2杯目
お題:いわゆる悪意 制限時間:30分
「どうしたの吉備」
入学式を終えて一旦職員室に戻ってくると荻野に声をかけられた。
「あんた具合でも悪いの? 式の間もダラダラ変な汗かいてたし声も裏返っちゃってたけど」
「いや別に……」
担任紹介時に1-Aの生徒が俺を見たのだが、その中に彼女の顔があったため、動揺してしどろもどろな挨拶となってしまったのだ。
「……荻野」
「ん?」
「あのさあ………………いや。やっぱいい」
げしっ。
荻野が俺の膝を蹴り上げた。
「ってェ! お前なあ、そんな恰好の時くらい女らしくしろよ」
「うっさいわね、あんた相手におしとやかになって何の得があるってのよ!」
げしっ。
もう一度同じ場所を蹴られる。
「男なら一度言いかけた事を最後まで言わんかっ!」
げしげし!
「おい、やめろ。痣になる」
こいつも俺と同様で『付き合うなら教員以外がいい』と合コンばっか出ているらしい。
見た目はいいから男はできる。だが数か月と持たずに別れるのはこの男勝りな性格のせいだからだと俺は思っている。
別に性格が悪いと言いたいのではない。初対面で『愛され系』(? と聞いたが俺にはよく分からない)な格好と仕草で男を狙うから、ボロが出た時幻滅されるのだ。
それなら始めから素の自分でいけばいいのに。
飲み会の時愚痴られたんでそう言ったら、
「そんな物好き何処にいんのよ! ばーか!」
と絡まれてしまった。
「いや、お前のキャライケると思うけど。いいじゃねえか、美人で勝気。クラッとくる男もいるだろ」
答えたら、物凄く嫌そうな顔をされてしまった。
「おらおら、はよ言いいなさいよ、おらっ」
少しくらい感傷に浸らせてほしい。
「痛えだろうが! 止めろ! ……言うから」
ぴたっ、と蹴りが止まる。
「…………たんだよ」
「は? 何、聞こえないけど」
「……だから……いたんだよ」
「何が」
「………………お前、誰にも言うなよ」
「だから、何!?」
いらいらしたような荻野に手招きする。
この問題を同僚に相談するのもどうかとは思ったが、俺はこの時、誰かに話して少しでも楽になりたかったのだ。
「――あの子がいたんだよ」
我ながら死にそうな声だった。
「あの子って、誰」
「こ、紅茶の……」
「あー、例の『おさげの君』ね……って、
はあああああァア!?」
荻野の絶叫に周りの職員が何事かと振り向く。俺は慌てて荻野の口を手で塞いだ。
「ねえっ、それってもしかして彼女がここの生徒だったってこと!? しかも今日は新入生しかいないってことは、えっえっ、一年生の子なのーっ!?」
手をもぎ取り、小声で激しくツッコんできた荻野の怒涛の言葉攻めに、
「やめてくれ……」
俺は思わず顔を覆ってしまった。
「ねえねえ、何クラスの子なのー、教えて教えて」
「……」
「つんつん♡ 吉備北セ・ン・セ♡」
ああ。
この、物凄く嬉しそうな声は心配だの同情からではない。
「うっふっふー、面白い事になったわねえっ♡」
黒い尻尾が見える。
僅かながらの悪意が混じった、好奇心だ。