二十二話 一人ではないということ
禁呪、という奴は非常に厄介だ。
敵味方問わず、それどころか自身にさえ多大な影響を及ぼしてしまう。
その効果は千差万別であるが、概ね甚大な戦果を上げる。それと同時に使用者に対する畏怖、恐怖といった負の感情を一般市民などの弱者に抱かせてしまい、またその力故に最も早く討ち取るべきだと敵に思わせてしまうのだ。
つまり、今回の襲撃。
俺や、猊下たちの存在があったからこそ、ここまで拗れた可能性がある。
俺は何をやっていたのだろう。
友を殺め、思い人に身を挺して救われ、ただ流れるままに生きてきた。
この世界に転生した後、彼らに託されたこと、言われたことを行ってきただけじゃないのか。
世界に平和を導く?
何だそれは?
俺には関係ないだろう?
何で未だに主人公ポジションなんてものが割り振られているんだ?
それは俺じゃない。
俺の役割じゃない。
もう、俺は僕じゃないのだから。
あの時に僕は死んでないといけなかったんだから。
闇雲に今の自分であることに固執した。
俺は、俺だ。
霊魂も精神もそのままで、肉体だけ作り直されただけであっても、もう別の存在だ。
別の存在になっていないといけないんだ。
だからこそ、僕は死を望む。
禁呪にさえ顕れたこの願い、誰に否定出来ようか。
僕に終焉を。
俺は俺だ。
しかし、禁呪はこうも思うままにならない。
僕の死を望みながら、俺にもその影響が降りかかる。
俺の固有禁呪の副作用。
それは『通信』などの一部を除く全アビリティの使用が禁じられ、ステータスも一時的とはいえ大幅にダウンする。
つまり、大幅に死にやすくなる、ということだ。
何のことはない。
禁呪はこう伝えているのだ。
俺も僕も所詮同一人物に過ぎない。片方だけの死なんて望めない、と。
否定はしたいんだが……そろそろ認めなくてはならないらしい。
俺はやはり僕でしかない。
俺は僕の一面に過ぎないんだ。
そう思わせられる出来事が数年前にあった。
妹が、この時代、この世界にいるらしい。
自分の顔は変わらずあの頃のままなので、直接相対すれば即バレる。
仕方がないから間接的に、知人に依頼する形を取るしかない。一応人選は考えて、某特記戦力のご老体辺りに頼んだが、それでも危ういらしい。何をやっているんだ、あいつは。
いや、人のことをとやかく言っている場合じゃないな、俺は。
そもそも、敵と仲良く談笑していること自体明らかに頭がおかしい。
昔巻き込まれた事件で『昨日の敵は今日の友』状態だったから、それがすっかり身に染みてしまっている。どこの戦闘民族だ、俺は。
しかし、まあ因果は巡ると言うべきか。
油断していたと言えば嘘になる。
近寄る騎士の気配。
聞こえた言葉は謝罪。
肩を掴まれその一瞬の後。
焼け付くような痛みが走る。
刺されてしまった訳だ。
背中を。
肺腑に血が満ちる。
しかし俺はまだ生きている。
彼のお陰で生きている。
あの一瞬。
肩を掴み素早く横に引っ張られた。
結果、本来心臓があった位置を刃は通過し、それて肺に当たったのだろう。
「どういうことだ?」
刃の持ち主が問う。
騎士の甲冑に身を包み、鈍く輝く刃を抜き払った男が言う。
他にも騎士の格好の男たち。
見たことはあっただろうか?
