episode6『CONTACT!!』
今見えているものが真実とは限らない
だからといって黙って見過ごすことも出来ない
全てを知った今、この力は今すぐにでもあの人のもとに届けなければ
手遅れになる前に行き着けるのだろうか
既に幻想郷に未来はない
時よ早く満ちてくれ
夜の幻想郷、今日はやけに風が強い。
桔梗は髪をかきあげて首の後ろに風を入れる。
過去と空間が混じる異変の影響もあるが、最近の幻想郷は何かがおかしい。
「雨の臭いがする……嵐が来るな」
虎はネコ科の動物だからあまり鼻が利くわけではないが、直感がそう囁く。
それと今夜はなぜか寝付けない。
予感は当たる方だがもし当たっているとすれば今夜は確実に眠れないだろう。
(血が騒ぐ……来るのか? あいつが)
「来やがれ暗夜天、今度こそ俺が仕留めてやる。あの時の二の舞にはならないからな!」
「やっぱり行くの? お姉ちゃん」
椛は茶碗を置いて彪奈を見つめる。
一足先に夕食を済ませた彪奈は剣を腰に刺して準備を始めていた。
幻想郷の異変が活発化してきている今、忍天狗に出動がかかることも増えてきている。
「やっぱり暗夜天が来る前触れ……なのかな」
「不安?」
身支度を終えた彪奈は椛の隣に座ると、そっと頭を抱き寄せた。
椛も姉の温もりに思わず目を閉じる。
「お願い、絶対帰ってきて」
「わかってる、私はお父さんとお母さんに椛を守る約束をしたの。椛は彪奈お姉ちゃんが必ず守ってあげるからね」
「ううん、自分のことは自分で守るから……だからお願い、絶対生きて帰ってきて」
ぎゅっと抱き着く椛はどこか震えているようで、心配になった彪奈は椛の顔を覗き込む。
「ど、どうしたの? 何かあったの?」
「夢を……見たの……」
荒れ果てた大地、地形からかすかに幻想郷であることがわかるがその面影はない。
その中を私は走っていた。
たった数分前桔梗から託された神器、奉神剣虎鉄をその手に抱いて。
(どうして……こんなことに!)
大地を覆う暗夜天の一撃は幻想郷を表面を削り取る。
桔梗達が人里周辺は辛うじて受け止めたが、幻想郷はまた丸禿げとなってしまった。
『に……げろ……も……み……』
桔梗は力尽きる寸前、最後の力を振り絞って神器である虎鉄を椛に託した。
その意味はわからないが椛はただひたすらに妖怪の山を目指す。
涙で視界が霞むが構わない。
心配なのは直撃を受けた山にまだ彪奈や文達が残っているということ。
(お姉ちゃん! 無事でいて……)
しかし現実は非常に残酷だった。
妖怪の山を守っていた天狗の部隊はこの一撃でほぼ全滅、あちこちから啜り泣く声が聞こえる。
「ちょっと……目を覚ましなさいよ! 文、文!」
聞き慣れた声がした。
嘘だと思いたかったが、案の定そこには見知った姿がある。
文と一緒に山に残ったはたてだ。
近くに寝転がっているのは……これも知っている。
「文……様……」
「起きてよ文! 起きなさいよ!」
文の身体を揺するはたて。
その手は走ってきた救護班の天狗達に押さえられた。
「は、離して!」
「動かさないで、脳震盪を起こしています」
救護班はそっと担架に文を載せて運んでいく。
救護班達の後ろ姿を見送るはたてはその場に泣き崩れた。
(私が……私が前線の補給に行かなければ……)
椛はきゅっと唇を噛む。
『もし仮にお前が残っていたとして、お前に何が出来る?』
声がする方へ思わず振り向く椛。
しかしそこには誰もおらず、無惨な死体が並ぶだけだ。
(空耳?)
