十九話 一方その頃の師匠 終戦編
天が嘶く。
空が泣く。
彼の手に嵐は来たり、閃光と轟音が場を満たす。
私を葬るための切り札を出してきたのだろう。
噂はかねがね、しかし今ここで使うとは思わなかった。
周囲一帯を薙ぎ払い、あらゆる生命に対する敵意の顕現。
詠唱からして、この世界は夢幻であり、故にこの生もまたそれと同じく空しいもの。
何があればそのようなある種の悟りめいた境地に辿り着くのか。
少なくとも私は未来永劫辿り着けそうにない。
それをあの年齢で。狂っているのだろうか?
いや、とうに狂ってしまっている私が判断出来ることではなかったか。
ふと気付く。
展開されるはずの嵐が未だ吹き荒れず、彼の右手に収束している。
本来ならあの風は、雨は、雷は外へ外へと拡散していく。
しかし現実にはどうだ? 未だ彼の手の内に留まっているではないか。
そして矢に姿を変える。
高濃度の魔力で構築された矢がそこにある。
脈打つように纏う光が蠢いて。
死を望む私さえあれを直視するのは勘弁したい。
何だ、あの不吉さは。
滲み出る悲哀。かつての切望。その矢からは彼の苦悩が透けて見える。
何だ、あれは?
あのような禁呪は、武器の形を取る禁呪は、今まで存在しなかった。
存在する六種の禁呪系列、全てに当てはまらない。
いや、問題は彼が有する禁呪は死の嵐を振り撒く天変地異のはず。つまりは拡散殲滅型である。
だが、今の彼のそれは、無理に分類すれば収束撃滅型。
しかしその一点に収束されている力は他のそれとは比べ物にならない。
あれはレベルがこれ以上上がらなくなった者、魔術を極めたと言う者の禁呪、それも収束撃滅型のそれよりも遥かに上の何かだ。
自身に向けられる不吉。
滅びを望むのならこれ以上は存在しないやも知れない。
「せめてもの手向けだ。俺が、いや僕が出来る最高の一撃。今の僕に許された、人として限界」
彼の右目が発光し、翡翠の色へと転じて輝く。
先ほどまで死んでいたような目。
今は武人の決闘に臨むが如き、敵意と敬意を相手に抱き己が全力をぶつけんとする光が灯る。
一人称が変わったのは、本来の彼を表に出してきたからだろうか?
彼の右手の弓が咆吼し続けている。
標的を喰い殺さんとする嵐の暴獣。
正体は未だ掴めない。
不思議そうな顔の私を見てか、殆ど答えと言えるヒントを出してくれる。
「不思議かな? 僕のクラスが何なのか考えれば分かると思うんだけど」
彼のクラス……スナイパー……ではないだろう。なら、
「マジックシューターの魔弾……」
そういうことか。
魔法を固めて矢弾へ変える。
今まで進んでそれをしようとした者はいないが、出来なくもないだろう。理論上。
だが、大抵の禁呪はまともに制御出来る者ではない。
彼が成したこと。それは範囲内を無差別に攻撃する魔法の軌道を全て制御出来るのと等しい技巧を要求される上に、力ずくでその膨大な魔力を一点に集めなければならない。
人の身でそれが成せる者など、歴史を紐解いても可能性がある者自体、片手の指で足りるだろう。
つくづく常識外れな相手だ。
諦めもつこう。
まして自分に対してとっておきまで使ってくれたのだ。
最後の敵は、最後の理解者は彼で良かったと思う。
「覚悟は?」
宣告が来る。
「いつでも」
答える。最後は胸を張っていよう。
この生き恥を曝しただけの人生。せめて、少しでも誇れることがあるように。
そして、彼の禁呪の矢が、私の命脈を断ち切っていった。
空はただ黒く、月はいつもと同じく皆を照らす。
「……意外としぶといものですね……」
自分の体を見ながら思う。
「そんなこと……」
彼の返す言葉も少し戸惑っていて。
「ほぉう……いや、流石にすぐ死に果てるでしょう、普通」
自身の体。
やはり狙いが甘かったか、心臓ではなく脇腹に穴が空き、しかし黒く染まった体からは血さえ零れない。首より上は元の色に戻ったものの、恐怖を煽る存在に違いはあるまい。子供に会えば泣かれることは確定であろう。
HPはとうに尽きているのに未だ喋ることが出来る始末。
むしろ禁呪を無理矢理制御した彼の方が顔色が悪い。動くことさえ難しいようだ。私の方が余程ぴんぴんしている。
「このような姿、娘に見られたら何と言われるのでしょうね……」
生きているはずの娘。
願望であるが、生きていて欲しい。
探して見つからず。
祈って見つからず。
待って見つからず。
しかし生きていると信じている。せめてあの子だけは、と。
目の前の彼を見れば思いだしてしまうのだ。
似てはいない。断じていない。あの子の方がずっと可愛い。
だが同年代のはず。それだけで思い出してしまうのだ。
「娘さん、僕が探してみるよ」
そのようなつもりはなかったのだが……ありがたい。
「名前は?」
当たり前だ。名さえ分からない状態で探すのいくらなんでも難しい。
「 」
引き受けてくれると言った彼にその名を告げる。
声が小さかっただろうか。少し掠れた声が出た。
やや目眩がする。やっと終わるのかという感慨もあるが、今じゃなくても良いだろう。
「…………今、なんて?」
やはり聞こえなかったのだろうか。
手に少し震えがあるのは、禁呪の後遺症だろうか。
今の彼は全力でこちらに耳を貸している。
ならこちらも応えねば。
では今度こそ聞こえるように。
「メーラ、と言います」
すみません。思っていたよりキリが良かったので途中で切りました。このせいで主役の登場がやや遅れます。
次も視点は同じですが、これよりさらに話が動く予定です。
「ぶっちゃけ二人の主人公接点無さ過ぎるだろ」という点も、一応緩和出来るかな、と思います。
あと、数日以内に二章の前編の最後の所になずな視点の短編も入れておきますね。
二章の一日を二話か三話くらい使って書くつもりです。