ないはずだが……
つまり、あれか。
一度撤退した後、奪った甲冑を着込んで帰って来ていたと。
そして禁呪の副作用でまともに気が付けない俺はまんまと刺されたと。
情けないにもほどがあるな。
そんな情けない副長さんを置いて話は進む。
「いえ、幾つか理由はありますが……最も大きいものなら、そうですねぇ。娘の恩人を見殺しにしてしまったら、きっと彼女は泣くでしょう? 昔から娘の泣き顔には弱いので」
返す言葉は弱く小さく、しかしそれでも堂々と。
その在り方に相対していた面々の、おそらく纏め役が苦々しい顔を浮かべる。
「あんたは……あんたっていう人はッ! いつもそうだ! 自分勝手で、自分を曲げなくて!」
「仕方がないですよ。私の在り方がこれなのでしょう」
「ふざけんな! そんなだから幹部会でも煙たがられてるんだろうがッ!」
「ほぉう、やはりそうでしたか。まあ、彼らの在り方とは最後まで、相容れませんでしたからねぇ」
「あんたが、無駄に自分を曲げないからッ! 勢力なんて作るからッ!」
「信念を貫くために、というのは結果的に無理だったようですが、そもそも邪教に身を落とした理由自体がそれですからね。進んで曲げたら本末転倒も良いところでしょう。それに、私の願いだけではない。百年以上積み重ねた仲間の重いも背負っていますから、絶望しようが屈折しようが遠回りしようが醜く足掻いても叶えようとしますよ。それに、勢力が云々自体、異議があります。言わせてもらえれば、私は持ったことなんてありませんよ、そんなもの」
嬉々として説き伏せにかかるメーラ父。
多分小物化、解けてないだろうか?
「いや、でも!」
「ほぉう。貴方が入団してからしばらく面倒を見ていましたが、そんな風に思えましたか。残念です」
「だけど」
「単純に自分の欲望だけ見て、邪教に縋るまで救いの得られなかった弱者が眼中になかった面々が何を言うのか。そういう話でしょう……柏木さん。貴方もそんな面がある。このまま行けばそうなるでしょう」
「話を逸らすなよ!」
それ以前に敵地で敵を前に話し込むなよ。
「逸らしてなどいませんよ。彼に刺さる刃、それを見て少し手助けしたことが本筋ですから。……さて、続けましょう。あとは……貴方を闇から引きずり出すため、というのもありますか。ここで彼が倒されれば、貴方を日向に戻せるだけの社会的影響力を持った上で貴方を戻そうなんて酔狂なことに協力してくれそうな方はいませんでしょうからねぇ」
あ、こっちに話が向いた?
「いや、さっき娘って」
「最も大きいものは、と言いませんでしたか? 貴方たちは邪教にいるべきでない。日溜まりで真っ直ぐ歩んでいける人間だと思いますが」
「俺はッ! それでもッ!」
「あの、回復かけても血が止まらないんだけど、何これ?」
とりあえず乱入。
空気を読む? 空気は読んでからぶち壊す物。そう誰かが言っていた。
回復魔法もポーションも効かなかったので、仕方なしに最低限の応急処置を済ませて(血の勢い弱める程度だけど)もうやることがなかったので問いかける。
ハッとした顔をする敵兵。
藪蛇。
逃げる俺。
追う敵。
手には刃。
そんな俺たちの鬼ごっこ。
幹部は無視して話を続ける。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……行ってしまいましたねぇ。建物の中でもう見えませんし ……さて、二人きりですかねぇ。こちらはこちらで話を続けましょうか」
「聞く相手、一人しかいないところで喋って楽しいか?」
……
「まあそこそこ。相手次第でしょう。それに一人しかいないのが不満であろうと、彼らに戻って来てもらう訳にはいきませんし」
「……そうだ。あんたは良いのか? 普通に考えたら死ぬぞ、あいつ」
「あれくらいなら死なないでしょう。多分」
「その確信はどこから来るんだよ」
「企業秘密……ゲホッ……というのも芸がありませんねぇ。一応後で話しましょう」
「後があるのか!?」
「止めを刺されなければぎりぎり持つでしょう」
「いや」
「止められても話します。無視して話します」
「……ああ、もう!」
「ではいきましょう」
「少し昔の話ですが……私に語った話は、たしかこういう話でしたよねぇ。自分を救ってくれた友人を助けたい。違いましたか?」
「何をいきなり」
「一応、長く生きてきましたから、ある程度人間を観察することは得意なのですが……貴方に聞いた話。少し訂正すべき点がありますよねぇ?」
「だから何で」
「貴方は前に言っていた話だと、命に関わるから主義を曲げても助けに来た、と」
「そうだけど、それがどうし」
「どちらの命、でしょうか?」
「ッ!?」
「多分、彼は『貴方が加害者側に回ること』、それも『取り返しのつかない次元』のことを計画、実行しそうになっていることに気がついた。だから貴方が罪を犯す前に現在の加害者を裁くと同時に逃がした。違いますかねぇ」
!?
