスずっこけ」
「パチュリーさん、すごいこけ方……」
「だめ、なんかもう目の前が真っ白に……」
ルーナリアとフランが暴れる中、倒れた本棚から大量の本が吐き出されていく。
顔面蒼白で意識を失う最中、パチュリーの脳裏にある後悔の念が過ぎった。
(やっぱりあのよそ者は早々に吹き飛ばすべきだった……)
しかし時既に遅し。
図書館は既に崩壊した後だ。
「始めようかの」
幻想郷の某所。
そこで一人の女が湖の水面に立っていた。
側には黄龍と椿の姿もある。
「先にもう一度聞いておくが黄龍、本当に良いのじゃな?」
無言で頷く黄龍。
女は黄龍の了承を得ると、そのまま呪文の詠唱に入る。
満足げな黄龍は椿の浮かない顔を見てその肩にそっと手を置いた。
「まだ迷っているのか?」
「黄龍様、これで本当に良かったのですか?」
「何が言いたい」
「せっかく暗夜天から守った幻想郷を壊すだなんて……」
「椿、別に壊すわけではない。再生するだけだ」
「だからといって今いる住人を消す必要は……」
「暗夜天、あれは私のシナリオにない存在だ。接触した者ごと葬り去らなければならない」
「…………。」
まだ不満そうにする椿だが、諦めて儀式の様子を見届ける。
他の四神と違い、椿だけ黄龍の支配から逃れるタイミングを活かせなかった。
これはその代償だ。
たとえ黄龍が幻想郷にとって脅威となっても、椿は黄龍の側から離れることはもう出来ない。
桔梗達を、幻想郷を裏切ったのだから。
「いくぞ」
女は大きな鏡を水面に翳す。
霊稀を妖怪にした人物が持っていた物とまったく同じ物だ。
やがて水面下で何かが光を放ち、辺りが明るくなった。
「椿、黒鋼を。神器は預からせてもらう」
はじめは渋る椿だったが、どのみち強制的に渡させられるので仕方なく黒鋼を黄龍に渡した。
女のいる方では、光を放っていた物体が水の中から浮上してきている。
物体は一際強い光を放つと、その姿をついに現す。
その物体とは桔梗の虎鉄と瓜二つの剣だった。
「信望と栄華の剣、桔梗の持つ虎鉄のオリジナルだ」
「オリジナル……」
「奉神剣虎鉄、あれは私が作り出した限りなく本物に近い剣。だがあの剣は失敗作だ」
「失敗作?」
「完全にはコピーできなかった部分がある。あの剣には意志があった」
「剣に意志が?」
「良い刀鍛冶の作り出す刀にはその鍛冶職人の込めた思いが根付くと言う」
「…………。」
「あの剣は私には本性を見せなかった」
「だから我と黄龍でこの地に封印した。刮目するが良い、これが幻想郷の根幹を形作る力だ」
女は剣を黄龍に差し出す。
「後はこの剣を砕くだけだ。それだけで幻想郷は消えてなくなる」
黄龍は受け取った剣をそのまま椿に渡した。
剣の全体がまだほんのりと熱を持っている。
椿はそれをあらかじめ持たされていた鞘に収めた。
「破壊する手段は今のところないからな。椿、管理は頼んだぞ」
「時に黄龍、我の仕事はここまでかの?」
「そうだな。手数をかけた、妃弥華」
妃弥華と呼ばれた女は不気味な笑みを浮かべると、湖から上がって来る。
見たところ妖怪のようではあるが、何の妖怪かはっきりしない。
「その者は信用に足る者なのか? 黄龍」
「問題ない。彼は常に私の制御下にいる」
陰で唇を噛む椿。
自由の身なら今すぐにでもこの剣を敵対している幻想郷側の誰かに託せたのに。
だが言っていてもしょうがない。
現状身体のコントロール権限は椿にある。
この状態を維持するのが椿なりの桔梗達への償いだ。
「さて、始めようか。世界をリセットしよう」
「流行?」
「そ、妖怪の山に最近現れた占い師。彼女の占いは百発百中なんですよ?」
