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Lunatic traces(旧)  作者: 十石日色
第二章 学園編その二
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幕間 ある少年のとある一夜 後編

 夜半。

 この国の大半は熱帯に属するがここは亜熱帯。そこまで暑くもない。ただし雨音は未だ消えず、湿度から不快指数は高く感じる。

 で、なずなにとって、俺の存在は別の意味での不快指数を高めているのではと内心びくびくしつつも、そんな俺のことなんてまるで空気のようになずなさん無反応。そんな彼女も先ほどまでごそごそしていたような気もするが、全力で意識しないようにしていたので正確かどうかは定かではない。

 あの後一応復活した照明も、とうの昔に今日の(昨日の、か)仕事を終えて現在はお休み中。暗闇に目は慣れたので見えないこともないけれど、今見るべきものはないだろう。ないはずだ。



「……ん」



 見てはならないものがあるだけ。これ以上彼女の信頼を裏切るのは駄目だろう。

 夜闇に零れる小さな声と寝息。それとほんの少しの衣擦れの音。

 寝返りを打ちこちらに向いた彼女の寝顔は安らかで、いつも以上に無防備だ。

 合宿などでは戦闘着を着込んで寝る。彼女も例外ではない。夏用だろう薄手の赤い寝間着に身を包み、無防備に寝入る彼女の姿。見ることが出来る男子なんて何人いるというんだろう?

 ……がっちり見てんじゃねぇか。

 軽く自己嫌悪。

 さぁ、さっさと目を反らし



 目が合った。



 あれ? 逸らそうとした矢先に目が合いましたが? ちょっと待って。何? 今日そういういつも以上に空回る日なの? しかも何で悪い意味で目立つ方向に? 目立つんだったらヒーローみたいな目立つ方向でお願いします! あれじゃん、これならまだ『存在が空気』とか言われた方が良いよ?

 動転する俺。

 立ち上がるなずな。

 彼女に点けられた照明は『え、もう仕事終わったんじゃなかったんスか? 眠いっスよ!?』というぐらいに点きが悪いが、仕事は及第点。部屋は再び明かりを取り戻す。

「座って下さい」

 俺、正座。

 そんな俺と机を挟んで相対するように座るなずな。

 そして彼女は告げる。



「貴方の将来の夢は何ですか?」



 あれ、説教じゃねぇ!?

 いや、よく見ると、うとうとしてる。多分寝惚けてる。意識は半分夢の世界。話しているのは夢の中の俺、か。

 良かった。これならごまかせる。



「空気扱いされない、ですか。貴方らしいですね」



 何答えてんの夢の中の俺! しかも『貴方らしい』って、そういう認識はちょっと傷付くよ?

 やばい。これは夢の中のシチュエーションが気になる。どんな状況だよ。



「でも、貴方は最強系主人公にはなれませんよ?」



 マジでどんな状況だよ! 俺求めてませんよ、そんな位置づけ。何、夢の中の俺はルナティックが勇者ポジだって知って舞い上がっちゃってんの?

 何、この俺に対するピンポイント爆撃。そもそも夢の中で俺ら何でそんな話してんのかな?



「そもそも自分が空気であることを気にしてるのに、わざわざ『召喚時点で最強(チート)系』っていう一つのジャンル形成してるようなとこに無防備に突っ込んで行くのはどうかと思います。ただでさえ空気なんですから、『もうこいつ一人で良いんじゃないかな?』って方がごろごろしてるとこに行けば……普通に埋没しますよ? 今以上に」



 少し心折れたので、頭冷やすためにちょっと外、走ってくる。

 え? 雨? 冷やすのにはちょうど良いじゃないか。

「駄目です。まだ話の途中です」

 しかし、立ち上がるや否やスライディングの要領で脚を払われる。重心の移動タイミングとかきちんと計算して打ち込まれた一撃。巧い。しかもなぜか痛みがない。俺が倒れる勢いを殺した? あの体勢から? え? この子この世界(ステータス)補正なかったら普通に俺より強いんじゃね?

 ていうか抱きつくな。捕縛のためなのは分かるけど、寝間着の生地が薄い。何が、とは言わないけど思っていたより柔らかいのでマジでちょっとやめて。理性飛ぶから。

 物理的にも精神的にも色んな物を振り切ろうとやっきになりもがく俺。

 それに対してなずなは

「暴れないで下さい。……動かなければ痛くないです」

 腕挫ぎ十字固め……だと?

