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ショートストーリー001


 今日も心地好い風が吹く


 此処は幻想郷、現実から消えた物が流れ着く場所……




 SIDE:日足 穂乃香




 その山は、人が消えるという都市伝説で有名だった。


 山で迷った者は二度と戻らない。


 この世界に存在すらしなかったことになるのです。


 もし、仮に運よく戻ることが出来たとしましょう。


 それは本当に『そこにいる』のでしょうか?


 私はその真実を調べるべく、オカルト研究サークルのメンバーと一緒に山を訪れていた。


「さてと、着いたよ。ここが一番山頂に近い駐車場なんだって」


 引率の先生がバンを駐車場に止めるやいなや、私たちサークルメンバーは揃って浮き足立つ。


 毎回こうだ。


 サークルの活動として都市伝説や迷信、心霊スポット等を調べてきたが、メンバー全員で現地に赴くことは数少ない。


 大学生でも学生は学生、学業が優先である。


「ちょっと待っててね、あそこの小屋でお金払ってくるから」


 先生は一人バンからおりると、ボロボロの小屋に向かって小走りで向かった。


 その間にメンバーは身の回りを整理して、いつでも調査出来るようにと準備する。


 そうそう、メンバーは私を含めて全部で6人。


 はっきり言うと私はオカルト話にあまり興味はない。


 友人に誘われて、何もやらないのはまずいかなと考えたからだ。


「良いわよ、おりて来て」


 先生がドアを叩いて合図する。


 メンバーはみんな待ってましたと言わんばかりの早さでバンをおりた。


 山独特のひんやりとした空気で私は少し身震いする。


 もう一枚何か羽織る物を持って来たらよかったと今更ながら後悔していた。


(こんなことならお母さんの言うこと、ちゃんと聞いておけばよかった……)


 だがもうどうしようもない。


 私は諦めてリュックを背負いなおした。


 ちょうどその時だ。


「そこの、この山には登っちゃならんぞ!」


 地元の人だろうか。


 農作業用具を担いだおばあちゃんが私たちの姿を見るや否や道を塞いできた。


「この山に登るとな、必ず誰かが山に食われる! 毎度どれだけの人が食われてきたことか!」


「おばあちゃん、大丈夫だって心配し過ぎだよ?」


 メンバーの一人、水月ちゃんが笑って横を通り過ぎようとする。


 すると今度は水月ちゃんの腕を思い切り引っ張って止めてきた。


「ならん! それだけはならんのじゃ!」


 結局このおばあちゃんが山道への入口から離れることはなく、私たちは今日中の入山を断念。


 今日のところは明日の登山に向けて近くの民宿で休むことになった。


 よく考えてみれば、これが引き金になったのだろうか。


 ところで、学生達のお泊りといえば何を連想しますか?


 まあ大学のサークル活動とは言え、私たちも学生の身。


「ところでさあ、昨日5号館の辺りを通った時さあ……」


「超ウケる! それホントなの?」


「ほら穂乃ちんも何かないの?」


「な、ないかな……アハ、アハハハ」


 正直疲れる。


 私はどうもこの手のガールズトークという物が苦手だ。


 そして酔っ払いとの会話はもっと苦手。


 いや、酔っ払いに関しては嫌いに扱いを変更しておこうかな。


 えんえんと続く話にはついて行けず、私は先に温泉に浸かって布団に潜り込んだ。


 そして事件は起きてしまう。


 お酒もほどほどに、皆より早く寝ていた私はちょっとした物音で目を覚ました。


 音の主が出ていった後、スマホのディスプレイで周りを確認すると、他のみんなはいるのに水月ちゃんがいない。


(まさか……)


 かばんを並べている部屋の隅にライトを当てる。


 予感は的中、水月ちゃんのリュックも消えていた。


(水月ちゃん!)


