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NIGHT TEA  作者: SPICE5
SIDE:B 女子高生編
22/39

1杯目

お題:潔白なテロリスト 制限時間:1時間


 弟とバスに乗り、自宅に帰る。軽い夜食を食べさせ、風呂掃除をしてお湯を張る。宿題の音読で国語の教科書を読むのを聞きながら洗濯物を畳み、『聞きました』の保護者サインを記入してアイロンが必要なものものを取り分けて籠に入れる。

 おやすみと言って弟が自室へ行き、ここからは一人の時間だ。

 汚れた食器を洗い小学校から配布されているプリントで提出物がないかを確認する。父の分の食事をテーブルに準備し、ラップをかけ、風呂の温度を調整して湧き直すのを待つ間アイロンをかけてしまう。

 課題は学校で済ませるようにし、自宅での勉強は予習・復習に徹している。だらだらと時間をかけても効率良く覚えられない。隙間時間に集中するのがポイントだ。

 風呂に入る前にスマホをチェックしたら父から『遅くなります』とメールが入っていた。他には友人のルビからメールが一件。返信を返して風呂場へと向かった。


 脱衣所で服を脱ぎながら自分の顔を観察する。

 髪は結ばずに長いまま。帰宅後に一度シャワーを浴びている。赤い眼鏡を洗面台にことりと置き、あまりよく見えなくなった裸を眺めてみた。


 頬に手をあてる。

 触れられた場所と同じ、左側。


 ざらりとしてて、熱かった――。



「――ッ、やだっ」


 わたしはバスタオルを掴むとしゃがみ込み、そこに顔を埋めて叫んだ。


「もうやだもうやだやだやだーっ!」


 風呂場の中で叫けば外に漏れるかもしれない。叫ぶならこうしてバスタオルで声をくぐもらせるしかなかった。


「なんでこんなことになっちゃったのよーっ、もういやーっ!」






 彼に紅茶をかけられ、身体を拭かれている間、わたしはがちがちに固まっていた。

 早まる鼓動を聞かれているんじゃないかとそれが怖くてたまらなくて、


「先生、もういいから」


『今まで通りの関係で』なんて言い出したくせに、自分から先生と呼んでしまっていた。


「もう……拭かなくていいから……」


 始めて触れられて、それだけでも緊張しているのに、距離があまりにも近過ぎる。

 先生から、あの日かぶせてもらったジャージと、同じ匂いがした。

 石鹸と、少しだけ汗の混じった匂い。


 顔を上げた先生の目がわたしを間近で見ているのが分かる。

 眼鏡をしていなくて良かった。よく見えなければ逃げ出さずに済むから。

 左の頬に手が差し入れられ、思わず声が漏れそうになる。

 これから起こるであろうことを、受け入れようとしている自分がいた。


 ――そう。

 わたしは吉備北先生を好きになっていた。



* * *



 私が担任生徒だと分かってから、先生は公園に来なくなった。

 そんなものか、と思った。

 結局は自分の立場を守りたいだけ。大人は皆そうだ。

 そっちがそのつもりならこっちだって相応の態度を取らせてもらうと、わたしは露骨に先生に厳しい態度を取るようになった。

 だから子どもなんだと思いはしたが、それでもよそよそしい先生の態度を思い知らされる度、イライラが止まらなかった。

 あんな思わせぶりな態度を取っておきながら、この変わりようはなんだ!


 だから、嫌がらせの意味も半分あった。


「行きますから、先生が保護者として付いていてください」

「もし来なければ、今までの関係をバラします」

「友達とか、さっきのB組の担任の先生にもバラしちゃいますから」


 大人ぶったその顔が慌てる様を見たかった。

 それに、保護者が付く必要があっても父に頼むことはできない。稽古中に弟には見るなと言われているし、結局先生以外に頼む人を思い付かなかったのだ。



 鼻をあかしてやりたくて、大人っぽい恰好をすることにした。

 公園に向かう前にはシャワーを浴びて香りのいいシャンプーを使った。おさげは作らず、眼鏡もかけず、恰好もなるべく大人びて見える服を心掛けた。

 視界が悪いと大胆になれると学んだ。

 イライラしていた思いをぶつけたくて、再会した夜に嫌味を言ったり挑発したりもした。


 けれど、再び一緒に夜のお茶会をするようになって、ああ、本当はこの時間を待ち望んでいたんだと気付いた。


 なんてことのない、ただ静かに紅茶をいれて、月を眺めながら飲んで、あとはただぼーっとするだけ。

 本を読むふりをしていても本当はコンタクトを入れてもいなかったため、わたしは視界の隅にぼんやり映る先生の手を見ていた。ページを繰る時の音や仕草を、いいな、と思っていた。

 


 ある時ふと、そういえば心からくつろげる時と場所はここだけだったのだと気が付いた。



 学校では友達と騒ぎ課題に取り組み、帰宅しても家事や雑事に追われていた。

 試験会場で仲良くなった與野木や、同じ留美という名で気が合ったルビが片想いをしていると気付いても、微笑ましく見守っていたつもりだった。


 でも。



* * *



 ――キスしてほしかったのに、してくれないのが悔しくてぶってしまっただなんて。


「ああああああっ」


 自分の我儘っぷりが恥ずかしく、わたしはバスタオルに埋もれたまま叫んだ。


 最低だ最低だ、先生はきっと大人の男の人だから、我慢してくれたのに。

 どれだけわたしは浅ましくいやらしい女なんだろう。


 散々叫び、ようやっと気持ちが落ち着いたので風呂に入る。

 湯船にもたれかかりながら目を閉じ、できなかった先生とのキスを想像した。


 けれど、先生とわたしが付き合うなんてことは無理だって分かっている 

 社会的立場、関係、年齢。

 そして何より、恋をしたと気付いてから分かった事がある。


 先生にわたしだけを見ていてほしいと思っている。触ってほしいと思っている。


 教師という立場なら、たくさんの同級生と接するし、大人の綺麗な女性とだって出会うだろう。

 それが、耐えられない。

 許せそうもない。


 恋という感情がこんなにも醜いだなんて、知らなかった。



 わたしには、恋をする資格なんてない。


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