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NIGHT TEA  作者: SPICE5
SIDE:A 高校教師編
20/39

6杯目

お題:今の悲しみ 制限時間:30分



 痛い。

 じんじんするこの痛みがたまらなく悲しいのは、物理と感傷が入り混じっているからだ。


「はは……」


 乾いた笑いがひとりでに漏れる。


 終わりだ。


 俺は、完全に嫌われてしまった。




* * *




 七村に言われた通り、俺は週に二度、お茶の用意をして公園に通っていた。


 一人の生徒を贔屓にするのは駄目だと思う教師の自分がいる。

 だが、通い始めてみればやっぱり俺は彼女を好きなままで、この時間を密かに何よりも楽しみにしていた。

 七村が何故俺を付添いに指名したのかは分からない。

 希望ある誘いのように思えなくもないが、俺は七村を中学生と知らずに惚れたような男だ。最早自分のカンなど全くアテにならない事は証明されている。


 実際、この関係は当初の平行線のままで進展など何もなかった。いや、あっても困るが。


 俺がお茶を準備する。

 池に映った月や公園の景色を眺めながら、黙って紅茶を啜る。本を読む。決して学校の話題は出さず、ぽつぽつと取りとめの無い話をする。

 それでもたびたび訪れる無言の時間は、俺にとって緊張するひとときであり時折いたたまれなかった。


『この場所でだけは今まで通りの関係で過ごす』


 七村はきっちりとそれを守り、学校で周りに見せる態度など俺には全く見せなかった。

 だが俺には無理だ。

 昼間生徒に見せている姿を切り替え、一人の男として接することは、もうしてはならない。付添いという名目で傍にいるからだ。

 律にそれを話したら「お前どこまで頭固いのぉ!?」と叫ばれてしまった。


 固いのではない。

 そもそも固ければ、こんな関係などとっくに破綻している。


 俺は怖いだけだ。


 



 気付けば日々はあっという間に去り、一学期が終わろうとしていた。


 今夜は風が強い。

 ベンチに座ろうとした七村も強風にスカートの前を懸命に押さえている。

 そちらは絶対に見ないようにして俺は彼女に紅茶をいれて渡した。

 これはもう解散した方がいいのではないか。そう提案しようと思っていると、脇に置いていた冊子が強風にあおられバサッと飛んだ。

 俺は急いで冊子を掴もうとし、その拍子に肘が七村に当たってしまったらしい。


「きゃっ」


 ばしゃん、と七村に紅茶がかかってしまった。


「すまんっ!」


 俺は慌ててディパックからタオルを取り出した。彼女にかかった紅茶を急いで拭いていく。火傷をしていないだろうか。いれたてではないから大丈夫だと思いたいが――脇腹から太腿までせっせと押さえて水気を取る。

 七村は女性だ。このまま夜間病院にタクシーで向かった方がいいかもしれない。


「先生、もういいから」

「いや、火傷していたらいかんだろ。病院に連れて行く」

「大丈夫だから。あの、もう……拭かなくていいから……」

「そうか。じゃあ、タクシーを呼んでくるからこのままでいなさい」


 顔を上げると、息のかかる距離に七村の顔があった。

 拭き取る事で頭がいっぱいだったが、非常によろしくない位置だと今更ながら気付く。


 近い。離れなければ。


 そう分かっているのに動けない。


 七村の涼しげな瞳の下にはちらちらと薄いそばかすが散っていた。外灯を背にした暗い中で彼女の瞳が揺れている。見惚れていると、ゆっくりと目を伏せ恥ずかし気に視線を逸らされた。

 くらりとする。


 ――気付けば俺は、彼女の頬に手を差し入れていた。


 頭の中で警鐘が響く。

 

 おい、俺は……この子の担任だぞ。年だって、10も離れていている。

 流石にこれは……まずいって…………しっかりしろ、吉備北幸助。

 男なら耐えろ、耐えるんだ!

 

 ・

 ・

 ・


 息を殺し、何とか衝動をやり過ごす。

 そろそろと手を離し、俺は七村から離れた。


「念のため、このまま急患センターに――」


 パンッ。

 乾いた音と共に頬に衝撃が走った。


「ばかっ」


 俺をぎっと睨みつけて七村が叫ぶ。


「ロリコンのくせに! ロリコンのくせに!」



 彼女は立ち上がるとあっという間に走り去ってしまい、俺は頬を押さえたまま一人その場に取り残されていた。


 

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