「そいつはすごいな。ついでに幻想郷の未来も占ってもらえよ」
魔法の森にある桔梗のツリーハウス。
今日は椛が訪れた。
「昨日の今日で大変だろ。天狗のお勤めはいいのか?」
「今日は午前中上がりで明日までお休みです」
「そうか」
桔梗は魔法の森に群生しているハーブで淹れたお茶を椛に出す。
「すいません」
「いいって。寒いもんな」
太陽が消えて約12時間と少し。
今暖かさを感じられるような場所は人間達の避難した地底、旧地獄ぐらいだ。
二人は身震いしながら温かいハーブティーをすする。
もうすぐ妖怪でも耐えられないぐらい寒くなるだろう。
それまでに黄龍を倒して太陽を取り返さない限り地上はもう住めない土地となる。
「ところで、その占い師についてもっと詳しく教えてくれないか?」
唐突に話を切り出す桔梗。
椛は頷くと、腰のポーチから二つ折りの写真を取り出した。
文が新聞の記事にするために撮影したものだ。
「場所は妖怪の山の麓。これまでに占いを一度も外していません」
「突然現れた謎の占い師、か。そいつに会うことは?」
「誰でも出来ますよ。妖怪の山に入れる者は、という条件が付きますが」
「…………。」
「何か気になることが?」
写真に写る占い師に霊稀を妖怪にした女の容姿が重なる。
(栗色の長髪に鏡……まさかな)
真の異変の首謀者がわかり、沸き立つ幻想郷。
「ようアリス、遊びに来たぜ」
「何もないわよ」
「いいっていいって、アリスの顔を見れるだけで満足だから」
「ばっ……ちょっ……何を……」
だが真の脅威は身近なところから始まっていた。
「ところで、妖怪の山に急に現れた占い師って知ってるか?」
「ええ、今日行ってきたから」
「マジか」
「マジよ」
違和感に気付く者は少なく、大概は発症した後に気付く。
「何を占ってもらったんだ?」
「な、内緒よ……」
「ん? 顔が赤いぜアリス、熱でもあるのか?」
「………」
その病に殺傷能力はない。
だが、人の心をずたずたに引き裂くだろう。
『準備は整った。これぐらいあれば十分なはずだ』
誰も知らぬ場所で一人ほくそ笑む妃弥華。
『幻想郷よ、自らの罪の記憶に押し潰されるがいい。[断罪蒼呪眼]!』
手を高く翳して能力を解放する妃弥華。
それと同時に、彼女の占いを受けた者達は一斉に苦しみだした。
「アリス、おいアリス!」
「違う……あれは私じゃない……私のせいじゃない!」
頭を押さえてうずくまるアリス。
魔理沙がアリスの顔を無理矢理起こすと、アリスはすぐに顔を覆ってしまう。
一瞬ではあったが、アリスの眼の蒼く光っていたのが見えた。
元々アリスの眼は青いが、あんな色ではない。
「アリス?」
「違う、あれは仕方なかったの、仕方なかったのよ!」
酷く狼狽するアリスを抑える魔理沙。
だがアリスの狼狽は治まらず、かえって助長していく。
「アリス、アリス!」
「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「アリス……」
アリスの頭の中では過去の記憶が渦巻いていた。
そのどれもがアリスにとってトラウマになっている物だ。
同様の現象はアリス以外の妖怪にも出ている。
特に妖怪の山は顕著で、そのおよそ1/3近い妖怪達が自分の過去に苦しめられていた。
いずれもが妃弥華の占いを受けた者達だ。
『悪く思うなよ幻想郷、これが我の配役[キャスト]だ』
妃弥華は鏡を抱えてしゃがみ込んだ。
『さあ、おとなしく消えてくれ』
一人ほくそ笑む妃弥華。
鏡には能力で苦しむ人々が次々と映し出される。
その中には悶えるアリスと押さえる魔理沙の姿があった。
