5夜目
お題:ナウい模倣犯 制限時間:30分
その夜、わたしの中で『ロリコン変人お茶会男』は、『ロリコンだけどちょっとだけ頼りになるお茶会男』に格上げした。
だが、そのことで彼を好きになったかと聞かれたら「それはない」とはっきりと言える。
そんな安っぽいドラマのような展開は私が最も苦手とする類だ。
助けてもらった、見直した。それだけで充分ではないか。
第一、いまだにわたしは彼の事を何も知らない。成人男性だということと、普通の男性より筋肉質な人だということ、声が低くてよく通るということ。つまりは全て外見からの情報のみである。
「あの、しばらくは、もうここへは来ません」
痴漢に遭った夜、公園の入り口まで付いてきた彼に、わたしはそう告げた。
「そう、そうですね……それがいいと俺も思います……」
同意したものの、見るからに彼は打ちひしがれて、しょんぼりしていた。
――何故わたしがいいんですか?
別れる前に声に出して訊いてみたかった。
彼がわたしから得る情報もまた、見た目だけなのだ。三つ編みで赤眼鏡で160㎝を幾らか超える10代半ばの女子。
三つ編みメガネ属性のロリなのか、コイツ。
分かりやすいというか、彼から好意は感じていた。そして紳士的に振る舞おうと努力していたことも。
変人ロリコンだと警戒しつつも今までずるずると付き合い続けたのは、何だかんだで彼の事が嫌いではなかったからだ。
中学生の私に対して一人の女性として扱ってくれたのが嬉しかったからだ。
だけど、痴漢に遭うリスクを犯してまで会うほどの情熱を、彼に対してわたしは持っていない。
「あのっ」
意を決したように、彼がわたしの顔を見た。
「今更ですが、あなたの名前を教えてもらってもいいですか」
一瞬だけ迷った。このまま別れるつもりだったから。
けれど、見下ろす彼の目が何とも寂し気なものだったので、
「――『七村』です」
と、気付けばわたしは答えてしまっていた。一応、最後まで警戒は解かず名字だけに留めておく。
「ナナムラ、さん」
男はそれで充分だと思ったようだ。口元を綻ばせて繰り返す。
「あの、ナナムラさん。良かったら、またいつか会ってもらえませんか」
「……」
どうする、わたし。
「……」
「……」
沈黙が苦しい。男の、この緊張っぷりが伝わってくるのが、何とも。
「――同じでいいなら」
考えた挙句、わたしは慎重に答えた。
「春になる頃、また、お茶が飲みたくなったら。ここで」
どちらにしろ、そろそろ潮時だとは思っていた。
2月に入り、高校受験はいよいよ迫ってきている。体調管理のためにも冬の夜の出歩きは止めておくべき時期なのだ。
「春になったら……」
男が繰り返す。繰り返すうちに段々と顔が明るくなっていくのが分かる。
やはり大型犬によく似ている。
「あの、俺っ、それまでにいろいろ雑誌やネットで調べて、もっとナウいお茶を準備して待ってますから!」
はは、と我ながら乾いた笑いが出てしまった。
「助けていただいてありがとうございました、えーと」
「あ、俺は『吉備北』っていいます」
ハキハキしたよく通る声で男が言った。
「キビキタさん」
「はいっ」
「ではキビキタさん。それでは、また」
「! はい、また! ナナムラさん!」
こうしてわたし達の夜のお茶会は、一旦お開きとなった。