 脚に力を込め、俺の腕などを締め上げるまできちんとやっている。きちんと……やっちゃってる。……変な趣味に目覚めたらどうしようか?

 それにしても、どうやって技に持ち込んだんだ? 一瞬でこの体勢になったんだけど。

 ていうか、どこで習った。寝惚けてもこのレベルで出せるまで、どこで習った。

「なずなさん」

「何でしょう?」

「これは……どこで?」

「家に伝わる護身術ですね。伝わる、と言っても母方の祖父が作った物なので歴史はないです。幾つかの格闘技から技を選んでアレンジしたりしなかったりの寄せ集めですね。『護身術』と銘打っているので基本的にそれに向いたものとなっているらしいんですが……他の格闘技未経験で家以外の誰かに使うこともなかったので、防御に向いてる以前に実践で使える程度に強いのかどうかさえよく分からない始末です」

 現在実用的に使えておりませんでしょうかね? 外れないよ、これ。

 いや、ていうか。

「俺、お前がこういうこと出来るなんて知らなかったんだけど?」

 あまり面識なかったからかな? どこにでもいる第三者(モブ)とは比べ者にならないくらい親しいけど友達ではないよね、ていう感じ?

「でしょうね。そもそも私はテイマーでここまで接近されること自体滅多にありませんし。そもそもタネが割れれば対策取られるので、人様にあまり見せるものでもないですしね。小百合とか親しい相手の前だと見せたこともありますが……貴方だとその機会って一回しかなかったと思います。使いませんでしたが」

「? じゃあ何でその一回の時使わなかったんだ?」

 そんな俺の疑問に一言。



「全裸の婦女子に今かけられている技とか、されたいという趣味が?」



 地雷だった。

 やばい。風呂場じゃん。さっきと風呂場でやらかした時じゃん。

 これはまずい。問題蒸し返しただけで色々とまずい。狼さんたちはここにいないけどまずい。

 ついでに言うなら俺が狼さんと化しそうでまずい。『今触れてる薄布の下にはあの時見えたきめ細やかな肌があるのか~』、『今の技をあの時かけられてたら洒落にならなかったな~』とか考え始めている。落ち着け俺!

 そうだ。俺がなりたいのは鬼畜じゃない。

 俺は『存在感がない』だの『もう師匠だけで良いんじゃないかな』だの言われてきた。何とかみんなに印象づけようと努力したさ。活躍の場が来た時ちゃんと活躍出来るように、と誰の目にも止まらなくても自分を鍛えてきた。散々迷走したよ。みんなの評価、師匠よりばらばらだと自負してるよ。でも頑張ってきたんだよ。

 それは外道で名前を挙げたいからじゃない。ちょっとずれてても良いからちゃんとヒーローっぽくありたいと願っているから。

 ……うん。願っている。

 願うばかりだ、理性が飛びかけてる今となっては。

 何で諦めかけてるんだよ、もうちょい頑張ろうぜ俺。

 大丈夫。俺は強い子。不遇だろうが耐えてきたじゃないか。

 なずなが俺を責めることを言って頭を冷やすパターンに持ち込めば止まれる。それまで我慢だ。

 ここでなずなは関節技を解いてこちらに告げる。



「あの時のこと……赦してほしいですか?」



 ここで器の大きさを発揮しちゃ駄目ですよ、お嬢さん。俺調子乗るから。ブレーキどころかアクセルですよ、その発言。

 そんな俺の気持ちなどオールスルー。寝惚けているから仕方がないとはいえ(というか寝惚けてるのに会話通じてるし、案外意識はある程度あるのかも知れない)もう少し男に対する警戒心を持ちなされ。

「赦してほしいですか?」

 また来ました。YES以外だとエンドレスの予感。

「赦して欲しいですか?」

「えっと……はい」

 返事をしておく。事実、赦してほしいわけだし。まだ狼の餌にはなりたくない。

 そんな俺に彼女は微笑んで



「『武哉君』と呼ばせてくれたら赦してあげます」



 ……ちょっとお持ち帰りは可能でしょうか?

