2杯目
お題:今の火 制限時間:1時間
友人にK市のお祭りに誘われた。観光協会を中心としたイベントで歴史をモチーフにしているらしい。
「與野木君に誘われたんだー。ねえねえ七村も一緒に行こうよ!ルビちゃんや正直も来るって!」
クラスメイトの上村朋(名前が月二つ、という理由でツキツキと呼ばれている)の無邪気な言葉に、
(……與野木も難儀な相手を好きになったもんだ)
と相手に同情してしまう。
きっと奥手な與野木なりに、頑張ってデートに誘ったのだろう。そしてその精一杯の勇気をあっけらかんと踏みにじってしまう小動物系少女・ツキツキ。鈍感とは罪である。
ルビがクラスメイトの武田と付き合うのは秒読み段階で間違いない。ならばわたしが行かない方がダブルデートになっていいかもしれない。(たとえツキツキにその気はなくとも)
そう考え、一度は断ろうとしたのだが、結局出かけることになってしまった。家族に「行ってこい」と言われたからだ。
わたしはこれまであまり友達と遠出をしたことがなかった。母親代わりをしていると何かと家の事ばかり気にしてしまうため、近場の誘いしか受けずにいた。
誘われた翌朝、ローカルニュースでk市のイベントについてPRが出てきた時に、
「あ、これ昨日友達に誘われたんだー」
とうっかり言ってしまったのが始まりだ。
「留美、行ってきなさい。父さんだって家事くらいできるぞ」
「姉ちゃん、おれもう2年生だぜ!」
と、父と弟に散々気を遣わせる結果となってしまった。
そんなわけで、祭り当日である。
到着早々にいい雰囲気になったルビと正直は放流し、結局與野木とツキツキとわたしの三人で行動をすることになった。與野木には申し訳ないので、後ほどはぐれたフリをして二人きりになってもらう予定だ。
與野木が見たいイベントを見るため城跡に急いだ。現在は中学校敷地となっているため、イベント会場はグラウンドで行われているらしい。
坂状の校門を潜ると堀の上に立つ木造学校が見えた。グラウンドには多くの観光客が集まっていて、肝心のイベントは見えるかどうかの瀬戸際といったところだ。
「與野木、あっち見えそうじゃない?」
「あ、何とか隙間からいけるかも」
と與野木と二人でポジション取りをしていると、
「きゃあっ」
「よーし上村、ちゃんと来てたか。ちょこまかしてたからすぐ分かったぞ」
後ろからツキツキと、聞き馴染みのある声がした。
振り返ったわたしの目に、吉備北先生に身体を持ち上げられているツキツキの姿が映った。
「先生やめてー」
「おいこら暴れるな、危ないっての。俺は見えやすいようにと思ってだなあ!」
ツキツキがじゃれるようにして吉備北先生をぽかぽかと叩く。「痛い」だの「やめろ」だの口では言いながら、先生の顔が少し楽しそうな事にわたしは気付いていた。
ス……ッと、世界から、音と温度が消えた。
先生がツキツキを降ろそうと屈みかけて、わたしに気付く。 目を開きかけ――、そのまま、視線を逸らされてしまった。
「あー、お前達、ちょっとこっち来い。見えやすい場所があるから」
咳払いをして誤魔化し、先生はわたし達をスタッフテントに連れていく。
そうして與野木が見たがっていた抜刀術のイベントを見せてくれた。
何でもこのお祭りはここの中学校のOBが企画し、運営スタッフとして動いているらしい。先生もそのスタッフの一員で、そのためこうして特等席で見学をさせてもらうことができたのだ。
抜刀術のイベントは迫力があって良かったらしい。
らしい、というのは、イベントの間中、先生が気になって仕方なかったからだ。
スタッフシャツを着て腕組みをしている後姿。他のスタッフと進行具合をチェックしている横顔。
あまり見過ぎて周りにバレないよう、わたしは目の端で先生を観察していた。
「與野木、ちょうど武者行列があっている頃だ、見てくるといい。あれもなかなか面白いぞ」
先生の言葉に與野木が目を輝かせた。
せっかくだからそちらも見に行こうと、テントを離れて三人で大通りを歩いていると、
「あーっ、しまった、あたしテントに忘れ物しちゃったあ!
與野木君と七村、先に行っててくれない?
行列が終わってから連絡するから」
ツキツキがワザとらしく大きな声を上げて手を叩き、方向転換して走り去って行ってしまった。
「……行こうか」
「まあ、上原さん興味無いみたいだし」
そう言って與野木と二人で歩き出す。
なんか、当初の予定と全く違ってしまった。
「――ごめん。與野木」
わたしの言葉に、與野木がきょとんとした顔を向ける。
「いや、わたしが今日来ちゃったからさ。せっかくツキツキと二人きりになるチャンスだったのに」
本音を漏らすと、與野木の顔がぱっと赤くなった。
元が美少女顔なだけに物凄く絵になる。筈なのだが、古ぼけた眼鏡のせいで台無しだ。非常に勿体無い。
「ええっ、あの……七村さん、知ってたの?」
「見りゃ分かるよ。いっつも目で追ってんじゃん」
「うわ……七村さんにバレていたとは……」
與野木は赤面したまま手で額を覆い、溜息をついた。
「むしろ、あんだけ見られてて何も気付かないツキツキの方がどうかしてるわ」
わたしのツッコミに、與野木君がぼーっとした声で呟いた。
「…………上原さんって吉備北先生と仲良いよね」
自分の鼓動が跳ねる感覚が、はっきりと分かった。
「上原さん、いつも楽しそうに先生にじゃれている感じだし」
「……」
「先生もまんざらじゃないというか、上原さんの髪をよくくしゃくしゃってやっているの見かけるし」
「……」
「そんな関係じゃないって分かっているんだけど、見てて時々、ちょっとイラッとくることがあるし…………って、ごめん。僕、性格悪いね」
「ううん! そんなことない!」
わたしは思わず大声で與野木の言葉を否定した。
そして、その両手を持ってぎゅうっと力強く握りしめた。
「與野木、大丈夫。わたしはあんたを応援してるし、力になりたいって思ってるから!
ツキツキは、まだ何も考えてないだけ! 諦めるんじゃない!」
びっくりした顔で聞いていた與野木の顔が、嬉し気な表情に変わった。
「ありがとう。そんなに応援してくれるとは思わなかったら、ちょっとビックリした。七村さんがついてくれるのは心強いな」
ズキン、と小さく胸が痛む。
ああ早く。
早くこの心に灯った嫉妬の火が消えてくれないだろうか、と願いつつ、
「だって友達じゃーん」
と、わたしは與野木の肩を叩いた。