2夜目
お題:寒い負傷 制限時間:15分
俺が彼女を初めて見た日の夜は今でもはっきりと覚えている。
正月明けでうっすらと腹回りについた肉を落とすため、俺はランニングを始めることにした。贅肉は身体を重くし、その分日常生活も怠惰になる。
スポーツバイクで20分の大きな公園。中央に池がありその周りがランニングロードになっている。
俺は10週ほど走り終えると、持ってきたミネラルウォーターを取り出した。そうしてクールダウンのためゆったりとロードを歩いている時に、池の前のベンチに座った彼女を見つけたのだ。
白い息を吐きながら、冷たい月の光に照らされた彼女の頬は濡れていた。かじかんだように震える指の先はあかぎれがびっしりとできていて、痛々しく赤い割れ目が見えていた。
赤い割れ目と同じ色のフレームの眼鏡。
ひとめぼれとは、こういう事をいうのだろう。
彼女は顔のつくりが特別綺麗だというわけではない。けれど泣いている横顔に時折光る涙の筋から、俺は目が離せずにいた。
俺は自動販売機から温かなカフェオレを買い、急いで戻ってきた。
彼女が今にもベンチから立ち上がりそうな雰囲気だったので、慌てて「あの!」だの適当な呼び声と共にさっとそれを差し出した。
彼女はびっくりした顔でカフェオレの缶を見た。次いで俺を見上げると、目に見えてうろたえだした。
「え……」
「すいません、俺さっき珈琲と間違ってカフェオレ買っちゃったんですけど、良かったら飲みませんか? 捨てるのも何なんで」
俺の早口の説明を彼女はぽかんとした顔で聞いていたが、邪険に扱うのもどうかと思ったのだろう。
「……どうも」
と言いながら、おそるおそる受け取ってくれた。
あかぎれにクリーム色のカフェオレの缶が痛々しく映える。
警戒されたか。
俺は、慌てて
「じゃあ、それだけですから」
と言い残し、その場を離れたのだった。
――そうして、俺と彼女の夜のひと時が始まった。