 私は急いで先生やメンバーを揺すって起こそうとする。


 だがみんな遅くまで寝ていたせいか、起きてくれない。


「……………。しょうがない」


 とりあえずグループRINEにメッセージを残しておく。


 これでもし誰かが私たちがいないことに気付いても何とかなるだろう。


 私は急いで身支度すると、もう一度先生やメンバーを揺すってみる。


 やっぱり寝返りをうつだけで他の反応はない。


 私は民宿を出て山へと向かった。


 この民宿から山へは、今は封鎖されているが専用の裏道が続いている。


 その封鎖線の下、よく見ると何かが落ちている。


「これは……」


 落ちていたのはうまか棒のチョコ納豆味。


 こんな訳のわからないお菓子を食べるような人間は私が知る限りたった一人だ。


「水月ちゃんのだ……」


 水月ちゃんも恐らくはこの場所を通ったのだろう。


 私も裏道で水月ちゃんを追いかけた。


 藪を抜け、倒木を乗り越えて分岐に差し掛かったところでふと足が止まる。


 懐中電灯の照らす先、暗がりの中にうごめく影がある。


「ひぃ……」


 光の先にいたのは大きな熊。


 怒っているのか、唸り声を上げてこちらを睨んでいました。


「あ……ああ……」


 怯えて後ずさる私を熊は鋭い目でじっと見つめている。


 この時は本当にもうダメだと思いました。


 その時、どこからかしわがれた声が聞こえてくる。


「しゃがむのじゃ!」


 とっさにしゃがんだ私の後ろで何かが炸裂する音が3回。


 後から思えばあれが銃声というものだったのでしょう。


 懐中電灯で照らされた先で熊はゆっくりと倒れていきました。


「あああ……」


「大丈夫か? だからあれほど言うたのに聞かんからじゃぞ」


 後ろから来たのはあの時私たちを止めたおばあちゃんでした。


 おばあちゃんは猟銃を背負ってこちらに小走りで駆け寄って来る。


「怪我はねぇか? この時期は熊がたくさん出よって危ないんじゃ」


「はあ……ふぅ……」


 ようやく落ち着いた私は落としてしまったかばんを拾い上げておばあちゃんに今起きていることを話した。


「なんじゃと! まだ一人おるのか!」


「どうしようおばあちゃん! 水月ちゃんも……」


「この道は三つ又になっとる。お前さんもあたしも会わなかったとなるとその子は神社の方に向かっとるな」


「神社?」


「なに、昔のことじゃて。『博麗神社』と言ってな、あまり大きな神社ではなかったが、観光地として有名じゃった」


 おばあちゃんは神社に続く道を急ぎ足で上りはじめた。


 私もその後ろを急いで追いかける。


「過去形? じゃあ今は……」


「もう10年近く前に炭になっとる。話聞くか?」


 歩きながら振り返ってくるおばあちゃん。


 私は数回頷きました。


「さっきも言うた通り、四季の彩りが綺麗じゃからこの辺り一帯は観光地としてそこそこ有名じゃった。

じゃがの、ある日から突然山に入ったまま戻らん人が出始めよった。

その数は日に日に多くなり、時には観光に来ていた団体が一度に消えたこともあった。

そして不審火で神社が燃えた後、怖がった人々はこの山から離れていき、迷信だけが独り歩きするようになったのじゃ」


「それが都市伝説……人の消える山の真実ですか」


「都市伝説だか何だか知らないけど、ここは熊の住み処になっとる。気をつけんと大怪我するでな」


「は、はい」


 ですが、その後熊に遭遇することはありませんでした。


 山登りに馴れているおばあちゃんについていくのがやっとな私には、そんなことを考える余裕もなかったですが。


 そうこうとしているうちに、ボロボロの鳥居らしき物と石の階段が見えてきました。


 階段はそこまで長くはありませんが、先に行っていたおばあちゃんは階段の途中で立ち止まる。


「……そんな……そんな馬鹿な……」


 ようやくおばあちゃんに追いついた私は、おばあちゃんの視線の先にある物を見て思わず懐中電灯を落とす。


 話を聞く限り焼失したはずの神社が目の前に立っているのです。


「なぜじゃ! 今朝見た時は何もなかったはずじゃ!」


「これが博麗神社……」


 私には暗闇の中に立つその建物は仄かに光を放っているようにも見えました。


 幻想的とはこのことを言うのだろう。


 が、思わず足を踏み出したその時。


「じょ、嬢ちゃん!」


 おばあちゃんの叫ぶ声。


 でもそれが聞こえた頃には時既に遅く、私は穴のような物に飲み込まれていました。


 落ちるような感覚の中、意識が遠退いていく。


 それが『あちらの世界』での私の最期でした。








 しばらくして、私は水の流れる音で目を覚ました。


 どうやら小船の上らしい。


「気が付いたかい?」


 まだぼやける目を擦って声の主を探す。


「あんたも災難だね。まさか外の世界からいきなりこんな所に飛ばされるなんて」


 声の主は目の前で船を漕いでいた。


 肩に大きな鎌を立てかけた赤毛の女の子だ。


「こ、ここは……」


 ぼんやりしていた視界がはっきりするにつれて、ここが自分の知る場所ではないことがわかってくる。


「ここ? 何言ってんだいあんた。ここは三途の川に決まってるじゃないか」


「三途の……っ!」


 そこで私はようやく今の状況を理解した。


 理解はしたくなかったが理解した。


 私は友人を探している最中に死んだのだ。


「なるほど、三途の川は本当にあったのね」


「死んだやつの中には三途の川なんて有り得ないって聞かないやつもいるけどね」


「アハハハハハ」


「アハハハハハ」


 笑いあう二人。


 が、二人の笑いは根本的に理由が違う。


 赤毛の人は単純に面白がってるだけだけど私は……。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そりゃあ当然だよね。


