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NIGHT TEA  作者: SPICE5
SIDE:A 高校教師編
19/39

5杯目

お題:僕の好きな秘部  制限時間:1時間

 職員室でじっとしているのも落ち着かず、俺はサーバーからコーヒーを注ぎ入れて外に出た。

 運動部の生徒達が練習をしているのを眺めながら一息つく。カーン、というバットに当たるボール音に、青春の音だなとぼんやり思う。あとで顧問をしている部の方も様子を見に行っておこう。

 カララ、と後ろのアルミ製の引き戸が開いた。


「吉備北センセ、お客さんよ」


 生徒前用の声色を作る荻野の横に、七村が立っていた。


「あー、相談室に行くか」


 荻野の前でボロを出すのが恐ろしかったので、俺は七村を連れて相談室に向かった。

 木製の引き扉をスライドさせ、入るように促す。

 相談室は6畳ほどの和室で残業する日や休日出勤時には、ここで軽く1時間程仮眠を取る事もある。つまりは、とても落ち着く。

 パタン、と扉を閉じて上靴を脱ぎ中に上がる。長机に向かい合って座ると、締め切った空気の中暫しの沈黙が続いた。


「あー……その、話しておく事があるんだが」


 切り出し方がいまいちだったが、一度話し出せば曲がりなりにも教職者である。

 七村に対し、


・生徒が一人で夜の公園に行くべきではない事

・これまでは自分も勘違いしていたため口を出さなかったが、担任となったからには見逃すわけにはいかない事

・理由があるならばせめて保護者同伴で付き添ってもらうように、といった事


 を、できるだけ冷静に話していった。

 俺が話しをしている間、七村は口を挟むこともなく黙っていた。


「――と、いうわけだ。以上」


 話し終えホッとしていると、「先生」と七村が初めて口を開いた。


「保護者というのはどんな立場の人でもいいんですか」

「いや。生徒本人と血縁関係にあるか、もしくはそれに準する者、しっかりとした保護責任の立場が証明できる相手に限る。赤の他人では駄目だぞ」

「じゃあ、吉備北先生が一緒なら大丈夫なんですね」


 よもやの質問に言葉が詰まる。


 あれ、俺、無視されているんじゃなかったのか? 

 嫌われたんじゃないの?


「いや……それは、その」


 言葉を濁していると、


「わたし、今夜も公園に行きます」


 七村がきっぱりと言った。


「行きますから、先生が保護者として付いていてください」

「……」

「もし来なければ、今までの関係をバラします」

「なっ!?」

「えーと、たとえば友達とか、さっきのB組の担任の先生にもバラしちゃいますから」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 荻野だけは駄目だ!

 俺の気持ちを知っているアイツだけは!!

 絶ッッ対に、駄目だ!!!


「わたし、本気ですから。では」


 そう言って、七村は立ち上がると入口でお辞儀をして相談室から出ていった。

 俺は呆然としてその場に取り残されていた。




****





(何でこうなっちまったんだ……)


 スポーツバイクを駐輪場に止め、苛立ちながらランニング・ロードを早足で進む。

 

 そもそも正月休みに食べ過ぎ・飲み過ぎてしまったのがいけないのだ。余計な贅肉がつかなければこんなところまで来ず、筋トレだけで済んでいたというのに。

 それから、あの時ベンチに彼女が座っていなけりゃ、そうして俺がそれに気付いていなけりゃ……


 って、やめよう。不毛な考えだ。



 ベンチにはまだ誰も座っていなかった。

 そろそろと辺りを見回して、とりあえずいつもと同じ左端に座る。

 時計の針はまだ少し早い時刻を指していた。

 どうすっかなー……と考えていると、


「――こんばんは」


 落ち着いた声が上から降ってきて、俺は首を真上に上げ――、息を呑んだ。

 



 不機嫌そうな顔で現れた彼女は、いつもの眼鏡もおさげもしていなかった。




 サラサラのロングヘアは背中まで流れ、すとん、と隣に座った瞬間、甘く爽やかなシャンプーの香りが俺の鼻をくすぐった。



「…………ないんですか」

「えっ」

「お茶。今日はないんですか」

「あ、ああ! す、すまん」


 どういう態度を取るべきかで頭が一杯だったため、お茶のことなどすっかり失念していた。


「そこの自販機で買ってくるから」


 立ち上がり、急いでベンチを離れる。

 自動販売機の前に立ち千円札を滑らせる。

 ピ、と光ったボタンのうち、カフェオレを押そうとした俺の横で、


「ミルク臭いのって苦手なんですよね」


 綺麗な指先が微糖コーヒーのボタンを押す。

 ガコン、と缶が落ちるのと同時にチャリン、チャリン、と釣り銭が重なる音がした。釣り銭口から三枚の硬貨を拾い、それを投下口に入れると、


「――『キビキタ』さんは?」


 彼女が前を向いたまま尋ねてきた。


「いや……特に」


 やっとのことでそれだけを答える。七村は自分と同じ銘柄のコーヒーのボタンを押すと、落ちてきたそれを俺に差し出した。


「はい」


 自動販売機の光が彼女の顔を明るく照らしている。

 受け取ろうとした指先が触れ合ってしまい、俺は年甲斐も無く動揺してしまった。

 


 おい、何だよこの反則技は。

 あれか、一昔前の少女漫画にありがちな『眼鏡を外したら~』っていうあれか。




 赤いフレームの眼鏡を外した七村は、とてつもなく俺好みだった。




「わたし、アンフェアなのって嫌なんです」


 ベンチに戻り、コーヒーを口に運びながら七村が呟く。


「だから、この場所でだけは今まで通りの関係で過ごすのって、駄目ですか? 『キビキタ』さん」

「……」

「受け入れられないのなら、それでもいいんです。

 その代わり、もうここには二度と来ないでください」

 

 七村の顔を見る。

 冷たく挑戦的な彼女の瞳を見た瞬間、不覚にも俺はぞくりとしてしまった。


「…………分かった」







 もう、どうにでもなれ。

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