「椛後ろ!」
今度ははっきりとした声。
振り向いた先には人の姿をした黒い影が浮いている。
そしてその手には……
「お姉ちゃん!」
その手にはぐったりとしている彪奈が胸ぐらを捕まれてぶら下がっていた。
影は彪奈を蹴りあげ、逆の手に持った槍を掲げる。
「やめて……やめて!」
誰も動けないまま、彪奈を槍が貫通した。
彪奈はもうぴくりとも動かない。
(嫌だ……嘘だ……こんなの……嘘だ……)
遠退く意識。
そこで目が覚めた。
疲れきって帰ってきた彪奈は隣で寝ている。
(夢……)
その後、また同じ夢を見そうだったので椛は起きたまま朝を待った。
香澄と村長は二人掛かりで本棚を持ち上げると、家の外へと運び出す。
同時進行でタクミは一人家の中を改装していた。
棚のあった場所には錬金術師の魔石材で作り上げたゲートが、その床には複雑な紋様が描かれている。
「ゲートはこれで完成……あとはブルークリスタル並のエネルギー源があれば起動するはず!」
「おお、やったのタクミ。これが古代錬金術師の技術の結晶、空間跳躍装置!」
「資料は少なかったのにここまで作り出すなんて……」
村長は古代の技術に興味津々な様子だ。
すっかり変わった内装を見回す香澄も驚きを隠せない。
「これで幻想郷に帰れる! あとは私がエネルギーを……」
早速紋様にエネルギーを与えようと手を伸ばす香澄。
しかしよく知った気配を外に感じると止めて外に飛び出した。
「な、なんだ?」
続いて外に出ようとしたタクミと村長は目の前で扉を閉められて困惑する。
一方外に出た香澄は懐から扇を取り出して招かれざる客と対峙した。
「何の用かしら? 暗夜天!」
思わず扇を握る手に力が入る。
そんな香澄を見て暗夜天は戯けた様子で後ろにさがった。
「おお、怖い怖い。あんまりカッカしてると顔にシワが出来るわよ?」
「ブルークリスタルをどこへやったのですか! 答えなさい!」
「あーうるさいわね。どうなったっていいでしょ? あれはもう私の物よ」
「違う! あれはこの世界の大事なエネルギー源、あなたの物じゃ……」
「だから?」
暗夜天は興味なさそうに首を傾げる。
「そこに有効活用が出来そうなものがあったから使っただけ。確かに私の物じゃないけど、あれだけのエネルギーをこの世界の住人だけで使いきれるわけないじゃない」
「でもあれがないとこの世界の人達はエネルギー資源を得ることが出来ない!」
「だからどうしたって言うの? 私の目的の前では意味を成さないわ」
「目的ってまさか!」
「幻想郷を叩き潰す、そしてやつを引きずり出すのよ」
「やつ?」
「ま、これは返すよ。搾りカスだけどね」
そう言って暗夜天が取り出したのは白い正八面体の固まりを香澄の足元に投げ捨てた。
固まりは二三回バウンドすると、香澄の足にぶつかる。
見た目は正八面体の結晶だが、香澄には見覚えがあった。
「まさか……ブルークリスタル……」
それはまさしく、タクミの通っていた学園の地下で研究材料に使われていたブルークリスタル。
しかし本来のサイズからは比べものにならないほどの小ささで、本来の透き通るような碧い輝きはとうに失われている。
「おかげでワールドブレイカーの修理は予定よりも早く終わったし、幻想郷に戻る手段も完成した」
「…………さない……」
「ん?」
俯いて結晶を見つめる香澄の握りこぶしから血が滴っていく。
「もう許さない……手加減もしない!」
身構えた香澄は目にも留まらぬ速さで髪飾りを引き抜く。
扇は手の中で薙刀に変わり、姿も大きく変化した。
後ろで見ていたタクミと村長は、その余りの変わり様に恐怖してその場で硬直する。
(あれが……香澄ちゃん……なのか?)
(なんなんだよ……何が起きてるんだよ……香澄!)
「封印解除っ! 轟け、青龍の血よ!」
「っ!……」
最初の時はたじろがなかった暗夜天だが、今度ばかりは二、三歩後ろにさがった。
以前の時とは明らかに妖力の放出量が違う。
「手加減……ね、なるほど」
「タクミさん、村長さん、出来るだけ離れてください。今の私はあなたたちをかばって動く自信がありません」
薙刀を振り回すたびに空を切る音が低くうなる。
本物の薙刀は幻想郷にあるため妖力の固まりでしかないが、封印を解除すれば普通の刃物と変わりはない。
「ここで私と一戦交えるつもり? なぜそこまで幻想郷を、黄龍を庇おうとする?」
「黄龍?」
いきなり見当違いの名前が出て来て驚く香澄。
