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4歩目

お題:不屈の家事  制限時間:2時間



「ねーちゃーん、早くしないとコースケくるぞー!」

「こらー隆、ちゃんと先生って言いなさい!」

「えー、いいじゃん別に、どーせねーちゃんのダンナになるんだろ。んじゃ、オレのにーちゃんじゃん」

「……そっか」


 支度を済ませて下りながら、『ダンナ』という単語に反応して思わず頬に手をあててしまう。

 そんなわたしを見て隆がふんっ、と鼻を鳴らした。


「あーあ、オレが空手を頑張っている間に、いーっつもデートしたなんて、ずりぃよなー! ちぇっ」

「……ごめんね」

「……コースケならいいよ、べつに」


 ぶすっとしつつも、ぼそりと弟が呟いた。


「アイツ、オレよりずーっとデカイし強ぇみてぇだからな。ねえちゃん、ちゃんと守ってもらえるだろ……良かったな」

「うん。でも、わたしは隆にも守ってほしいな」


 そう言うと、「げーっ」と言いつつくるっと背を向け、隆が靴を履きだした。

 着信メロディが流れ出す。


「あ、着いたみたい」


 玄関ドアを開けると、門の前で先生の車が停まっていた。運転席から先生がわたし達を見て片手を上げる。助手席に隆、後ろにわたしが乗り込んで発進する。


「コースケ、これ音楽何流してんの?」

「ああ、吹奏楽部の次の大会で使用する曲だ。他のCDに換えるか?」


 先生は吹奏楽部の顧問もしている。見た目と雰囲気はどう見ても体育会系なのに、山城の考察だったり陶芸が趣味だったりと、意外と趣味は文系寄りだ。



 あれから、先生は何度も家に通い、根負けした父から婚約の許可を貰うことができた。

 ただし、事前に宣言した通り、わたしが卒業するまでは付き合いは許されないことになっている。

 だから、デートもしてはならない。


 週に二回の少しだけ、先生に会えるチャンスがある。

 弟の道場まで、先生が車で送迎してくれることになったのだ。

 これまでバスに乗って送っていたのを、安全面を考えて先生が提案してくれた。わたしが以前痴漢に遭ったこともあると知り(もちろん、それは一人で公園にいたからだとは伝えていない)、父もそれだけは渋々許可してくれた。

 そんなわけで、この時ばかりは堂々と家族公認で先生に会える。



「そんじゃ、行ってきまーす!」


 車から降りて弟が道場に向かっていった。この後の約一時間半は、先生と二人きりだ。


「飯食ってきた?」

「ううん。わたしはまだ」

「じゃあ、近くのイタリアンの店にでも行こうか」


 車を出せるようになったので、こうして短い時間の中でもちょっとしたデート的な事ができる。


「あのね、今日、お弁当作ってきたんだ」


 持ってきた包みを掲げてみせる。


「うおっ、やっった!」


 先生は凄く喜んで、公園の駐車場に車を停めてくれた。


 車から降りて、二人並んで手を繋ぎ歩く。

 先生も私も、ほんの少し変装しているから、万が一顔見知りの人に見られてもぱっと見はバレないはず。

 そう分かっていてもドキドキしてしまうのは、やっぱり教師と生徒という関係が世間からは認めてもらえないからだ。


「――似合ってる」

「え?」

「指輪。つけてくれているんだな」

「あ、うん。会う時だけはつけていたいの」


 右手に光る婚約指輪を広げてみせる。今ではわたしの一番の宝物だ。


 昼間、先生が他の女子や荻野先生と一緒にいる姿を見て嫉妬しても、家に帰り指輪を見ながら、先生はわたしと婚約しているんだから! と言い聞かせて過ごしている。独占欲が強い女が先生を好きになったら大変だ。周りが敵だらけに見えてしまう。


「俺、別にモテないぞ?」


 先生はそんな事を言っているけど、面倒見もいいし明るいし、見た目だって結構カッコイイと思うし、背が高くてがっしりしてるし、ロマンチストで情熱的だし、それからそれから……。


