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NIGHT TEA  作者: SPICE5
SIDE:B 女子高生編
25/39

4杯目

お題:緑の、と彼は言った 制限時間:1時間

 夏休みが始まり、ツキツキにろくろ体験に行こうと誘われた。何でも、先日の祭りで抜刀術を披露された藤岡さんは窯元の方だったらしい。

 普段料理をし慣れていると器の大切さが分かってくるものだ。

 焼き物に興味があったわたしは、二つ返事で飛びついた。


 当日、弟に朝食と昼食を作り分けていたら思っていたより時間がかかってしまった。バタバタと準備をし、弟に見送られて家を出る。

 待ち合わせていた駅のホームまで一気に走る。久しぶりの感覚にばくばくと心臓が暴れる。

 ジリリリリ

 発車ベルぎりぎりに何とか電車に飛び込むことができた。


「……っは……ご、めっ……弟にお昼の分作ってたら、遅くなっちゃって……っ」

「いいよいいよ、間に合ってよかったね」


 ツキツキがなだめながらお茶のボトルを渡してくれる。


「今日は楽しみにしてたんだよね。ろくろっていっぺん回してみたかったの」


 席につこうと歩き出したわたしは、いる筈のない姿をそこに見た。


「……ねえ、何であいつらもいんの」

「あ、七村さんだー」


 4人掛けの席には手を上げる與野木と、それに何故か吉備北先生までもが座っている。


「あのっ、人数多い方が楽しいかなと思って。それに、藤岡さんは先生の友達だから、引率してもらった方が話をしてくれそうだから……」


 なるほど。


「――で、どうして事前にそれを言ってくれなかったワケ?」

「そ、それはあの……七村と與野木君って仲良いから、サプライズのつもりで……ルビちゃんの時みたいに、二人きりでデートさせてあげたいなって……。

 ご、ごめんね、七村を嫌な気持ちにさせたのなら、本当にごめんっ!」


 ちょっと待て。

 與野木?

 何故そこで、與野木がでてくんの?


「――あのさあツキツキ」


 げんなりしつつ、目の前の天然少女に訊ねてみる。


「もしかしてさ、わたしが與野木の事を好きだとでも思ってんの?」

「……違うの?」

「どうしてそっちに持っていくのか、なあっ」


 いいかげんにしろ、とツキツキの小さな鼻先をねじるようにして摘まんでやった。


「いだだ!」

「いーい、罰として今日は一日與野木と一緒にいな。ずーっと二人っきりだよ!」

「ひゃんれえええっ?」

「鈍いのも大概にしろ、このお気楽天然娘が!」

「いだいいだいいいっ!」


 ふんっ。

 わたしはズカズカと4人掛けの椅子に向かった。

 同じ恋をする者として、応援すると言った以上、協力しようじゃないか。

 いいか與野木、何としてでもこの鈍感女に気付いてもらえ!!! 


「わあー、先生おはようございまーす! お久しぶりですねっ」


 ワザとらしくにこやかに先生に話しかける。


「……ああ」


 おそらく先生も聞いていなかったのだろう、強張った顔で相槌をうっている。


「與野木ぃ、ツキツキがあんたと一緒にいたいって言ってるから、悪いけどあっちいって」

「えっ」

「はよ行け! 横につけ!」

「あっ、うん……」


 わたしの剣幕に驚いた顔で與野木は立ち上がるとツキツキの方へ行ってしまった。


「さー先生っ、そんなわけであっちで二人は仲良くやるそうですから、こっちはこっちで今日はよろしくお願いしますううう!」


 やけっぱちになって叫ぶと、先生は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 そのまま、目的駅に着くまでわたし達は黙ったままだった。





 体験場に案内され、ろくろを回しなながらも、わたしは先生が藤岡さんの妹さんと談笑しているのが気になって気になって仕方なかった。


 もしかしたら、この綺麗な人も、先生の事……。

 前から知っているみたいだし、「吉備さん」って親しげに呼んでいるし。

 一度疑い出すと、きりがない。


 嫌だ。

 人を好きになるのって、どろどろして醜過ぎる。

 ううん、違う。

 恋をしたルビはとても可愛くなっていたじゃないか。


 つまりは、わたしが醜いのだ。





 帰りの電車も、同じように先生と並んで座っていた。

 自分の嫌な部分ばかり見えてしまったせいで、わたしはとても疲れていた。ぼうっと窓の外を眺めていると、とん、と何かが腕に当たった。


「――やるよ」


 先生の言葉に目を向けると、プレゼント用に包装された小箱が当たっていた。

 受け取って箱を開く。

 深い森のような色に飴がかったマグカップが出てきた。


「これ……」


 展示場でツキツキと「これいいね」と話していたシリーズだ。自分で買うには少しだけ高価で、散々迷った挙句、結局購入は諦めていた。


「ずっと見ていただろ。

 青い方が好きじゃないかとは思ったんだが、俺は七村に似合うのは緑の方だと思った」


 カップを両手で抱えてみる。しっくりと手に馴染んで心地良い。展示場で見た時は鮮やかな青に心惹かれていたけれど、確かに落ち着いたこの色はわたしにぴったりだと思った。


「あの、これ、いただいて……いいんですか?」


 おそるおそる尋ねたら、「当たり前だろう」と少し呆れた声で返された。


 どうしよう。

 じわじわした喜びが身体中を巡って、溢れそうになる。

 好きな人からのプレゼントがこんなにも嬉しいものだなんて、初めて知った。


「ありがとう……」



 今くらい、わたしもルビのように素直になってみようと初めて思った。



 そろそろと左手を伸ばし、先生の指先に触れてみる。ぴくり、と反応したそのずっと先にある顔まで見上げる事ができなかったから、俯いて。


「……握っても、いいですか」


 震え気味な上小声になってしまったから、ちゃんと届いたかが心配だった。


 長い長い沈黙に、言った事を後悔し始めた頃、ようやく。


「……ああ」


 低い声と共に大きな掌がわたしの手の甲に被さってきた。

 溢れた長い指先が指下に滑り込む。

 言いだしたのは自分の癖に、いざ握られてしまうと途端に手を引いて逃げ出したくなる。緊張で指先が痙攣してしまい、安定を求めてもぞもぞと掌を返してみたものの。


(あ。こっち側だと汗をかいているのがバレる……)


 そう気付いた時には、既に指を絡められて、動かせなくなっていた。



 後ろから、ツキツキと與野木の話し声が聞こえてくる。



 汗ばむ掌を合わせるのは目的駅まで続いた。


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