九話 夜闇の闘技場 一
微妙な振動と無視出来ない程度の音。真夜中、上の部屋で暴れている住人のようで、深夜にやられたらきっと苦情が来るぐらいだ。
闘技場の入り口に立つ俺たち。
止める者は誰もいない。実にざる警備である。
「……夜警が怪我人を収容したって」
そう言ってウィンドウを閉じる撫子ちゃん。
「そりゃ良かった」
少し安心。これで心おきなく戦える。
籠手の様子を確かめて、一言。
「準備良い?」
「……うん」
隣の彼女に話しかける。
初めて会った時はふわふわという印象を受けたものだが、今はびくびくという擬音がよく似合う。
さっきから、話す時も少し沈黙してから話しているが、そんなタイプではなかったはず。本来、寡黙系キャラじゃないんだ、彼女は。というか彼女もそれだと同じゼミ内に二人も寡黙キャラがいることになる。
彼女の様子を伺う。
その横顔からは戦闘以外の緊張も見て取れる。……俺、何かやらかしただろうか?
……一旦置いておこう。後で土下座でもなんでもすれば良い。
『隠密』『索敵』『警戒』を並列起動。
隣の彼女も同じことをしていた。
そのまま二人、無言で移動。
見通しが良く物陰がある二階、客席の方へ進む。
これはガンスリンガーである彼女を優位に立ち回らせるための判断だ。ガンスリンガーは回避性能はあまりよくない上に打たれ弱いので、盾に出来る障害物に隠れられればそれだけでずっと楽になる。牽制能力高いしね。
それに機動力低めで接近型な俺も、身を隠して接近出来るため近づくことさえ出来ずにぼこぼこにのされる可能性が低くなる。
それなりに考えてはいるんだ。
物音を立てないよう気を配りつつ進む。
安易に音の方へと進みたかったんだけど、出来る限り戦闘開始時点で有利になるように立ち回っておきたい。
さっき考えた通りに動く。
隊列は、俺が前で彼女が後ろ。
先手を打ちたいなら遠距離攻撃が出来る撫子ちゃんを前にすれば良いんじゃないかと思うかも知れないが、ここは建物の中。透視能力を持たない俺らでは『角を曲がろうとした際、敵がもう目の前に』という突発事故が発生してしまう可能性がある。
それで彼女が先頭だと至近距離から開戦し俺が防御する前にやられてしまうかも知れないんだ。……『警戒』『索敵』など、アビリティで可能性は下げているけども。
五分ほど歩き、意外とこの建物大きかったんだなと実感しつつ目的地へと辿り着く。
こっそり、物音を立てないようにゆっくりと扉を開けて、客席の様子を伺う。
今は見えない。敵の姿も、味方の姿も。
しかしちょっと移動すれば見えるだろう。物音は近く、予想した場所……昼間に丸焼きにされたところにいるだろうから。
無言で手招き。後ろを確認していた彼女が振り返り、急いで俺と共に客席に出る。
すぐに椅子などの影に隠れる。
風が吹く。
緊張した体を少し冷やすのでちょうど良い。今熱暴走は避けたいから。
この闘技場、天井はなく夜空が見渡せる。黒い夜の海に浮かぶ翠の月は少し翳って俺たちを照らしている。
周囲の、特に下の様子を伺う。
「……いた」
闘技場、客席から場の中央を見つめる。下に見える人は四名。知っているのは三名か。
一人はもちろん今回の被害者こと先輩。
武功を上げている上に影響力が強いので、出来れば早いうちに潰しておきたいと思うのだろう。……彼女の禁呪の情報も出回ってないし、脅威としては十分だろう。
二人目はなずな。
ブレイズウルフたちを引き連れて参戦している。
俺たちと同じ経緯でここに来たのだろうか? いや、あの惨状を見れば彼女は手当に残っただろうから一直線にここに来たのか。ソウルイーターとかの情報を持っていて先輩の思考を理解している彼女だからこそと言える。
残りは多分邪教の輩で正しいはず。
なずなのわんわんおによる絨毯爆撃の前に逃げ回りつつ、応戦している敵。
しかし……違和感があるな。なんだろ?
見れば先輩、なずなの方も何かを警戒しているような動き方。……明らかに敵が見えない方にも過剰なくらい注意している。……!?
周囲を見渡し、不自然に揺らぐ物体がないか確認。
いた!
一番近くの、五メートルの距離もない地点の椅子が揺らいでいる。
その時鳴り響く鈍器のような物を振り回す音。
撫子ちゃんを抱えて横へ飛ぶ。
耳元に嫌な風が吹く。
床との摩擦で熱を持つ靴。滑るように体勢を変え、襲撃者に向き直って止まる。
頬を少しと耳にかすり傷。抱きかかえた彼女は無事だと思う。
早く気付けたので助かったが、一瞬遅ければ思いっきり命中して瀕死くらいにはなったかも知れない。
俺はともかく、撫子ちゃんは下の敵に対応するために『集中』に切り替えていたこともあってか、完全に反応が遅れていた。
それにしても。
「見えない敵、か。『インビジブル』だよな?」
虚空に向かって話しかける。
見えないが、気配は辛うじて読み取れるので方向だけは分かる。
「いかにも」
これは意外。返答があるとは思わなかった。
男の声。聞き覚えはもちろんない。
透明なので姿も分からない。
「まったく……厄介な奴が出て来たなぁ」
『インビジブル』は習得出来るクラスがかなり限られている。
代表格だと最終クラスのアサシン。習得に必要な下限レベルはたしか60とかだったな?