「おい……どうなってんだよ……」
呆然と立ちすくむ魔理沙。
足元にはさっきまで苦しんでいたアリスが転がっている。
ついさっきまで動いていたはずなのに今は糸の切れた操り人形のようにぴくりとも動かない。
だがアリスの眼は相変わらず蒼い光をほんのりと燈している。
「…………なんだ? 何なんだよこれは!」
気味が悪くなり、逃げるようにしてアリスの家を離れる魔理沙。
同じ頃、幻想郷の各地でも同じような現象が起きていた。
騒いでいた者達は倒れ、その多くが竹林の病院や天狗の診療所に担ぎ込まれる事態となる。
「何よ……もう布団足りないわよ!」
「師匠様! また一人来ましたけど!」
「優曇華、悪いけど奥から客用布団出してきて!」
治療に手一杯な永琳を竹林に住むうさぎ達も手伝うが、それでも病人は増えるばかりだ。
「霊稀、どう見る?」
毛布をかけ直すてゐは傍らに立つ霊稀に問い掛ける。
霊稀は腕組みしてうなるだけで、返事をしない。
「てゐ! ちょっとこっちを手伝って!」
鈴仙に呼ばれててゐがいなくなったところで、ようやく霊稀が動きはじめた。
近くで寝ている妖怪の首の後ろに、何かが見えているのだ。
霊稀は妖怪をそっと転がし、首にかかる髪をどけた。
そこには眼を象った蒼い痣が出来ている。
一人だけではない、寝ている妖怪の全員が全員、身体のどこかに痣があった。
「何かの術……呪いの類か」
霊力を重ねることで何にうなされているかはよくわかる。
どうやらこの痣を受けた者は過去のトラウマを引きずり出され、それをえんえんと見せられるらしい。
霊力を干渉させて苦痛を和らげようと試みるが、あまり効果はないようだ。
「やはり呪いか、解けそうなやつに心当たりはないな」
ふと、霊稀の頭に霊緋のことが過ぎる。
歴代の博麗の巫女の中で最も解呪の力が強いのは霊緋だ。
いない人間のことを言っても仕方ないというのに……。
「私では解呪出来なさそうだな。……すまない、無力な私を許してくれ」
ひとまず霊稀は今何が起きているのかを把握すべく博麗神社を目指して飛び出す。
(霊夢ならこの呪いは解けるだろうか)
「で、弁明は? 紫」
「仕方ないじゃない、気配どころか空間の歪みすら把握出来なかったんだから!」
一方博麗神社も大変な事態に陥っていた。
時刻は夕刻、突然黄龍が椿と妃弥華を引き連れて襲ってきたのだ。
居合わせたのは霊夢と紫だが、相手に四神の椿がいるだけで戦力不足は明らかだった。
「どうすんの? 紫」
「黄龍はともかく、椿に対しては距離を離せば逆に不利になる」
「接近戦ね、お安い御用」
霊夢は能力を発動させて、神社から陰陽玉を呼び寄せる。
霊夢の能力はあらゆる物から宙に浮く能力。
当然椿や妃弥華の攻撃は当たらない。
「させると思うか? 小娘」
ほぼ同時に妃弥華も地面に手をついて何かを発動させる。
構わず椿が霊夢と紫に向かって手にしたハンドガンを放つ。
、普通ならただのハンドガンの弾丸など二人に何のダメージも与えられない。
だが椿の撃った弾丸は霊夢と紫の両膝を完全に貫通した。
「っ!」
予想外の出来事に前につんのめる二人。
「その様子だと、かなり能力に依存しとったようじゃの」
高笑いする妃弥華の前に出た椿はハンドガンを動けない霊夢の頭に向ける。
「この距離なら誰でも外さない。終わりだ博麗の巫女」
「なんで……なんでよ椿!」
紫は必死にはいつくばって椿に近付くと、右手でしっかりと椿の足を握る。
「なんで? これが答えだよ!」
銃をくるりと回した椿はそのまま紫の手を撃ち抜く。
撃たれた手を引き込んだ紫はあまりの激痛に顔を歪めた。
