一話 変わった距離
襲い来る炎熱。
降り注ぐ炎弾。時間差があれど同時に九つくらいだろうか?
一度でも当たれば残りはかわせまい。延々と炎の弾丸を食らい続けるだけだろう。よって一度も当たることは許されない。
絶え間なく襲い来るそれらをかいくぐり駆け抜ける。
アビリティは使えない。直線にしか進めない『ロケットステップ』辺りしか純粋な移動スキルがなく、それ以外なら速度が落ちすぎてこの弾雨に曝される。よって回避に使うなど不可能だろう。
相手の指揮も良い。連携が取れていて隙がなく、一気に近づけるような余裕がない。
それでも俺は前に出る。
横に、前に、絶え間なく移動しながらかわし続ける。
相手はどんどん近くなる。自然、反応速度を上げなければならない。
足りていない経験に疲れて動きにくい肉体。もう倒れて楽になりたいけど、そんなことは許されない。
あと少し。
あと少し。
あと少しでゴール地点に辿り着く。
「予備隊、ファイア!」
まさかの伏兵。
しかも溜めていたようで、先ほどの牽制とは比べ物にならない熱量が押し寄せる。
この至近距離でそんなもの回避なんて出来る訳もなく。
俺は、死んだ。
「いや、生きてますよ」
ぱたりと倒れる俺に近づく影一つ。それに従う影が二十。
指揮官ことなずなが語りかける。
「いやだいいやだい。もう今日は死んだように眠るんだい」
駄々をこねる俺。
「我が儘言わないで下さい。闘技場貸してもらうのにも手間がかかるんですよ? 時間は……あと五分ですか。もう一回ですね」
そう聞き分けのない子供に言い聞かせるように告げる彼女。
ここはプレイヤータウンの闘技場の一角。
少し遠くには他の利用者の姿も見える。
ここはイベント時を除き、冒険者に対して実戦訓練の場として解放されている。予約すれば、という条件が付くが。
ここでやっていたのは『ブレイズウルフ二十体を相手にゴールまで辿り着く』という特訓。
さて、どうしてこうなったのか。
数日前の出来事を振り返ってみる。
「貴方の日課の訓練を見せてもらったんですが」
ある日、そんなことをなずなに切り出された。
「? それがどうかしたのか?」
俺は箸と弁当箱を置き聞き返す。
「いえ、あれは流石に基礎固めすぎでしょう」
どうも見ていて不備に気付いたらしい。いや、でも基礎を固めるのは基本じゃん。
「と言うと? 面白みがなさすぎて印象に残りにくかった?」
漫画のように斬新な修行法が必要だと?
「そういう訳ではないです。走り込み、筋トレ、アビリティの反復。たしかに基礎能力の向上は大事です。でも武哉君の場合、それが実戦で有効に使えるとは思えないんです」
あの日から彼女は俺のことを下の名前で呼ぶようになった。あの時は寝惚けていたのに、しっかり目が覚めた後にも約束は適用されていて、俺は狼の餌にならずに済んだ。
むしろ俺という狼のなり損ないが餌付けされる始末。『栄養バランスが偏っていそうですから』と昼食に弁当を作ってきてくれたり夕飯に招いてくれたりする。まあたしかに偏ってたとは思う。男所帯だからか肉多めで野菜が少ない夕飯が多いし、昼食なんて売店のパンで済ませてた。
そこにある日救いの手が。二コマ目の講義が終わり、さあ売店行こうかというタイミングでなずなさんが颯爽と登場。驚く一同をよそに、一月前まで俺にもやってたキャラで『武哉君! これ、良かったらどうぞ!』と差し出される弁当箱。そのまま中庭のベンチに直行し、ランチタイム。『美味しい』と褒めたら以後も作ってくれる約束になった。
で、この時点でそれから十回目のランチタイムである。
「それで活かせない、ってこと? 何でさ?」
昼食をお預けされながら会話を続ける。
「最近戦闘訓練してますか? 訓練ですよ、人間相手の。実戦形式で」
「いや、してないな」
ほぼない。その手の講義は……今は取ってないしな。
「誰かに付き合ってもらってして下さい。今の武哉君の欠点が分かりますから」
「いや、でも……」
でもなぁ……
「何か問題でもあるんですか?」
ある。とんでもないのが。
「特訓に付き合ってくれそうな奴がいないんだけど」
「……はい?」
唖然とした顔のなずな。
「どつき合いの特訓に付き合ってくれそうな奴がいないんだけど」
大事なことなので二回言いますよ?