ついでに言えば、他のクラスでも難易度はこれと同じくらいはある。
つまりこいつは強い。俺よりも強い。
まったく……俺より影が薄く出来るとか……逆に俺の存在価値が減るだろうが。
まあ、そんなことはさておき。
気にすべきは、こいつはここを張っていたっぽいこと。
つまり、ばれてたと考えるべきか。
確かめようか。
「あんたがここ数日先輩に付き纏って情報拾い集めてた奴か」
「左様」
よし。反応があった。
数日ははったりだったけど当たりかよ。ていうか……これ使うか。
……それにしても思っていたより右だな。
修正。向き直る。
「で、質問があるんだ。ストーカー男さん」
いそうな方向に声をかける。
無言。
殺気のようなものが倍増した気がしたが、きっとそんなことなかったぜ。
自分でここ数日付きまとってたこと認めたばかりだから否定も出来まい。
女の子が無防備でいる時を見た可能性がある。
世界はそれを変質者と呼ぶんだぜ?
言葉を続ける。
「女の子追っかけ回して不快な思いさせるのはどうかと思うんだけど?」
「彼女は我らが敵だ!」
おお、今度は返事来たよ。
それにしても思ってたより感情的だなこいつ。
良い感じに激高してきた。
あと少しかな。
もういっちょ!
「……敵でも味方でも……貴方は……見えないのを良いことに覗きをしたよね? ……変態」
やろうとした時に別の場所からまさかの追撃!
追撃は腕の中からぼそりと。
うっわ……こうなると、もうおどおどしてる様子が『触らないでよこの変質者!』的な、『見ないでよ変態!』的な、『不審者に遭遇した女の子』のような警戒に見えてくる。こいつは撫子ちゃんとは初対面でおどおどしてる理由は知らないし地味に利くかもも。……まあ俺もおどおどしてる理由は知らないけど。
敵の様子は思ってたのとちょっと違う。ここまで精神的に追い詰めるのは予想外です。
ただ少し激高させて冷静さを殺して情報を取ろうとしただけなんだけど。
「……降ろして」
ぼそりと呟かれる。そうだよ、降ろせよ、俺。触ってんじゃん変質者。
「変態……私が、変態?」
うん。ひょっとしたらお前だけじゃなく、ついでに俺も変態かも知れん。
うっわ~。地味にダメージでかいな、おい。
「……違うの?」
トドメいった~!
「……違う」
おや、敵の様子が?
「違う違う違う違う」
「うわ、なんかおかしいんだけど!?」
怖いよ。顔見えないけどすごい形相浮かべてそうだよ。
「……汚染のせい」
「……汚染?」
「……邪教に入る時、ある種の催眠術かけるんだって」
「……効果は?」
「……人それぞれ。……ただし本人に由来するものだって」
「本人由来?」
「……うん。……人によって違うって」
「でもこんな状態にしてどうすんの?」
怖いよ? 虚空から声だけ、それもちょっと危ない感じの声が聞こえてくるのは。
「……冷静に立ち回られてたら……こっちが負けてたから」
まあそうだな。適切に距離を取られるだけで俺の攻撃は当たらないし、撫子ちゃんの武器も点の攻撃。速いのでよけにくいが、今の相手だと当てづらく相性が悪い。
早く冷静さをなくさせる、という点では同じでも『情報を聞き出す』か『安全性の確保』か、で違いが出たか。しかし相手は狂っても高レベル。
「でも、今でもきついんじゃ……」
「……多分。……でもきっと大丈夫」
銃を構えて断言。
仕方ないから俺も構える。左手を思いっきり引いて右を前に。弓を引くように構えを取る。弓道とかとは左右が思いっきり逆だがな。
「……あ」
「……何?」
「質問。聞き忘れた」
「……それ以前に生き残る方が大事。……質問してる間に向こうの戦局が悪化する可能性もある」
ごもっとも。先輩達の方もきついはずだ。
さっきかっこつけておきながら『護れませんでした』じゃ流石にダサすぎる。……親衛隊に大丈夫だって誓ったのは俺じゃないけどね。
まあもうどうしようもない。聞き出せないだろうし。なんかもう獣の唸り声っぽいしね、相手の声。対話は絶対無理だ、もう。
決意を込め直す。
そして見えない影が駆けて来る。
申し訳ありません。
一時的ですが、月末までに終わらせなければならないことが出来てしまい、その間は更新が無理そうです。