黄龍は幻想郷を作り出した賢者の一人で香澄達四神を束ねる存在だ。
「黄龍様がどうかしたと言うの?」
「……まさか、状況を理解せずに黄龍の側についたとか言わないわよね」
「何の話ですか!」
「ちょうど良いわね、話してあげましょう。事の全貌をね」
「魔理沙、あんたいつまでいるつもり? もうお酒はないわよ」
「…………。」
魔理沙は酒杯に入った残りの酒を一気に飲み干すと机に突っ伏す。
魔理沙の手からこぼれた酒杯は霊夢がすぐさま拾い上げて片付けた。
「なあ霊夢」
「なによ」
「……霊夢はさ、なんで巫女になったんだ?」
「いきなりどうしたのよ」
魔理沙は酔った影響からか虚ろな目をしている。
「魔理沙、私のお母さんを覚えている?」
「……ああ」
「博麗霊莉、皆が尊敬した私のお母さんは自分の身を犠牲にして私や幻想郷を破滅から守った」
「…………。」
「だから私も、お母さんみたいに幻想郷を守れたらって」
「霊夢は怖くないのか? もしかしたら死ぬかもしれないんだぞ?」
「そうね、でも怖いと感じたことは巫女になってから一度たりともないわ」
「弾幕ごっこじゃない、本当の戦争になるんだぞ?」
「ずいぶん後ろ向きね魔理沙」
「…………私は怖いのかもしれない」
「なによ、いつも自分から首を突っ込みたがるのに」
それきり魔理沙は眠ってしまったのか喋らなくなった。
霊夢はその肩にそっとブランケットをかける。
「なんだ、魔理沙は寝てしまったのか?」
そこにちょうど博麗神社に居候中の霊稀が湯上がりの浴衣姿で入ってきた。
「どうした霊夢、顔色が良くないぞ? 風呂でも浴びてゆっくりしてくるといい」
「うん」
霊夢は霊稀から新しいタオルを受け取ると廊下に出る。
「しっかしまあ一人でよく呑んだものだ。部屋が酒臭い」
夜風に当たる霊稀はうちわを片手に縁側に立った。
(……大結界に異常はない。本当に暗夜天は来るんだろうか)
蚊取り線香の煙りが細く、長く伸びる。
それでも寄って来る蚊は霊力の波長を重ねて防いだ。
「…………なるんだ……」
「ん?」
涼んでいるといきなり魔理沙の寝言が聞こえてくる。
干渉してくる魔理沙の霊力の波長からも彼女が夢でうなされていることがわかった。
「なるんだ……魔法使いに……」
(そうか、魔理沙はまだ人間だったな……)
霊稀は魔理沙のおでこにそっと手を置く。
(夢にうなされるようではまだまだだな、だがその目標は持ち続けることだ)
能力で霊力を干渉させて悪夢から解放してやる。
これは能力の応用で、妖夢に言われて気付いた使用方法だ。
「これで幾分かは楽になっただろう。今のうちにぐっすり眠っておくんだ」
その時だった。
ほんの一瞬、一瞬の綻び。
気付いたものは幻想郷でもそう多くない。
「っ!」
霊夢は慌てて風呂から出て、霊稀は浴衣を脱いで巫女服に着替える。
同じ頃、赤い館の主は紅茶のカップを置いて空を見上げた。
世界の境界では紫が戦闘に備えて傘をたたむ。
「来たわね!」
「本当に来たか……」
隣に立つ天魔はマスケット銃を左の翼から取り出し、右手のショットガンにスピンコックで弾を装填した。
既に準備は万端だ。
止まっていた幻想郷の時間が動き出す。
一度動き出してしまえばもう誰も止められない。
「見てるか霊緋、始まるぜ」
桔梗は虎鉄を引き抜くと大きく振り回して背中のラッチにかける。
「お前が守ったこの場所は俺が守るよ」
桔梗は木から飛び降りると妖怪の山に向かって走り出す。
その後ろから炎の固まりが迫ってきた。
「あんたも気付いたみたいだね」
炎の正体はカンナだ。
まだ包帯を巻いているが、どうやら戦いには参加出来るらしい。
「結晶体はもう大丈夫なのか?」
「ま、あんたには感謝しているわ。右足はまだ少し麻痺が残っているけど」
「それでけっこう。戦力が少しでも増えるのはありがたい」
「どうする気? 多分前の戦いでこっちの出方は読まれてるよ?」
カンナに引っ張り上げてもらいつつ腕組みして考える。
倒す手段は正直な話ごり押ししか考えてなかった。
今の幻想郷にはそこそこに戦える者が多く揃っているから考えるまでもなかったというのもある。
「まああれだ、なんとかなるだろ」
「いっつもそれね」
「否定はしない」
そうこうしていると妖怪の山が見えてきて、文が猛スピードで近付いてきた。
「桔梗さん!」
「準備は出来ているな、奴が来る」
「天魔様も早くから準備は進めていました。今人里の人間達をあらかじめ決めておいた避難場所に誘導しています」
