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NIGHT TEA  作者: SPICE5
SIDE:A 高校教師編
18/39

4杯目

お題:穢された慰め 制限時間:1時間


「何それすっげーウラヤマ」

 

 地元の飲み屋で友人の律に話すと身を乗り出して食いついてこられた。


「好きになった子の担任で? 女子高生、しかも一年だろ?

 粉かけるなら今のうちじゃん」

「馬鹿か」


 枝豆をつまみにしつつ大ジョッキのビールを口にする。ここの枝豆は焼いてあるため香ばしく、訪れるたびに注文している。


「そんなことできるわけないだろうが」

「何でさー」

「15歳だぞ。俺はロリコンじゃねえ」

「15って別にロリじゃなくね?」


 律はポテトサラダ(カリカリのベーコンとチーズが入り、上から挽きたての黒胡椒がかけてある。この店の人気メニューの一つだ)を取り皿に写しながら熱心に語った。


「『JKと付き合う』なんて、俺達一般人にとっては夢のまた夢なワケよ!

 んな状況で手ェ出さない方がどうかしてるわ。大体女子って16から結婚できるんだろ?」

「お前の意見の方がどうかしてるわ」

「幸助は昔っから変な所で固いもんなー。あのさ、お前がその子と付き合えない理由って何なワケ?

 教え子だから? JKだから?

 んなもん時期がくるまでバレなきゃいい話だろ」


 律は陽気でいい奴なのだが、こういう話題になると微妙にかみ合わなくなってくる。


「お前には倫理観が無いのか」

「やっだぁー幸助ったらぁー、もうえっちなこと考えちゃってたのぉ?

 別にエロ~いことしなくても、とりあえず形だけでも付き合う約束だけしてキープしておけばいい話じゃなぁーい。もーう、ムッツリさんなんだからあ」


 律のオネエ口調は相手を挑発する時に出る。


「エロって、俺はただ……!」

「今考えたでしょ」

「……」

「う・ふ・ふ、幸助ちゃんったら、ス・ケ・ベ♡」

「――ふざけんな!」


 ごんっ、と律の頭に思いっきり拳骨を落とす。

 ってえ! と絶叫してもがく姿を尻目に俺はビールを飲み干した。


 彼女は元々公園で会ったおしとやかで守ってあげたくなるような女性だった――と、俺はずっとそう思い込んでいた。

 実際の自己紹介を聞き、そのハキハキとした口調と態度に、ああ、思っていたよりも強い子なのだと知った。

 そう分かったところで、教え子である。どうしようもない。その上まだ一年生ときた。


 良かったじゃないか、もっと関係を深めようとアプローチする前で。

 そうだ、こうして真実が分かりブレーキをかけることができただけでも良しとせねば。


 そう、己を慰めていたというのに。


『今考えたでしょ』


(――クッソ)


 まだ頭を押さえたままの律のジョッキを俺は引き寄せ、飲み干してやった。



 ああ、考えたよ。お前に言われなくてもな!


 公園でお茶をしていたあの頃は、彼女を片想いの相手として、つまり女性として見ていたわけであり、健全な男子としては欲求が全く無いわけではなく――。


 まあ、男なんて皆そんなものである。



 ジョッキを二杯追加する。いくら飲んでも酔えそうにない。

 俺は律を睨みながらため息をついた。

 荻野といい、こいつといい、どうしてこう、親身にならず面白がるヤツらばかりなんだ。

 

 こいつのせいで教育者としての矜持を汚されてしまった気がする。


 

 


* * * * *





 表向きは普通に数日が過ぎていった。

 だがどうしても俺は、一度七村と話しておく必要があった。



 あの日以来、俺が公園に行っていないからだ。



 初日に行くべきかどうか散々迷った挙句、

(これ以上個人的な感情で生徒を贔屓する原因を作ってはいけない)

 と、結論を出し行かなかった。

 だが、その決意は俺を余計苦しめる結果となった。


 七村が俺を無視し始めたのだ。



 一応挨拶をすれば挨拶を返すし、出席を取ったり名前を呼べば返事もする。

 だが、最低限必要な接触以外は極力避けているのだという意志がひしひしとその態度に現れていた。


(違うんだ七村! 俺は教育者として!)


 そう心で言い訳をしつつ、俺も七村を真正面から見ることができなかった。表面上はいつも通り生徒を指導し教壇に立ちながらも、彼女の姿は後ろを向いた時にちらりと確認する程度。

 とんだヘタレである。


 だが、俺は担任の立場として確認しておく事柄があった。

 彼女が何故夜の公園に一人で来ているかということについてだ。


 一人の男としての自分は、彼女とあの公園で出会えたことに感謝している。

 だが、桜城高校1-A担任である吉備北幸助としては、自クラスの生徒がふらふらと公園に遊びに行っていることを注意しておく必要があった。

 はっきり言って気が乗らない。

 だが、このまま自分が注意せねば彼女はまだ公園に訪れ続けているかもしれない。


 以前のように変質者や痴漢に彼女が出会ってしまったら。


 想像しただけでゾッとする。

 彼女がそんな目に遭うくらいなら自分が嫌われようと原因を聞き出し指導するのが適切だ。

 おれは生徒指導の担当でもあるのだ。



「――七村」


 放課後、号令をかけて生徒達がガヤガヤと騒ぎ出した中、俺は七村の名前を呼んだ。

 七村は俺の方をちらりと見て、


「はい」


 と不審そうな声で答えた。


「あー、すまんがちょっと話したいことがあるんで、この後職員室に来てくれないか」

「……今ここでじゃ駄目ですか?」


 七村の声が不機嫌になる。


「すぐ終わる。職員室で待ってる」


 俺は七村に告げると返事を待たずに教室を出た。

 廊下を歩きながら、はーっ、とでっかい溜息をつく。


 さて、どう切り出したものか。


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