「いや……あのなあ……俺、そんなイイ男じゃないから。幻想が消えた後で虚しくなるから止めてくれ。第一、俺は留美しか見てないって」


 先生はそう言って苦笑いするけど、でも、こういう心配って理屈じゃない。

 例え実際にモテないとしても、好きな人のことは気になるし、不安になるものだ。




 ベンチに座りお弁当を広げる。


「うお、旨っそー!」


 先生が目を輝かせるのは、以前約束していた煮物やキンピラも混じった和風弁当だった。

 

「ふっふっふ。実は、俺も持ってきたぞ」


 ごそごそと取り出されたのは、魔法瓶とカップが二つに茶こし、それから可愛い紅茶の缶だった。


「でもまあ、弁当に紅茶は会わないから、先にお茶買ってくるよ」

「ううん」


 わたしは首を振った。


「先生が淹れてくれるお茶がいい」

「そうか?」


 最初に比べるとずっと慣れた手つきで先生が紅茶を淹れてくれる。カップを渡されて口に付けると、深く繊細な香りがゆっくりと広がった。


「美味しい。先生、紅茶淹れるの上手になったね」

「最初は職員室にあったティーバッグだったもんなあ」


 二人でゆっくりとお茶を飲みながら、出会った頃の話をする。


「ねえ」

「うん?」

「――結婚しても、こうして一緒にお茶しようね」

「ああ」

「二年半、長いけど頑張るから」

「留美は頑張らなくていいよ」


 先生がわたしの頭をゆっくりと撫でてくれた。


「お前は日頃何かと頑張り過ぎだ。弁当だって、すげえ嬉しいけどな、無理はしないでいいから」

「無理なんてしてないよ。先生に食べてほしかったから」

「――そうか」



 夜の大きな公園は、静かだけれど程よく人がいて。

 空に浮かぶ月が目の前の水面にも浮いていて、時折ふわりと揺れる。


「旨いな、これ」


 好きな人がわたしが作った煮物を美味しそうに食べていて。

 わたしは、淹れてもらった紅茶を抱えてて。



 ――幸せだな。


 そう、心から思った。



 これから卒業まで、きっといろんな事が起こるだろう。

 先生と喧嘩をするかもしれないし、荻野先生が本気を出してくるかもしれない。


 

 けれど、二人で過ごすお茶の時間は、今、こうしてここにある。



 形は変わっても、静かな二人の時間を持てば、きっと乗り越えていけると思うから。



「あのね……大好き」



 隣を見上げてそう言うと、優しい笑顔が返ってきた。






        <NIGHT TEA: おわり>













「なあ。七村部長、最近元気無さ過ぎると思わないか」

「だよなあ。こないだ俺、トイレの個室から「るみぃー」と部長の声で泣いていいるのを聞いちまってさ……」

「マジか……娘さん、溺愛してたもんなあ」

「ありゃ、遅い反抗期が来たかもな」


 ひそひそと男性社員が話しているのを耳にしながら、私はカコン、とジュースのアルミ缶を捨て、休憩室を後にした。


 確かに最近、部長は元気が無い。

 以前は明るく気さくだったのに、今や周りから腫れ物扱いされるレベルのじめじめっぷり。


(やっぱり……娘さんに彼氏ができたんだろうなあ)


 先日部長から、ハートが飛び散っていたり、「すき」と書かれた旗が付いたお弁当について質問を受けた。おそらくその頃から娘さんが変わってしまったのだろう。


 同じチームメンバーとして、何か元気になるお手伝いができないものだろうか。


 デスクでどんよりと沈む部長を見ながら考える。


(――あ)


 ふと思い出し、私はごそごそと鞄を探った。

 あったあった、来週行われる某有名クラシックコンサートのS席のチケットが二枚。

 先日彼と別れてしまい、一緒に行く相手がいなくなってしまった。

 一人で行くのも寂しいので、同僚の誰かを誘おうと思って持ってきていたのだ。



「――部長、あの、ちょっとよろしいですか?」


 書類と共にチケットを持って近付いていく。


 だって何だかこの人って、くるくると喜怒哀楽が顔に出て、たまに何処か寂しげで。


 放っておけないんだもの。

 

 顔を上げた彼に書類を差し出しながら、私はどのタイミングでチケットを見せるべきかを考えていた。





   <とある女子社員と部長:おわり>


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