 訳もわからず死んだんだもん。


 覚えてるのは神社で穴に落ちただけ、死んだ自覚なんてあるはずがない。


「お、落ち着きなって、船が……船がひっくり返る!」


「落ち着いてられるもんですか! 死んだのよ私!」


「死んでない、死んでないから落ち着きな!」


 赤毛の人に言われてなんとか平静を取り戻す私。


「ほんとに?」


「本当だって。三途の川ってのはあの世とこの世の繋ぎ目みたいなものだ。だから向こう側に渡りきらなければ問題はない」


「本当? じゃあ今すぐ引き返してよ!」


「そりゃダメだ」


「なんでさ!」


「アタシは仕事中、あんたは招かれざる客。どっちが優先かわかるね?」


「ぐ……くぅ」


「そんな顔しなさんな。まああんたの場合は状況が状況だ、四季様も温情をくださるさ」


「四季……様?」


「アタシの上司の四季映姫様。ま、要するに閻魔様だ」


「え、閻魔……」


「ほらそうこうしてたら見えてきた。あれが地獄だよ」


 やがてとても大きな赤い門が見えてきた。


 地獄の門みたいな言葉はよく聞くが、これがまさにそれだ。


「大きい……」


「ここが地獄さ。どうだ? 死の予行演習の気分は」


「それ皮肉?」


「本心」


 赤毛の人に導かれるまま、私は地獄の門の先に案内された。


 地獄とは言え、人(?)の往来は多い。


 前にお寺でこんな絵を見た気がするけど……あれだよね、言い伝え通りならここにいるのって罪人ばっかりだよね。


「ちょっとここでこれ持って待ってて」


 赤毛の人は私に鎌を預けると、すたすたと並んでいる列の先へと歩いていく。


 私は支柱にもたれ掛かると、その場でしゃがみ込んだ。


 これからどうなるのだろうか。


 水月ちゃんとおばあちゃんは大丈夫なんだろうか。


 眠っていなかった分、急に睡魔が襲ってくる。


 私はそのまま眠りに着いたのか、次に目を覚ましたのは赤毛の人に身体を揺すられた時だった。


「ほら、起きな? 四季様が会ってくださるそうだよ。そんなところで寝てるといつ襲われるかわかったもんじゃないよ?」


「ん……ふわぁぁ……」


 いよいよ閻魔様とのご対面です。








「幻想郷へようこそ私がここを任されている四季映姫・ヤマザナドゥです」


 正直言って閻魔のイメージが吹き飛んだ。


 赤毛の人がけっこう長身なこともあってちっちゃく見えるけど、背丈は私と同じぐらいある。


 そして女の子だ。


 女の子の死神がいるのは何となく察しが付いたけど、閻魔様まで女の子とは……。


「何か私の顔に付いてる?」


「あ、いえ、全然っ!」


 あ、焦った。


 やっぱり閻魔様だ、視線が怖い。


 というのが私と閻魔様、四季映姫との出会いだ。


 彼女も閻魔としての仕事があるため、その時の私は急いで事の経緯を全部話した。


 映姫はしばらく唸っていたが、やがてぽんと手を叩いて杓を持ち直す。


「どう考えてもあの人の仕業ですね」


「いや、四季様。それ以外考えr……」


「とりあえず彼女を顕界に送る手筈を整えておきます。その方が安全でしょう」


「ちょっ、ちょっと待って!……ください」


「まだ何か?」


「あの……いつになったら元いた場所に戻れるんでしょうか……」


「ああ、それは……」


「まず帰れないと思った方がいいですね」


 赤毛の人の言葉を遮って映姫が話す。


 最初は自分の耳を疑った。


 え? 帰れない? 嘘?


 でもそれが現実だった。


 映姫の説明曰く八雲紫という人に会えば可能性は微粒子レベルで存在しているらしいが、そもそも紫が人食い妖怪な上、神出鬼没とあっては話にならない。


 現実を受け止めた時、頭の中で何かが崩れ去る音がした。


 もう、誰にも会えない。








「じゃあ、そこからどうやって紅魔館に?」


 紅魔館の門の前、私は昼休憩を取ってる紅美鈴さんに私の過去について語っている。


 え、回想が長い? 仕方ないでしょ。


 とにかく、私は幻想郷にたどり着くまでを全て美鈴さんに語った。


 奇妙な人の多い紅魔館においても、私はイレギュラーな存在なのだろう。


 普段昼寝がちな美鈴さんもじっと聞いてくれた。


「そこからですか? ああ、それは……」


 地獄を出て、森を抜ける時何かに追われ、気付いたら案内役の人とはぐれてしまっていた。


 そう、私ははぐれた後ひたすら歩き続けてここにたどり着いたのだ。


 慣れない森を歩き続けて、空腹と疲労が限界にきた私は微かに見えるこの紅い館を見つけてここに来た。


 が、元々そこまでなかった体力は限界に達し、私はそこで気を失ってしまう。


 本来ならこの館の主の胃の中に収まっている頃だけど、主レミリア様の妹様、フラン様に気に入られて私はここで生きている。


 メイドになって、咲夜さんのお手伝いで毎日が忙しいけど、多分私はもう元の場所に帰りたいなんて言わない。


 ここが楽しいから。


 この館に住むみんなが好きになったから。



 何より、人食い山の都市伝説が本当なら、私はすでに『そこにはいない』のだから。

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