3杯目
お題:出来損ないの電撃 制限時間:30分
結局俺は荻野に対し、彼女が一体どのクラスで何という名前なのかまでは白状しなかった。
もしバレようものならどんな目に遭うか分かったものではない。
「ふーん、そこまでして話したくないのなら、いいわ。どうせすぐバレるんだから」
散々俺を蹴りつけた挙句、悪魔のような顔で荻野は微笑み、俺はぞっとした。
クッソ。最悪な幕開けだ。
オリエンテーションのため教室に向かいながら、俺はげんなりしていた。
今後1年間、担任として七村さん――いや、もう『七村』だ――にどういった態度をとるかは決まっている。
幸い、アプローチらしきことはまだしていない。
ヘッドホンの際わざと顔を寄せたりはしてしまったが、それでもあからさまな行動ではなかったはずだ。
気持ちを伝えなかった事だけが唯一の幸いである。
努めて冷静に、客観的に、生徒の一人として平等に接すること。
これ以上余計な感情は抱かないし、漏らさない。
それが教育者としての対応だ。
そもそも俺にロリコン嗜好などない。
暗い公園だったため細部まで観察ができなかった。しかも彼女は背が高く大人っぽい恰好で、その上ひっそりと落ち着いていたものだから、なんというか、俺はそこに惹かれたのだ。てっきり若くても大学生くらいかと思っていた。
最近の子の発育っぷりは何なんだ、一体。
(……いや)
誰もいない廊下を歩きながら、俺は目を閉じ溜息をついた。
彼女のせいじゃない。俺が勝手に一目惚れしただけだ。
彼女を見た瞬間、雷に打たれたようになった。
思い込みとは恐ろしい。
今にして思えば確かにそうだと随所で見抜けた筈なのに。勝手にフィルターかけて冷静になれなかった俺は、とんだ出来損ないの教育者だ。
『1-A』と書かれた教室が見えてきた。
バシッ、と音を立てて自分の頬を叩く。
ここからはもう、生徒達に見せる顔は『桜城高等学校1-A担任教諭吉備北』だ。
「うーす、席につけー」
ガラッと扉を引き、教室内にいる生徒達に声をかける。
彼女の姿も目の端に入ったが、俺は絶対に見ないと決意していた。
「あー、入学おめでとう。今日からこの1-Aの担任をする吉備北幸助だ」
黒板にチョークで名前を書き、『きびきたこうすけ』とふりがなも付ける。
「専門教科は社会。中でも歴史、特に日本史が好きなので語れる歴史オタク仲間を募集中だ」
例年であればここで「ついでに彼女も募集中だ!」と(実際にいようがいまいが)続けていて、そこで義理程度の乾いた笑いがかすかに起こったりしたものだ。
「それと、生徒指導の担当でもあるからなー。毎朝校門に立って、奇抜な恰好していたり遅刻したりする者は引きずって指導室に連れていくぞ。
年は26、獅子座のA型。趣味は筋トレだ。
よーし、それじゃあ入口前の方から順に自己紹介をしてもらおう。名前と出身中学、簡単なPRをしていけ。趣味とかでいいぞ」
話を振ると緊張交じりの和やかな空気になった。
「えっと、E中から来ました、安孫子孝之といいます……」
始まった自己紹介を腕組みして聞きながら、俺は彼女がどんな紹介をするのかを密かに待っていた。