「あんた!」
霊夢も札を取り出すが、足が動かないせいで投げる体勢が取れない。
「諦めてよ博麗の巫女、僕らだって無駄な血は流したくない」
「はっ、どの口が……」
「まあ、邪魔するようなら容赦はしない。そういうことだから」
銃口から伸びていた煙りが途切れる。
椿は銃を収めると後ろにさがった。
「紫がいるなら話は早い。聞きたいことがある」
うずくまる紫を黄龍が髪を掴んで持ち上げる。
「桔梗は今どこにいる?」
「き、桔梗……?」
意味がわからないといった表情をする紫。
桔梗は昼前には博麗神社を去っていて、二人はその後どこに向かったかなど知るはずもなかった。
「どうやらハズレか。だが今後動かれても面倒だ、消しておけ椿」
黄龍は紫を掴む手を離すと、仰向けになるように足で転がす。
「わかりました」
再び銃を抜いて紫の眉間に向ける椿。
だがそのトリガーに指がかかる瞬間、何かが椿の手から銃を叩き落とす。
「そこまでにしときな椿。でなきゃ俺がお前の首を撥ねる」
地面に突き刺さっているのはたった今銃をはたき落とした大剣。
そして投げたのは当然、その持ち主。
「ようやく登場か、天結桔梗……」
「ダメよ桔梗逃げて! そいつらの狙いは!」
「は?」
紫の話で思わず振り向く桔梗。
紫はこの一瞬、盲点だったと後悔する。
桔梗とはこういう男だ。
振り返った桔梗の一瞬の隙を突いて黄龍が桔梗を神社の壁に叩き付けた。
「ごはっ!」
背中から何かが砕ける音が微かに聞こえる。
判断が遅れた結果ではあるが、ぶつかった衝撃で骨が何本か逝ったようだ。
「感謝するよ桔梗、わざわざお前から来てくれるとはね」
「くっ……黄龍?」
右腕で桔梗の首元を壁に押し付ける黄龍は、残る手で器用に桔梗の両腕に巻かれた包帯を外していく。
「お前の力、私の計画に使わせてもらう」
「まさかてめ、俺のっ……」
その先の言葉が続かない。
黄龍の腕が桔梗の腹に入り込んでいる。
肉を完全に通り抜けているような感触だ。
桔梗の身体の中で手がうごめいている。
「が……ぐが……」
「見つけたぞ、お前の力の源」
黄龍は桔梗から手を引き抜く。
その手には紺色の何かが纏わり付いていた。
「…………。」
「どんな感じだ? 桔梗、自分の能力を奪われる気分は」
桔梗の反応はない。
それどころか桔梗の髪から薄紫の部分が消えていく。
黄龍が手を離すと同時に、桔梗は膝からドサリと崩れ落ちた。
「……桔梗?」
異変に気付いた霊夢ははいつくばって桔梗に近付く。
「さて、もうここには用はない。椿、妃弥華、戻るぞ」
「させるかぁ!」
撤退しようとする妃弥華に向かって刀が振り下ろされる。
タッチの差で間に合わなかった霊稀だ。
普段はあまり感情を表に出さない霊稀だが、妃弥華の姿を見るなり敵意を剥き出しにしていた。
「ようやく見つけたぞ、あの時の呪術師!」
「ほう、久しぶりだな博麗霊稀」
「はぁ!」
刀を振り上げる霊稀。
その一撃を妃弥華は鏡の縁で受け止める。
「桔梗さんに何をした!」
「……そうか、お前の能力ではこの結界の影響はないのか」
「答えろ!」
「いずれわかる。どうせお前にかけた私の呪いも、博麗霊夢が対処済みなのだろう?」
「黙れこの外道が!」
「外道で結構、だ!」
ニヤリと口を歪ませる妃弥華。
その瞬間妃弥華の鏡が光を放ち、三人の姿は影も形もなくなっていた。
博麗神社に残されたのは、大怪我を負った霊夢と紫、動かなくなった桔梗、珍しく激怒している霊稀。
そして手の付けられなくなった異変の現状。
刀を収めて佇む霊稀は遠くの方をぼんやりと眺めている。