「何を根拠にッ!」
「その反応自体証明してしまっているようなものですが……それを除けば、貴方が邪教に入ったことでの汚染の性質、でしょうか? 私の『小物化』は『自分が親しい人一人救えない。なんて役立たず』という自分の矮小さが歪んで出た形ですし……まあ私は自分一人の願いを背負っていた訳ではないので純粋なものではありませんが」
「訳が分からない」
「ああ、つまり貴方の『破壊衝動』。向く相手が敵対者に対してだけ、これがミソです。幹部に同種の方もいらっしゃいましたよねぇ。彼が今の貴方と同じ状態なら私の息の根、もう止まってしまっていますよ」
「だからッ!」
「だから……そうですねぇ。貴方のそれ、その性質を持っている時点で誰かに刃を向けかねないんですよ。でも今の貴方は敵にしか向けない。そして、弾圧という奴は往々にして、される側のたがを外してしまうものですよねぇ。さて、これが現しているのは……一体、なんでしょうねぇ?」
「ッ!」
「まあ、言いたいことは単純です。貴方が今『友人のため』にやっていること。それは、貴方にとって本当に友人のためですか?」
「……それ以外に何だって言うんだ」
「復讐じゃないですかねぇ。『何で邪魔をしたんだ』、そう思ってもおかしくないですよ、人間ですもの」
………………
「そんなことはない!」
「いや、恨んでないとおかしいんですよ。友情はあるんでしょうし。ただ、恨む感情もかなり強いと思いますよ。貴方の固有禁呪の性質から言っても」
…………
「だからッ、あれは!」
「まあ、錯乱もしましょう。こちらにはもう時間がないとはいえ、早急に物事を進めすぎました。本来ならもう少し時間をかけて気付かせるべきことでゲホッ……したしねぇ」
「あ!?」
「いや、支えなくとも良いですよ。……時間がないようなので答え合わせといきましょう……ただ言ったのでは芸がありませんねぇ。クイズ形式でいきましょう」
「……むかつくので却下」
「では一問目」
「聞けよ!?」
「今貴方が刺した彼、幼年からこちらの世界にいたことが確認されているのに『転生者』だと判断されている理由は?」
「……『通信』アビリティを使えるから」
「正解です。彼は最近可能だと証明された、世界で数名しかいない『通信』Lv8を持っていますねぇ。……では二問目。このレベルだと何が出来ますか?」
「……大陸中に通信可。ハッキング可能。通販。通話とメールの同時起動。あと……」
「いや、もう良いですよ。答えはもう、出ましたから」
「は?」
「言ったじゃないですか。私はクイズ形式で答える、と」
「?」
「つまり、彼はですねぇ」
「我々が襲撃する前、隙を見せるだのなんだのしている時から、ずっと『通信』したままだったんですよ。多分通話先の方、救援要請くらいしているはずですよ?」
「え?」
「いや、『国の賓客がいるところを襲撃された』とか『自慢の聖騎士団が役に立たなかった』とかそんな理由があるなら救援要請しにくいでしょうが……通話先の相手は多分それとは無縁でしょう。適切な人材を呼んでいると思いますよ? 多分この世界には稀少な外科医師も含まれるでしょうねぇ」
「……え?」
「いやぁ相手も馬鹿ではなかった、ということですねぇ。……まあ、これがなかったにせよ、あと一時間もあれば十分すぎる応援は来ていたでしょうが。その辺り考えて短期決戦にしたんでしたねぇ」
「ッ! まだ遅くはない!」
「まあ普通ならそうだったんでしょうけど」
そこで話を止める邪教の幹部。
そして屋根の上を、僕がいる方を見る。
「来てますねぇ。貴方のお友達。話も聞かれましたかねぇ」
見下ろす中庭。
駆けつけて、状況の把握のために様子を伺っていた僕は。
来た時点で騎士すらいない、二人しかいない中庭を屋根から見ていた僕は。
話を聞いていた僕は。
聞いてしまった僕は。
僕は。
「復讐、邪魔? ……え、恨んでたの、明良を? 孝平が?」
(聞いているのは)一人ではないということ。