「どれぐらいかかるのかしら?」
「あと15分もあれば。皆さん協力的で助かってます」
前回の戦いの反省を活かして、人里の人間達は住人の出払った地下の旧地獄に隠れてもらうことになった。
「それじゃ遅い……」
「確かにそうですね。空を見てください!」
文に言われて空を見上げる桔梗。
大結界は既に大きな揺らぎを見せている。
破られるのも時間の問題だ。
「文、先に行って天魔に伝えろ」
「わかりました、桔梗さんも急いで!」
「俺は霊夢達と人間達の避難を援護すしてから行くと伝えてくれ」
文は両足で空気を蹴って加速すると、あっという間に見えない距離まで飛んで行った。
「相変わらずだな文のスピードは」
「桔梗……私が寝ている間にあんな子と仲良くしてたの」
「なんだよ。俺が誰とつるもうが俺の勝手だろ?」
「……。」
「なんだお前、妬いてるのか?」
「だっ、誰が妬いたりするもんか!」
その頃大結界の外では以前と同じように暗夜天と紫が対峙していた。
「お早い到着で、暗夜天」
「お出迎えありがとう、いつぞやの妖怪さん?」
互いに一度は戦っている相手、それだけに警戒してどちらからも動かない。
「よくここまで来れたわね。空間の境界に閉じ込めたはずなのに」
「まあ、強力な助っ人がいたからね」
「ふぅん、じゃあ早く退場してもらおうかしら」
暗夜天に向けられた傘は貯まったエネルギーの影響で先端から強い光を放つ。
「ごめんなさいね、残念ながらそうはならないのよ」
「なんですって?」
「こういうことだからです紫、お願いですから私達の邪魔はしないでください」
「っ! なんであなたが!」
「手を休めるな!」
天狗達は火力を集中させて『近付き難き闇』のカード兵を一つ一つ落としていく。
本体が現れる気配は一向に無いが、この時点で既に数で押され始めていた。
「飛風、忍天狗をもっと前に出せ! 後ろはもう限界だ」
「全員前線に出てます! いくら最強の天狗で構成された俺達でもここまでの数で押されては対抗出来ない」
「くっ……」
天狗達に指示を飛ばしつつ自身も大きな翼を翻しながら戦う天魔。
しかしカード兵は名前の通りトランプ大の大きさ、攻撃をすり抜けられてしまう。
「くっ……」
それでもなお残弾のなくなったマスケット銃を振り回して抵抗する。
直衛に着いていた銀牙は見かねてスペルカードを取り出した。
「待て飛風、スペルカードはまだ使うな!」
「しかし!」
「大丈夫、援軍はもうすぐ来る!」
「援軍?」
その時だった、辺り一帯に警報音のような音が鳴り響く。
「来たな」
やがて警報音が止むと同時に膨大な量の光が降り注いだ。
光はカード兵を飲み込み、そのほとんどを一撃で消し去る。
「見てお燐、私やったよ! ほらほら!」
「わかったわかった。次が来るよ!」
加勢しに来たのは地霊殿の住人だった。
天魔と銀牙の元にもさとりが寄って来る。
「遅くなりました、ここからは私達も戦います。……いえ、我々の戦力にも限界はあります。だから共闘するのです」
きょとんとする二人。
その様子を見てさとりはしまったという顔をした。
能力のせいでもあるが、さとりには他人の考えていることを先読みして見る癖がある。
「すみません、私の能力は相手の考えていることが読めてしまうので」
「そうだったな。私が天狗や妖怪の山の妖怪達を指揮している天魔だ」
「古明地さとりです。御見知り置きを……」
「天魔様、早速ですが囲まれています」
「わかっている。行くぞ、各隊はあの地獄烏を守りつつ応戦しろっ!」
天魔の号令で天狗や他の妖怪達が再び一斉に攻撃を始める。
地底から来た援軍は強力無比だった。
霊烏路空が一度に消し飛ばし、残りを火焔猫燐や天狗達がその残りを片付ける。
「なんだ、さとり様の話からもっとすごいの期待してたのに期待ハズレだな」
「お空、油断は禁物だよ」
すっかり油断しきっているお空を止める燐。
しかし遅かった。
お空の一撃を回避したカード兵は体を折りたたみ、合体し、巨大なカード兵になる。
その大きさはお空達妖怪のゆうに三倍にまで巨大化した。
「そんな虚仮威し!」
お空は右腕の制御棒を構えてエネルギーを蓄える。
その膨大な量のエネルギーの一部は空気中にスパークとなって溢れ出ていく。
「これが私の全力全開っ!」
胸の目が光り、充填されたエネルギーの流れが風を起こした。
「くらえぇぇぇぇ!」
発射の反動で周囲に爆風が吹き荒れる。
まばゆい光が溢れ、天魔達は目を覆った。




