3夜目
お題:紅茶と部屋 制限時間:15分
(うわー……、目をつけられてたのか)
最初に思ったのはそれだった。
男は咳払いをしつつ、
「先日はすみませんでした。急にお渡しして」
と、もごもごと切り出してきた。
「いえ、あの、こちらこそお礼も言えずに……」
わたしはとりあえず当たり障りのない言葉を選んだ。小さなころからしっかりしていると言われている。一応人から物をいただいたからには礼を言うのは当然だ。
だが、わたしの言葉は男をホッとさせたらしい。
「そのー、良かったら今日も間違って買ってしまったんで」
そう言いながらカフェオレの缶をかざされた。
「――飲みません?」
え、ヤです。
そう言いたかったが、やはり体格差が恐ろしい。わたしはクラスの女子の中で最も身長が高い。それでも相手の男は平均的な一般男性よりがっしりとしてかなり上背がある。
頷くしかなかった。
彼の人柄が悪くないことはなんとなく雰囲気で伺える。
髪を染めているわけでもなく下心のある態度でもない。清潔感のある顔かたちから、普通にしていればそこそこモテる部類ではないだろうか。
しかし、中学生を相手に話しかけてくる時点でこいつはロリコンだ。
男は緊張しているようだった。
「コウモリの中には獲物の血の熱で反応して襲うやつもいるんですよ」
何故そんなことを話しだしたのか全く意図が掴めないまま、はあ、だの、へえ、だの小さく返事をする。
わたしがカフェオレの缶を持ったままなのを見て、
「飲まないんですか」
と尋ねられたので、
「温かいですね」
とカイロ代わりとして役に立っていることをアピールしてたら、ひどく嬉しそうな顔をされた。
大型犬によく似ている。
危害を加えたり変な事をしようとするわけではなさそうだったので、念のため防犯アラームを忍ばせつつも、道場に行く日の夜は男と少しだけ話をするようになった。
「紅茶はお好きですか?」
4度目に会った際に、そう尋ねられた。
好きも何も、家には緑茶とインスタントコーヒーしかない。幼い頃から母の身体が弱く入退院を繰り返していたため、そんな紅茶を楽しむ余裕なんていろんな意味で無かった。
けれど「別に」と即答できないのが、大人に対して外面良くやり過ごしてきたわたしの癖である。とりあえず頷いて誤魔化した目の前に、いきなり魔法瓶とカップとティーバック、おまけにスティックシュガーとミルクポーションが並べられた。
「お茶会をしましょう」
何こいつロマンチスト?
ちょっとだけ、気持ち悪いと思ってしまった。
たぶん、わたしはそこらの一般女子よりもロマンスというものに対してドライだ。そんなものを夢見る余裕も無かったし、別にこれからも無くていい。
英単語の一つでも覚えた方が有意義だ。
植物性油脂と水に乳化剤を加えクリーム状にした後、着色料及び香料で色合い・香りをつけたミルクポーション入りの紅茶は、甘ったるくて油っぽくて、おいしいなんて思えなかった。
それでもやっぱり害はないため、なんとなくずるずるとお茶会は続いた。
回を重ねるごとに様々な紅茶がわたしの前に出される。最初に飲んだものに比べるとずっと香りもよくておいしくなった。
「お土産に」
と言って、彼に紅茶のティーバックを2つ3つばかり貰うこともあった。
それらは全て、テーマパーク土産でもらったお菓子の缶の中に入れ、自室の机の中にしまいこんだままだ。