そう、今俺にはそういった面々がいない。正確には今はいない。
女子を殴るのは基本的に気が引ける。『殴らせて下さい!』って女子に言う訳にはいかないだろう。どんなサディストだよ。
そんな訳で野郎共に限定して考えたんだが、これがまた、いない。
なんかこの前までつるんでた奴らまで疎遠になってた。ひそひそされるけど……なんて言うかな、扱いが空気に等しい感じ。『裏切りやがってこの野郎!』ってオーラ出てるのに触れようとしない。『意識したくもないぜ!』かな? なんでだろう? 俺が何をしたってんだ。
で、そんな風にならなかった男子が四名ほどいるんだけど、鈴木と高橋は出張中。一人は仲が悪いんでいつもと変わらなかっただけ。残り一人は俺よりも影が薄くて発見不可。しかし向こうは自在に存在感変えられるらしい。汚い! 流石忍者汚い!
教師陣に『殴らせて下さい!』。……うん。今学期の単位消えるな。ゼミの先生は付き合ってくれそうだけど、今嬉々として遺跡探索に出てるからなぁ。
こんな感じで、はい全滅。
この旨をなずなに伝える。
「…………もう少し付き合い深くなかったんですか?」
なずなさん、その哀れむような視線はなんでしょう?
「いや、俺半分空気だったし」
いくら空気が読めない俺でもそのくらいは分かる。
哀れむような視線が強くなる。やめて! 俺をそんな目で見ないで!
「いや、開き直らないで下さいよ」
哀れみが呆れに。
「……はぁ」
という溜息の後、
「じゃあ私がお相手致しましょう」
という発言が返ってきた。
当初『女の子を殴りたくない』という主張を展開した俺だったが、『テイマーの純上位互換の最終クラス『マスターテリオン』の私がテイムモンスターを使わないとでも?』という主張が返ってきて、十五分くらいでこちらが折れた。
ちなみに、その戦闘の経緯は以下の通り。
戦闘開始。
ブレイズウルフ×8、一斉射撃。
俺、全部かわす。
直後場所を読んでいたなずなの陣営による第二陣が炎を放つ。
回避、最初に火を吐いたブレイズウルフたちが待機済み。
戦慄のわんわんお。
終了。タイムは2:21。
再戦。
ブレイズウルフ何もせず。
戸惑う俺。
そんなことに気を取られた俺、いつの間にか近づいてたなずな、一本背負い。
叩きつけられた直後、なんか既に寝技に入ってる。
タップ。
終了。タイム0:51。
こんな感じだ。
何が酷いって、ステータスとかアビリティとかで近接戦は圧倒的に有利だったはずの俺が負けたこと(しかも秒殺)。
なずな曰く、『もう基礎は十分に固まってるし危険回避のためのアビリティが揃ってます。お師匠さんは武哉君が最低限出来るようにした後、自分から挑戦する形に鍛え上げてたようです』。つまり俺は新しいことに挑戦しなかったから弱かった。そういうことらしい。
で、色々と指導を受けていたら今の関係になっちゃった訳だ。
「はい、これで終了です。十回中二回。つまり同様のことがあったとして八回は死んでしまうことになります」
疲れた。マジで疲れた。脚が棒だ。手が上がらない。
「貴方の最大の弱点は間合いが詰められないことです。対処法は『防御』『回避』『誘導』『強行』『転移』……この辺りでしょうか。どれを選ぶかは貴方次第です」
返事を返す余力はない。
「……今日はもう急いで帰りましょうか」
俺の様子を見てなずなが苦笑い。
「一応体も汚れてますからすぐにお風呂に入った方が良いですが……その状態で混み合う闘技場のシャワー室使えるとは思えませんね」
そう言った彼女はふっ、と狼に目をやる。直後てきぱきと狼に乗せられる俺。
「私の家で汚れを落として下さい。……たしか帰ってもお一人でしたよね? その様子だと心配なので今日は泊まっていって下さい」
なすがままに運ばれる俺。
周囲の男衆の視線におかしなものを見た気がするが、気のせいということにしておいた。
こいつら……これでまだ付き合ってないんだってさ。