 そんなことを思ってしまうくらい可愛らしい笑顔を向けられた。

「よろしくお願いします」

 正直、こう即答するくらいには心動いた。いつもならもうちょっと違う反応のはずだ。

 その応えに満足してくれたらしい。安心したせいで少し眠気が増したのだろうか。あくびを噛み殺しているが、多分一気に夢の世界に近づいたっぽい。

 これで無防備な無意識小悪魔は夢の世界へ。これで(俺の理性的に)少しは安心か。

 そんなことを考えていた時期が、俺にもありました。



「……じゃあ私が出た後のお風呂場で『あいつが入っていたのか……』って妄想してたとしても、ふぁぁ、赦してあげます」



 それは無防備すぎないかな。いや、まあもう色々見ちゃってるけどさ。でもそこまで赦さなくても良いと思うんだよ。そして俺、それでも微妙に赦されない。

 なんか脳内小人が一斉に『『『『『せっきにん! せっきにん!』』』』』とかがなりたてているが、そもそも今の俺で取れるんだろうか、責任。そもそも責任の取り方って何だろう? なずなだって好きな人の一人や二人いてもおかしくないだろうし、そんな人がいたら全力で協力すれば良いんだろうか?

 責任って何だろう……? そう考えている時、調子が直りきっていない照明が『すんません。もう限界っすわ』とばかりに消えた。

 直後、温かくも柔らかい感覚。なお、柔軟剤の宣伝ではない。

 大体何が起こったのかは分かるが、まだ話の途中だし明かりが必要。机の上に置かれた非常用照明がまた活躍する。本日何度目だ……日が変わってるから一度目だよ。

 見ればぐてーんとしたなずなが寄りかかってきている。

 というか抱きついてきている。今夜は離れないぜ~とばかりにくっついている。

 当然色々と当たる。振り払おうにも正直なずなのが強い。スキル有りならクラスの構成上俺の方が近距離なら上だろうけど、通常攻撃に限定すればまず勝ち目がない。というか、今のなずなだと靱帯持ってかれかねない。

 離れないので、というか離せないので困る。密着具合のせいで嗅覚、触覚にダイレクトに攻撃され続けているし、寝息が近くで聞こえるため聴覚もアウト。視覚は風呂場の一件からこれら全てよりやばい。

 とりあえず、寝ている彼女をこの体勢にしておく訳にもいかないので床に、さっきまで俺が寝てた布の上に寝かせる。シングルベッドに二人はまずい。距離が取れない。だから少し広めに取れる床を選択。ありがとう布、大きめでいてくれて。彼女にシーツをかけて完了。

 そんな気遣いをしたんだから応えて下さい、なずなさん。向こうめっちゃ余ってますよ。近いんで。近いというか(ゼロ)距離なんで。

 頑張れ、俺。耐えろ、俺。神様はきっと見ている。この世界は彼らが思いっきり存在する世界だし。



「暑いです」



 神よ、あんたらは何を考えているんだ。

 見ない。見ないよ俺は。赤以外の布地が見えたとしてもきっとシーツだよ。シーツは白のはずだから見えた気がする色と違うっぽいけどきっとシーツだよ。

 触れた感覚が完全に違うけど気にしない。さっきよりも格段に違うけど気にしない。

 …………






 やばい。眠れない。

 何時間経った? 俺はどれくらい頑張った?

 動けば彼女は起きてしまうかも知れない。メールが来てるっぽいけど抱きしめられる形なので手を動かせない。

 カーテンの隙間から朝日が差しているが……まだか。まだなのか、なずなの起床時間は。

 そろそろ流石に限界。

 俺の中で小人たちが声を上げている。『もう起こしちゃおうぜ』という声と『でも寝顔を見ていたい』という声、従うと『おまわりさん、俺です』へと到る声など様々だが、今は『でも寝顔を見ていたい』が優勢だ。……またあいつか。頼むから今は声を張り上げるな、捕まるからその選択肢。

 そんな理性とか本能とかがせめぎ合う最中、とうとう事態は動く。



 がしゃ、がしゃという鍵の開く音。



 不審者だろうか?

 不審者なら寝たふりをして油断させて、行動を見よう。

「…………」

 さあ、どう来る!?



「なずな~? ここに武哉君来てな」



 顔見知りが来た。

 そして固まった。

 気配だけでも分かる。見てはならない感じのものを見てしまったと。そういう気配だ。

 そして思い出した。今のなずなの状態。

 ……まずい。起きられない。



 これから五分後、なずなは起床。タイミングを見計らって起きたふりをするまでずっと寝たふり。重い話も何もかも聞かせて頂きましたが、先輩の要望通り何も言わない方向で行くことに決定。

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