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NIGHT TEA  作者: SPICE5
SIDE:B 眼鏡少女
11/39

4夜目

お題:私と風  制限時間:30分


 彼と会うようになって、何度目の夜だったろう。

 

 その夜わたしは空腹だった。弟の帰宅がいつもより遅かったため、夕飯を作って食べさせているうちに自分が食べそびれてしまったのだ。

 薄暗いベンチの上でスティックタイプのキャラメルを一つ取り出して口に入れる。血糖値が下がった時はこれが一番コストパフォーマンスがいい。

 もごもごと甘ったるさに癒されていると、後ろに人の気配がした。


 彼かなと思い振り返ろうとした瞬間、いきなり両胸をわしづかみにされた。


「おお? ねえちゃん結構ボインちゃんじゃねえかあ~、へへへ」


 酷い口臭と共にしわがれた声がわたしの首筋にかかる。


 頭が真っ白になって声がでない。


 身をよじって逃げようとしたら「減るもんじゃねえだろうが、ああ?」と脅すような口ぶりに変わった。


「やめてください……」

「んだとコラァ? どうせおめえも男に飢えてんだろ? 俺がようく揉んでやっからよお」

「やだ……っ!」


 再び伸びてきた両手をかわして立ち上がる。

 つば付キャップを深く被りくたびれた恰好をした男が立っていた。酒に酔っているのだろうか、足元がふらふらとしておぼつかない。

 一歩踏み出され、わたしが走って逃げようとした瞬間、


「おい!」


 わたしと男の間に体を割り込ませるようにして、彼が立ちはだかった。


「連れに何か用か」


 男は値踏みするように彼の身体をじろじろと見た。だが、体格に差があると判断したのだろう、


「うっせえぞお、コラ」


 と言いながら、ちらちらと退散する隙を伺っているようだった。

 彼がずい、と一歩踏み出し男の手首を掴む。男はひぃ、と悲鳴を上げた。

 と、突然突風が吹いた。

 ごう、と唸る風は公園内のビニール袋や新聞紙を巻き込み、ついでに目の前の男のつば付きキャップもむしり取っていく。


 頭が剥き出しになった男は、白髪頭が剥げかけた老人だった。


「お、おめえ、覚えてろぉ」


 捨て台詞を残すと老人はよたよたと走り去ってしまった。




「大丈夫ですか?」


 降ってきた声にうっすらと視界がにじむ。

 

 ずるい。

 こんな、騎士ナイトのような登場なんて。


「あの、ちょっと……む、胸、触られちゃっただけです、から」


 私の台詞に彼のまなじりがつり上がった。


「――のやろう!」


 絞り出された声は今まで聞いたことがないほど怒気を含んでいた。


 彼は着ていた青いジャージを脱いで、わたしの身体をそれで包んだ。


「すぐ、戻ってきますから。ええっと、もしまた変なヤツが現れたら――」

「防犯ブザー、持ってます」


 わたしは鞄から黒いブザーを出してみせた。彼を警戒しての所持だったため出すのが少し後ろめたかったが、彼は大きく頷いた。


「待っていてください!」


 彼が走り去った後、わたしは震える手でブザーを握りしめていた。



『万が一変な人に会っても、ブザーを鳴らして逃げるから大丈夫!』


 夜の公園で弟を待っていると知った友人達は「あぶないよ」と口々に言っていた。でも、わたしなら大丈夫だと思っていた。

 自分でもしっかりしている方だと思うし、人の多い公園だし、ブザーだって持ってるし。


 なのに、実際に痴漢に遭ったら、声が出なかった。怖かった。

 自分があんなおじいさんに性対象として見られたことがショックだった。



 青いジャージからは彼の匂いがした。

 シャワーを浴びて来ているのか、石鹸の匂いに混じって僅かな汗の匂いもする。

 わたしはジャージを引っ張り、そっと胸元で寄せた。

 男臭い匂いをもっと嗅いでみたいと思ったのなんて、初めてだった。



「――すいま、せ、何処に逃げたんだか、見当たらなくて」


 ハアハアと息を切らせて彼が戻ってきた。


「あの、もう大丈夫ですから。たかが胸をちょっと触られたくらいで、わたし……」


 慌てて両手を振って笑顔で制したものの、彼は納得いかなようだった。


「何言ってるんですか! そんな泣きそうな顔をして」


 ――言わないでよ。


 だって考えないようにすれば、なんてことないんだと思っておけば、いつものようにすんなり別れることができたのに。


 盛り上がってきた涙を隠そうと下を向くと、ぽろっと二粒雫が落ちてしまった。


 

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